茨木市の最高峰・竜王山19 |
|
|
一箇所に集められた石仏たち。少々窮屈そうに見えなくもないが。
| |
|
「高槻を歩こう会」のスタッフの皆さん。オレンジの服がよく目立つ。集合写真を撮影するとのことで、この後、私が撮影した。
| |
|
忍頂寺を後にする。右手に浄福寺を見て歩くと、左に忍頂寺小学校前バス停を見る。
| |
|
このモミジの紅葉も見頃だ。
| |
|
やがて交差点に出る。信号のない忍頂寺交差点(府道1号)を横断。
| |
|
Dec.6(Fri)22:55 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin
|
茨木市の最高峰・竜王山18 |
|
|
山門とイチョウの落ち葉。
| |
|
賀峯山(かぶさん)忍頂寺畧縁起。
| |
|
境内の隅にあった石仏や五輪塔。
| |
|
地蔵菩薩。比較的新しいようだ。
| |
|
モミジの紅葉。日差しを浴びると色が映えて美しい。
| |
|
Dec.6(Fri)21:37 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin
|
茨木市の最高峰・竜王山17 |
|
|
眼下には畑が広がっていた。曇っているのか、相変わらず眺望が良くない。
| |
|
ピラカンサの実。
| |
|
大きな柿の木が見えるが渋柿だろう。畑には獣避けの柵が立てられている。
| |
|
やがて忍頂寺に到着。以下は、茨木市のHPから。 「忍頂寺は、僧三澄(さんちょう)が創建して神岑山寺(かぶさんじ)と称しましたが、貞観2年(860年)9月20日、清和(せいわ)天皇より忍頂寺の寺号を賜り勅願寺(ちょくがんじ)となりました。その後、京都仁和寺(にんなじ)の支配を受け、田地を開発して寺領の発展をはかりました。永禄年中(1558年~1569年)に織田信長の保護を受けましたが、後のキリスト教の伝播(でんぱ)により、堂宇(どうう)が焼かれ寺領も没収されました。寛永年中(1624年~1643年)、石橋院榮尊(いしばしいんえいそん)が寺の再興をはかりましたが、再び荒廃し、中興後の記録も散逸したため、詳細を知ることはできません。寺の境内には、大阪府の指定文化財となっている、元亨(げんきょう)元年(1321年)7月15日と、銘の刻まれた総高2.3メートルの花崗岩(かこうがん)製の五輪塔があります。またお寺の北東に“医母水(いぼみず)”と呼ばれる泉があり、「岩中より出現せられた薬師如来(やくしにょらい)をこの霊泉で浴した」とあり、この泉を飲むと難病も治ると記されています。」
| |
|
こちらは宝篋印塔。
| |
|
Dec.6(Fri)21:35 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin
|
茨木市の最高峰・竜王山16 |
|
|
忍頂寺(にんちょうじ)へと下る。この道も舗装されていた。
| |
|
モミジの紅葉が素晴らしい。
| |
|
龍王山と記された道標。
| |
|
分岐。忍頂寺バス停(東海自然歩道)は右方向だが、ここは舗装道路を直進する。
| |
|
旧家の屋敷の前を通る。
| |
|
Dec.6(Fri)21:34 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin
|