山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2016年9月12日を表示

串カツ_いぬい4

注文した串カツと秘伝の串カツソース。
10本食べても税別600円。驚異的な安さ。
勿論、値段だけではなく、美味しく頂いた。



お店の様子。若いお客さんも多い。
お客さんで満席だったので、カウンターには座らず。



揚げてあるのは、お店で食べるお客さん以外に、持ち帰りのお客さんが注文したもの。
持ち帰りのお客さんが、頻繁にやって来た。



店を出てから、地下鉄で日本橋駅へ。
心斎橋筋付近を徘徊。



相変わらず中国人や韓国人が多かった。
おしまい。



9月12日(月)20:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | グルメ | 管理

串カツ_いぬい3

「右 八尾 / 志紀山 みち」(南面)。


南海平野線(平野駅)の廃線跡。

続・南海平野線の痕跡を訪ねて(3) のりさんの鉄っちゃん想い出風景/ウェブリブログ



お目当ての串カツの店、「いぬい」に到着。
かつては南海平野線に乗って通勤するサラリーマンが多く利用していたという。

お店は16時から営業していた。到着したのは16時過ぎ。
ところが、ご覧の通り、お客さんで椅子がふさがっていた。
やむなく奥のテーブルへ通された。



メニューを見て驚いた。
串カツ、一本60円(税別)がベースとなっている。
昭和40年代の値段では―笑。
メモに注文を記入してお店の人に渡す。



野菜も60円がベース。
どて焼きも同じ値段。



9月12日(月)20:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | グルメ | 管理

串カツ_いぬい2

手絞りの電気洗濯機。今から見ると驚くほど小さい。
その左は阪急百貨店謹製、木製の冷蔵庫。



同じく全興寺境内、「地獄堂」。
十人の裁判官。



「ウソをつくと舌をぬくぞ」。


閻魔大王。

惊奇日本:看到了日本的地獄【ビックリ日本:パワースポット全興寺】



全興寺を後にして商店街筋を西へ歩くと道標。
「左 なかの / 住よし / さかい 道」(東面)。



9月12日(月)20:13 | トラックバック(0) | コメント(0) | グルメ | 管理

串カツ_いぬい1

2016年9月11日(日)、元職場のOB3人と、大阪市平野区界隈を散策し、その後、地元平野区在住のOBのお勧めの店、昔ながらのスタイルで営業を続ける串カツ屋を訪問した。

画像は杭全(くまた)神社境内の巨楠(くすのき)。
大阪府指定天然記念物、樹齢一千年、樹高三十米、周囲十米。



道標。「當社 熊野権現 / 祇園宮 」(西面)。
“當社”は“杭全神社”を指す。
“熊野権現”、“祇園宮”は古い時代の名称。

杭全神社 - Wikipedia によると、明治時代に現在の社名“杭全神社”に改まった。

杭全神社(くまたじんじゃ)は、大阪市平野区平野宮町にある神社。旧社格は府社。貞観4年(862年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂の孫で、この地に荘園を有していた坂上当道が素盞嗚尊を勧請し、社殿を創建したのが最初と伝えられている。以降、建久元年(1190年)に熊野證誠権現(伊弉諾尊)、元亨元年(1321年)には熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)を勧請合祀し、後醍醐天皇から「熊野三所権現」の勅額を賜り、熊野権現社の総社とされた。明治になって現在の社名に改まった。



「右 ふちゐ寺 / 大峯山上 / かうや山」(南面)。
画像左奥は杭全神社の石鳥居。



全興寺(せんこうじ)境内、「小さな駄菓子屋さん博物館」。


昭和20年代~30年代に駄菓子屋さんに並んでいたおもちゃを展示。


9月12日(月)20:10 | トラックバック(0) | コメント(2) | グルメ | 管理


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