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2026年5月2日を表示

天王寺七坂+三坂10

生玉前筋に出て右折。(南)


左手(東)に「清光山 増福寺」の山門前を通過。


九應寺(浄土宗)の山門を右に見て歩く。
山門前に石柱が二基。
左は「阿弥陀 六親眷族 八百屋 新兵衛」と刻まれているようだ。
【参考】
六親眷族(ろくしんけんぞく)とは、最も身近な6種類の親族、または血のつながりのある親族・一族全体を指す言葉。

右は一部文字が削り取られており不明。
上は「六番」かも。



南進して正面行き止まりを左折。(東)

暫く歩くと左手に、「月江寺」(げっこうじ)の表札が掲げられていた。
このお寺も浄土宗。



境内の様子。
このお寺は、織田信長が石山本願寺を攻めるために築いたとされる天王寺城の推定地の一つ。

つづく。



5月2日(土)06:01 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

天王寺七坂+三坂9

齢延寺の南正門(鐘楼門)を正面から撮影。
境内に何か花が咲いているようなので、立ち寄ることに。

右の石柱には「藤澤東畡先生墓所」と刻まれている。
【AI による概要】
藤沢東畡(ふじさわ とうがい)は、江戸時代後期の儒学者で、大阪最大級の漢学塾である泊園書院の創設者。



花がチラホラ咲いているが、遠目に見た樹形からウメではなくサクラだろう。


ヒガンザクラかもしれない。
江戸時代には「齢延寺の彼岸桜」と呼ばれた桜の名所だった。
【参考】
齢延寺のご紹介



「カワズザクラ」と記されている。(河津桜/ 赤四角印)
早咲きのサクラで2月上旬から開花。
(この日は2月1日)
先程見たヒガンザクラ?とは明らかに違う。



南正門(鐘楼門)の各所(柱や扉、欄間など)に精緻に施された彫刻が目を引く。

つづく。



5月2日(土)05:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

天王寺七坂+三坂8

「文化? 九月?」と刻まれているようだ。


「ボーナスステージ」を経て、緩やかな登りが続く。


これは今でいう「◯リング」に相当するものだろう。
但し、クルマ用ではなく歩行者用。
早い話が“すべり止め”。



石畳が終わると同時に源聖寺坂の終点。


突如として現れるメカニックな建物と“地球儀”。
画像左に少しだけ写っている瓦葺の建物は齢延寺の山門。

つづく。



5月2日(土)05:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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