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2018年11月28日を表示

(続)古堤街道_北田原_ほしだ園地_星田妙見宮

皇帝ダリア。
別名:キダチダリア(木立ダリア)。

生駒市北田原町にて。



干し柿。

私も何回か挑戦したことがあるが、ヒヨドリに食べられるから注意!!
最近はスーパーで干し柿用の渋柿を売っている。

生駒市北田原町にて。



元は田んぼの畦道だったのかもしれない辻に立つお地蔵さん。
かなり磨耗されていた。
長い間、ご苦労様―笑。

生駒市北田原町にて。



愛称「星のブランコ」。
名前を聞くと何?と思うだろう、実は吊り橋。

ほしだ園地にて。



「織女石」(たなばたせき)。
星田妙見宮にて。

おしまい。



11月28日(水)19:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

古堤街道_北田原_ほしだ園地_星田妙見宮

2018年11月24日(土)は土曜会に参加した。
タイトルは「ほしだ園地から星田妙見宮へ」。

<概要>
スタートは近鉄けいはんな線白庭台駅。ゴールはJR片町線星田駅。
但し、私は自宅から集合場所の白庭台駅まで歩いた。(距離約7.4km 所要時間約90分)

ほしだ園地は、ほぼ一ヶ月前の2018年10月14日に「河内飯盛山_堂尾池_飯盛霊園_やまびこ広場」で、“やまびこ広場~星田駅”の区間を歩いている。
この時は星田妙見宮、新宮山八幡宮址(星田公園)には立ち寄らず。

白庭台駅から北に向かって歩き、白庭台西公園の角で左折。(西)
新しい住宅地の中を西に向かって歩き、生駒市道5号線に出合い、これを少し歩いて市道5号線を横断。
更に市道5号線の一つ北側に東西に通じる旧道を歩く。
この旧道が古堤街道。(ふるづつみかいどう)

古堤街道は如何にも旧道といった趣きのくねった道。
祠や常夜燈が人家の敷地の中に置かれているのが見られた。

このあたりは山を崩して住宅や道路が建設されたのだろう。
残された山の一角に石造物が見えたので立ち寄る。

手摺が設置された急斜面を登ったところに役行者の磨崖仏を見た。
ネット検索するとGoogle マップでは「稲葉谷安永磨崖笠行者像」として、他のサイトでは「稲葉谷行者磨崖仏」などとも紹介されている。
私は「稲葉谷役行者笠石磨崖仏」とした。

おそらく宗教的畏敬から、この一角だけ残されたとみられる。
その横には覆屋があって地蔵菩薩が祀られていた。

西へ暫く歩くと、真新しい仏教施設らしい建物が現れる。
法薬寺(新塔堂)で、ごく最近に再建されたようだ。
境内には室町時代の銘が刻まれた地蔵菩薩坐像と、天文十一年(1542)の六字名号板碑が置かれていた。

法薬寺を後にして北へ向かう。
道が細くなり人家の庭先に入ってしまったのかと思ったが、石垣の下に小道が続いていた。
しかし、その先は、道がなく田んぼの畦道より少し幅広の道を通らざるを得なかった。
その後、奈良大阪県境近くでR168に合流するまで、何ヶ所か人家の庭を通過させてもらったようだ。

お二人の住人の方に、「何処へ行くのか」と声を掛けられた。
「磐船神社へ行きたいが、R168は歩道がなく危険なので、避けて歩いている」と答えると、親切に教えて下さった。

旧家の前に水が湧き出ている井戸があって、地元の方(おそらくその旧家の人)が野菜を洗っていたので、声を掛けた。
ずっと昔から、水が湧き出ているという。
今になって思うには、石組みもない自然のままで、井戸のように掘削したとは見えなかったので、井戸ではなく“泉”なのだろう。

やがて「岡村墓地」と彫られた石柱が立っていた。
名前を見て少し驚いた。
側面には「岡村講衆建立 平成十七年十二月吉日 建立」の銘。
“岡村”とは、この地域(村)の旧称。
昔の地図には、そのように表示されている。
「生駒郡北倭村岡村」(明治41年測図 今昔マップ)
北田原町(交差点)でR163を横断。
田んぼの畦道より少し幅広の道歩きが続く。
R168に合流するまで、このような道を歩いたが、“里道”と呼ばれるもので、私道ではなく公道。
但し、何ヶ所か人家の庭を通過させてもらったようだ。

生駒市北田原町、「関西電力 鉄塔付属公園」の先の辻で、祠と常夜燈、板碑などの石造物を見る。
天野川の支流、穴虫川に架かる橋を渡って、引き続き北へ歩くと、浄土宗 生玉寺が現れる。

その後も、北田原町の集落の中を、古びた常夜燈や石仏を見ながら練り歩き、奈良大阪府県境の手前でR168に合流した。

R168を横断してすぐ、羽衣橋でバスに乗車して参加した人を待つ。
N氏が北田原バス停まで、戻るような形で、迎えに行った。
暫くして二人がやって来たので、ようやく全員揃った。

天野川の左岸の歩道は通行禁止となっていたので、少しの区間だがR168を歩く。
歩道はないので、一列で車道の左端を歩いた。

やがて、京阪バス磐船神社前バス停に到着。
付近は小さな公園になっており、公衆トイレが設けられている。

磐船神社前を通過し、左折して「府民の森 ほしだ園地」へ向かう。
ここから舗装された急坂(ほしだ園地管理道)が暫く続く。
左右に滝行場が見られたが、今も現役なのかどうかは不明。

傾斜が緩やかになった頃、せせらぎの道・飯盛霊園分岐を左に見送り直進。
じょうりょくの路、続いてこもれびの路分岐を左に見送って、「八ツ橋」と呼ばれる木道で昼食。

食後は、ほしだ園地管理道をそのまま北西方向に進み、まつかぜの路分岐を左に見送って直進。
やまびこ広場に到着した。
展望スポットには立ち寄らず、管理道を歩き、右折しておねすじの路を歩く。

やや下るような感じで、星のブランコに到着。
付近は大変な人出で、外国人が多いことに二度ビックリ。
個人旅行で、ここへ来たとは思われず、バスでやって来た団体さんだろう。
そういえば、R168の車道沿いに、ほしだ園地駐車場は満車の看板が掲げられていた。

星のブランコは、大勢で渡るので、かなり揺れていた。
特に中央付近は、横揺れが激しい。
私は片手で手摺を掴みながら歩いた。

星のブランコを後にして、管理道をJR星田駅分岐まで登り返す。
分岐から先は、下り道が続く。
途中、登山道が崩落していた箇所があったが、迂回路が用意されており、スムーズに通過出来た。



星田妙見宮へは、裏から入ることも出来たが、参道入口まで下ってからお参りし、来た道を参道入口まで戻る。
星田の町中を星田駅に向かって歩き、途中、新宮山八幡宮址(星田公園)に立ち寄る。
この公園を訪問するのは、これが初めて。
今まで訪問しなかったのは、あまり期待していなかったからなのだが、予想は当たっていた。
八幡宮の跡地が公園になっていた。

星田駅には15時30分過ぎに到着。
片町線で京橋駅、環状線で鶴橋駅で下車。
駅前の地魚酒場 魚八商店 鶴橋店で反省会となった。参加4名。

<コース概略>
9:04近鉄けいはんな線白庭台駅9:31_稲葉谷役行者笠石磨崖仏_法薬寺(新塔堂)_生玉寺前_羽衣橋_磐船神社前_12:28八ツ橋・昼食12:50_星のブランコ(吊橋)_星田妙見宮_新宮山八幡宮址(星田公園)_15:31JR片町線星田駅

<メモ>
・参加者総勢8名。
・実歩行距離約24km。(内訳:自宅~白庭台駅 約7km 白庭台駅~星田駅 約17km)
・歩数3万4千歩。(自宅~自宅)
・反省会:地魚酒場 魚八商店 鶴橋店(鶴橋駅前)。参加4名。

<参考>
・古堤街道について 国立国会図書館 レファレンス協同データベース によると、古堤(ふるづつみ)道(街道)は、大阪より生駒山を越えて大和北部に到る道です。
奈良道(街道)、大和道(街道)とも呼ばれていました。野田(現都島区の京阪電鉄京橋駅構内)で京街道と分岐し、大和川の右岸沿いに東に進み、大東市中垣内(なかがいと)・竜間を通り生駒山を越えます。
『鶴見区昔ばなし』によると、野田からの道は、近世初頭には鯰江川右岸を蒲生から今福に入り、ここから南に迂回し、放出・今津を経て中茶屋に向かう道でしたが、1655年に徳庵川(寝屋川)が開設されてからは、その右岸を今福から横堤・諸口を経て徳庵に通じる「徳庵堤」が利用されるようになりました。
『大阪市の旧街道と坂道』によると、中茶屋からは寝屋川に沿って諸福・太子田(たいしでん)・赤井と進み、寝屋川と恩智川を越え、御供田(ごくでん)から中垣内で東高野街道(高野街道)を横断します。
また、『大阪府誌第4編』によると、竜間からの山越えの道は2つに分かれ、右は生駒村に通じ、左は東北に向かい田原(四条畷市)より北倭村(生駒市高山町)に通じます。
『大阪府誌4編』によれば、春秋の佳節に際しては四条畷小楠公、野崎観音、生駒山宝山寺に詣でる人々がこの道を使ったようです。

画像はこの日歩いた近鉄けいはんな線白庭台駅からJR片町線星田駅までのGPSログを表示。

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頭に宝冠らしきを被られた石仏。

県道7号線北行、奈良市二名4丁目 山喜産業(株)前にて。



「稲葉谷役行者笠石磨崖仏」。

付近は山を崩して住宅や道路が建設されたのだろう。
残された山の一角に石造物が見えたので、急斜面を手摺を伝って登ると、役行者の磨崖仏が現れた。
ネット検索するとGoogle マップでは「稲葉谷安永磨崖笠行者像」として、他のサイトでは「稲葉谷行者磨崖仏」などとも紹介されている。

古堤街道(ふるづつみかいどう)、生駒市西白庭台1丁目にて。



室町時代の銘が刻まれた地蔵菩薩坐像と、天文十一年(1542)の六字名号板碑。

古堤街道、法薬寺(新塔堂)境内にて。



生駒市北田原町の旧家の前に水が湧き出ている井戸があって、地元の方(おそらくその旧家の人)が野菜を洗っていたので、声を掛けた。
ずっと昔から、水が湧き出ているという。

今になって思うには、石組みもない自然のままで、井戸のように掘削したとは見えなかったので、井戸ではなく“泉”なのだろう。



11月28日(水)19:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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