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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2016年3月21日を表示

京の古道⑥竹田街道_大和街道23

旧道では左右に格子の町屋が連続して見られるようになる。
この町屋は虫籠窓に鍾馗(しょうき)が祀られていた。



手前の格子は駒寄せ(こまよせ)と呼ばれる。
軒下に入り込むのを防ぐ為のものだが、元来は牛馬をつなぎ止めておく為のものと云う。



地蔵尊が祀られていた。
ここでは伏見の町中と違って、鍵や金網は取り付けていない。



「明治天皇御駐輦所製工場址」と彫られた石碑。

「フィールドミュージアム京都」によると、明治10(1877)年,明治天皇(1852~1912)の関西行幸が行われた。この行幸は西南戦争勃発のため長期化し,京都には1月28日~2月6日・2月16日~7月28日に滞在。2月7日神武天皇陵参拝のため奈良に向かう途中,この地の製工場で休憩した。この製工場は,同6年,京都府知事長谷信篤(1818~1902)が勧業政策の一環として設けたもので,水車や鉄製機械の製造が行われた。この石標は,明治天皇が行幸した製工場の跡を示すものである。



ここにも地蔵尊が祀られている。


3月21日(月)21:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

京の古道⑥竹田街道_大和街道22

宇治川に架かる観月橋を渡る。
画像の石碑は、左が「明治天皇御駐輦所観月橋」。右が「淀川維持區域標」。



観月橋の橋上から下流(西)方向の眺め。


橋を渡り終えると、こちら側にも「淀川維持區域標」の石碑。
この付近、道路の左側(観月橋南東詰)に向島村道路元標があったが、気付かずに通過した。

道路元標を訪ねて-京都・向島村- ( 散歩 ) - 街道巡行「道標(みちしるべ)便り」



旧道は右へ折れる。取り付きは旧道らしく曲線となっていたのですぐにわかった。


町屋が見られた。最近リニューアルされたようだ。


3月21日(月)21:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

紀路⑤(打田_六十谷)

2016年3月20日(日)は、おおばこの会「古代の道 紀路⑤ 打田から六十谷へ」に参加した。
この日は春分の日で、爽やかで絶好のハイキング日和となった。
マンサク、レンゲ、ジンチョウゲ、コブシ、カンヒザクラ、ムスカリー、アケビ、サンシュウ、シキミ、グミ、モクレン、ナバナ、ハナダイコン、サクラ、モモ、ユキヤナギ、ネコヤナギ、タンポポ、オキザリス、レンギョウなど多くの花を見ることが出来た。
今回は紀路シリーズの第五回となる。第一回から参加しているが、前回は雨の為、不参加。

第一回 2015/09/20 飛鳥から北宇智
第二回 2015/10/18 北宇智から橋本
第三回 2015/11/15 橋本から笠田
第四回 2016/02/14【不参加】笠田から打田
第五回 2016/03/21 打田から六十谷

打田(うちた)駅はJR和歌山線の駅で自宅からだと遠いし時間もかかる。
この為、参加するかどうか迷っていたが、近場は歩いたところが多く、初めて歩くところは、どうしても遠方になる。
毎日、ラジオ体操に出ており、早く起きることはまったく苦にならない。
なので、結局のところ参加することにした。
この日、起床したのは、5時少し前。いつも起床する時間とほぼ同じ。
自宅を出たのは6時過ぎで、自宅から少し離れた24時間営業のスーパーで弁当を購入。
尼ヶ辻駅発6時45分の電車に乗った。
打田駅に到着したのは9時9分で所要時間は2時間24分。乗車時間2時間7分。運賃1420円。

参加者は目測18人。反省会は参加人数が8人となり、当初予定していた店はこじんまりしていたので、今回は敬遠し「アサヒビアケラーアベノ」へ。

コース概略
JR和歌山線打田駅_史跡紀伊国分寺跡・歴史民俗資料館_町屋cafe寺小屋前_光明寺・休憩_石道標_増田家住宅(重文)_山崎神社・昼食_地蔵尊_紀の川病院前_萬福寺前_一里塚跡・山口の也計橋(ヤケイバシ)詰_井戸跡_遍照寺・休憩_石仏_鴨井川に架かる六ヶ井川橋を渡る_地蔵堂、きい幼稚園前_阪和道の高架下を潜る_直川(のうかわ)小学校前_菖蒲井戸_JR阪和線六十谷(むそた)駅 反省会:アサヒビアケラーアベノ(阿倍野センタービルB1F)

画像はこの日歩いた区間のうち、打田駅から遍照寺までを表示している。



続いて遍照寺から六十谷駅まで。


3月21日(月)12:23 | トラックバック(0) | コメント(4) | ウォーキング・散策 | 管理


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