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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


Show by Dec/26/2021

老磁带-邓丽君(鄧麗君) 岛国之情歌第一集《再见!我的爱人》 1975年

老磁带-邓丽君(鄧麗君) 岛国之情歌第一集《再见!我的爱人》 1975年を視聴してみよう。
テレサ・テン

老磁带-邓丽君 岛国之情歌第一集《再见!我的爱人》 1975年
1.情人的关怀 (日版:空港 (机场) 0:00
2.请你别再找我 (日版:远くから爱をこめて) 3:48
3.不论今宵或明天 (日版:今夜かしら明日かしら 7:45
4.相聚更甜蜜 (日版:はぐれた小鳩 10:47
5.雨下的花朵 (日版:雨にぬれた花 14:38
6.冬之恋情 (日版:雪化粧 (日) 18:02
7.再见我的爱人 (原曲:グッドバイ.マイ.ラブ 首唱: アン・ルイス 21:44
8.谁来爱我 (原曲:港町ブルース (海港怨曲) 首唱: 森进一 25:15
9.再来一杯 (原曲:二人でお酒を 首唱:梓みちよ 29:35
10.夜雾下的姑娘 (原曲:東京ブルース (东京怨曲) 首唱:西田佐知子 33:17
11.逃避行 (原曲:逃避行 (日) 首唱:麻生よう子 37:46
12.爱的理想 (原曲:あなた 首唱:小坂明子 41:12


【参考】
鄧麗君 水上人
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc64MI616BF5F2/1/
鄧麗君 在水一方
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc64i7616937E3/1/
鄧麗君(邓丽君) LP黑胶唱片 15周年
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc64wr60E7FEC9/1/
鄧麗君之歌 又見炊煙
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63V760E02289/1/
小村之戀 鄧麗君專輯
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63nM60D041C4/1/
鄧麗君 雲深情也深 夏季返台專輯
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc637R60C071BB/1/
鄧麗君 暢銷歌曲 第一集
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63c660B493A6/1/
鄧麗君 南海姑娘
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63nf60925322/1/
鄧麗君 Teresa Teng
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63C66072AAC8/1/
鄧麗君 路邊的野花不要採 ★一部再生不可
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc5cNB5B0BFDE7/1/



Nov.26(Fri)16:47 | Trackback(0) | Comment(0) | 音楽 | Admin

No.13木津川源流4(笠置から月ヶ瀬口へ)

分岐に立つ東海自然歩道の案内図。


やがて木津川に架かる沈下橋が現れる。


コースは沈下橋を渡らず、手前で右へ。
引き続き東海自然歩道を歩く。



緑色の小橋を渡る。


上を見上げると、頭上にはJR関西本線の鉄橋が見える。
その真下を歩いていた。

つづく。



Nov.26(Fri)07:00 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.12木津川源流4(笠置から月ヶ瀬口へ)

視界が開け、暫くの間、平地を歩くことになる。


コースは右に見えるJR関西本線の踏切を横断する。


平地に出ると、快晴なので少し驚く。
山林の中を歩いている時は、光が差さず薄暗かった。
尚、この踏切の名称は「飛鳥路」。



ご覧の通りこの区間は単線。


分岐に出合う。
コースは右折。

つづく。



Nov.26(Fri)06:57 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.11木津川源流4(笠置から月ヶ瀬口へ)

三叉路分岐で直進。(北東)


三叉路に立つ東海自然歩道の道標。
「↑高山ダム7.6km / 笠置橋2.5km↓」。
笠置橋から来て、直進して高山ダムへ向かう。
画像は逆光でわかりにくい。



右折すると天照御門神社。
画像は三叉路を過ぎてから撮影しているので左折表示になっている。
「←天照御門神社0.1km)」。
この日歩いたコースは、同じグループで過去に歩いており、この神社も訪問しているので今回はパスした。



三叉路に立っていた石碑。
「庄屋庄七翁終焉之地」と彫られている。



基石に刻まれていた銘文。
それによると「徳川末期の大庄屋、公共奉仕に一心一家を捧げた・・」とあり、後の時代になってから顕彰碑が建てられたようだ。

つづく。



Nov.26(Fri)06:54 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin


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