No.26木津川源流3(木津から加茂へ)
引き続き府道47号天理加茂木津線を歩く。
これは工務店のような建築関係の仕事に従事している人が作ったのでは。 「こんな面白いものもあります」という程度の宣伝効果を狙っているみたい。
やがて三叉路に出合う。 洗濯物が干してあって生活感が漂う。 交差点の名前は「法花寺野」(ほうけじの)。 ここを右折する。
急な坂道を登る。
坂道を登り詰めたところで後続の人たちを待つ為、小休止を兼ねた時間調整。 画像はヒャクニチソウ。 車道沿いの景色は殺風景だったのでほっとする。 つづく。
7月3日(土)07:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
No.25木津川源流3(木津から加茂へ)
右側に新しい建物が建っていた。 「環境の森センター・きづがわ」の看板。
早い話が清掃工場。 公害防止監査装置のパネルが設置されていた。
車道のすぐ左側は木津川が流れている。
ノギク だろう。
右方向に石碑が立っていた。 石碑には「甕原離宮国分尼寺遺阯参考地」と刻まれているようだ。 付近は資材(廃材?)置き場になっており、以前は中に入ることが出来たが、今は雑草が生えており到底無理。 このエリアの中でかつて採掘したというバラ輝石。 現時点での採掘は絶望的。 【参考】以前の画像山城国分寺跡 - Wikipedia つづく。
7月3日(土)07:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲第2番 夏(四季)
ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲第2番 夏(四季)を視聴してみよう。四季 (ヴィヴァルディ) ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調 RV 315「夏」 Antonio Vivaldi – "Summer" Violin Concerto, Ospedale della Pietà, Teatr Wielki Opera Narodowa 1.0:00 Applause 2.00:54 Allegro non molto 3.06:37 Adagio e piano - Presto e forte 4.08:43 Presto アグネス・ウシチンスカ - ヴァイオリン アンドレア・クシバワ - 指揮 スタニスワフモニウスコ音楽学校オーケストラ。 2016年9月27日、ワルシャワのポーランド国立オペラハウスで録音。VIDEO 【参考】 ヴィヴァルディ 四季http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc61yL5F06EAA5/1/
7月2日(金)16:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理
No.24木津川源流3(木津から加茂へ)
府道47号天理加茂木津線に出合いこれを左折。(北)
歩道のない車道を走行するクルマに注意しながら一列で歩く。 画像はサルスベリ。 夏の花だが開花の期間が長く10月に入ってもまだ咲いている。
右方向に分岐があって、道標が立ててあった。 車道ではスポーツ自転車に乗る人も見掛けた。(画像左)
右分岐の入口にはカメラが設置されている。 不法投棄対策だろう。 ここで小休止。
クルマはスピードを上げて走行している。 引き続き一列歩行を徹底。 つづく。
7月2日(金)05:35 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
No.23木津川源流3(木津から加茂へ)
井関川に架かる釜ヶ谷橋を渡る。
R163のバイパス高架下を潜る。
この道路は最近建設された。 大阪・奈良方面から常時交通渋滞する木津駅周辺を迂回して三重県方面へ抜けられる。
この辺りは稲刈りが終わっている。 ここでは稲刈りにコンバインが使われていないようだ。
藁(わら)焼きと呼ばれる昔ながらの手法。稲刈り後の田んぼ 来季に備えて!・・・ワラ焼き ワラ干し つづく。
7月2日(金)05:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
No.22木津川源流3(木津から加茂へ)
京都府観光ガイド によると、 『数多くの遺構や遺物が発見され、奈良時代における木津町の重要性を明らかにした遺跡。 木津川南岸に設けられた平城京の港「泉津」におかれた官の施設と考えられている。』
「上津遺跡」を後にして、再び木津川の堤を歩く。 画像の階段を登って堤へ出て右折。(東)
前方にも野焼きが見られた。 10月なので野焼きが行われる時節なのだろう。
右方向に見えた施設は木津川市宮ノ裏浄水場。
前方に木津川に架かる巨大な橋が見える。 R163のバイパスに架かる橋。 コースは右に見える橋を渡る。(赤丸印) つづく。
7月2日(金)05:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
黒いワシ バルバラ
黒いワシ バルバラを視聴してみよう。Barbara 黒いワシ バルバラ 1.Barbara Ma Plus Belle Histoire d'Amour 1967 (stéréo)(我が麗しき恋物語) 2.Barbara - Au bois de Saint-Amand (1967)(サンタマンの森で) 3.Barbara Göttingen (1964)(パリとゲッティンゲン) 4.A MOURIR POUR MOURIR - BARBARA(死にあこがれて) 5.Barbara | nantes(ナントに雨が降る) 6.Barbara - Le mal de vivre (Audio Officiel)(孤独のスケッチ) 7.BARBARA ....L' aigle noir ( 1970 )(黒いワシ) 8.Barbara - Une Petite Cantate 1970(小さなカンタータ) 9.Barbara - Pierre(ピエール) 10.Le Soleil noir -Barbara- (avec sous-titres)(黒い太陽) 11.Barbara - La solitude (Audio Officiel)(孤独) 12.La dame brune(ブルネットの婦人)VIDEO
7月1日(木)17:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理
No.21木津川源流3(木津から加茂へ)
「御霊神社」の社号標。
木津川市観光ガイド によると、 『本殿は室町時代の様式を伝える三間社流造り檜皮葺です。 もとは同じ高台にあった灯明寺の鎮守社でしたが、今は兎並(うなみ)区の氏神として祀られています。 灯明寺は、寺伝(東明寺縁起)によると、奈良時代行基の開基と伝えられています。 建造物の内、三重塔と本堂は横浜に移築されましたが、跡地には、江戸時代前期の庫裏と本尊など5体の仏像を安置する収蔵庫が設置されています。』 『大正3年(1914)に加茂町を離れて、現在は神奈川県横浜市の三溪園に移築された灯明寺三重塔(重要文化財)は、いまや関東地方最古の塔として有名になっています。』
画像は神社の境内でよく見かける立砂(盛砂)と呼ばれているもの。 【参考】上賀茂神社細殿 立砂の謎
左は車道だが、二基の常夜燈の間にある道が旧道なのだろう。
御霊神社を後にして「上津遺跡」に立ち寄ったが、石碑と説明板が立つのみ。 つづく。
7月1日(木)05:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
No.20木津川源流3(木津から加茂へ)
本堂の扁額には「哀堂」(あわんどう)の“当て字”が記されているのかもしれない。(亜?堂)
安福寺を後にして、引き続き東へ歩く。 奈良交通宮之掘バス停前を通過。
すぐ左に朱色の鳥居が鮮やかな神社が建つ。 (御霊神社)
立派な常夜燈に銘が刻まれていた。 「石工」の文字の左右にも文字が見える。 右側は「南頭?」。 左側は「漱京?」。
「文政十一? 九月」。 つづく。
7月1日(木)05:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
No.19木津川源流3(木津から加茂へ)
山門を潜ってすぐ左「平重衡卿之墓」と刻まれた墓標と、その奥に十三重石塔が建つ。木津川市観光ガイド によると、 『本尊の「阿弥陀如来像」(非公開)は東大寺・興福寺を焼き打ちにした平重衡が文治元年(1185年)6月、木津川河原で最後に拝んだ引導仏と伝えられています。 本堂は村人が平重衡を哀れんだので「哀堂(あわんどう)」と呼ばれており、200~300年後重衡を埋葬した場所に現在の十三重石塔が建てられたと言われています。』 十三重石塔には「八佰参拾六回忌」の板塔婆が置かれていた。(画像右端に貼り付けた)
傍らに祀られていた石仏や石造物。
この整ったお顔、お姿の石仏は阿弥陀石仏?
ふくよかなお顔をされている地蔵菩薩立像?
ここにも盃状穴が見られた。 つづく。
7月1日(木)04:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理