山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


Show by Oct/3/2015

岩湧山の道8

川に土砂が堆積していた。この手前で斜面が大きく崩れているところがあった。このような堆積した土砂が、土石流となって一気に下流に押し流されるのだろう。


舗装道路の上に木の葉っぱが落ちている。この葉っぱの上に足を下ろすと滑りやすく注意が必要。


作業小屋かと思ったが、そうではなく滝見小屋らしい。このことは後でここを訪れてわかった。


分岐。岩湧山へは右上の林道を登る。後続の人たちを待つ為、ここで小休止となる。小休止となると、いつもおやつを差し入れする人が居る。一方的に頂くだけでは申し訳ないのでお返しも必要。


岩湧山への道標。右上の林道を登る。


Sep.3(Thu)20:08 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin

岩湧山の道7

「根古川」(ねこがわ)の案内板。また、その下に見える小さな案内板によると越ヶ滝キャンプ場は休場していた。


舗装された林道を行く。


左下には根古川の流れ。ゴーゴーと音を立てて流れていた。雨後なのか水量が多いように見える。


少し蒸し暑いが、風が通っていて気温は低いように感じた。


分岐に到着。右方向に送電線鉄塔の巡視路とダイトレへの道、そして葛城二十八宿経塚の第十七番経塚「天見不動の経塚」への道標もあった。ここは右方向を見送り直進。


Sep.3(Thu)20:07 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin

岩湧山の道6

T氏が指差したのは、宝形山徳禅寺養叟(ようそう)庵。

※ネット検索すると、「宝形山地蔵寺を本堂とし徳禅寺を建立、京より養叟禅師を招いた。頓知で有名な一休さん(一休 正純)の兄弟子にあたるらしい。」



紀見峠駅を示す2つの道標。どちらからでも行けるが、左方向が近道。私達は右方向からここへやって来た。


この石垣も和泉砂岩なのだろう。


サルスベリが咲く長閑な景色を見ながら歩く。


「金剛生駒紀泉国定公園」の案内板。「岩湧山」の道標を見て左折。


Sep.3(Thu)20:06 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin

岩湧山の道5

分岐で左折。右上に見える紀伊見荘には向かわず。画像の女性は何処かのお家を探していた様子。若いだけあって歩くのが早い―笑。


「矢倉脇 マス池集会所」前を通過。アメノウオを放流しているらしい。


記念碑。

※「根古川は以前よりアメノウオを放流していたが、昭和三十二年六月に当地の有志相謀(ゆうしはか)り根古川漁業協同組合を結成。アメノウオを放流、ニジマス、アユ、コイなどを養殖し釣客を楽しませて料理し喜ばれて現在に至る。 昭和四十一年八月十五日建立 組合長 何某 組合員一同」



南海高野線の踏切を横断。


T氏が指差す方向に何かを見つけたらしい。


Sep.3(Thu)20:06 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin


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