山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2019年11月を表示

NO.5七福思案処_大文字山_志賀峠_志賀の大仏

板を置いただけの簡易ベンチ。
倒木を片付け、不要になった材木を使って作られているようだ。



倒木は随所に見られたが、登山道は最低限、通れる状態に整備されている。


前を歩いていたAさんが東山三十六峰の一つ、大日山326mの山名板が、このすぐ先にあるというので立ち寄ることにした。
画像は大日山へのルートを指差すAさん。



前後して歩いていた人と一緒に薄い踏み跡を辿る。


山名板が見つからないので、引き返そうとした矢先に見つかった。
山頂は潅木に覆われ展望はまったくない。
登山道へ戻る。

つづく。



11月7日(木)18:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

NO.4七福思案処_大文字山_志賀峠_志賀の大仏

フィックスロープが取り付けられているところが現れる。
しかし、誰もそれを使って降りる人はいない。
雨後は滑りやすいのかもしれない。

分岐に出て丸太の橋を渡り沢に沿って下る。(画像)



再び登り道となり、視界が開けると送電線鉄塔に出た。


やがて見覚えのある場所、七福思案処に到着。
面白い名前だが、分岐が沢山あって、何処へ行くか思案する場所くらいの意味だろう。



ここで“く”の字形に折り返して、大文字山を目指して歩く。
簡易ベンチが置かれていて休憩する人の姿も見られた。



七福思案処に立つ京都トレイル東山No.39の道標。
六方向への分岐になっている。コースは大文字山へ。

つづく。



11月7日(木)18:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

NO.3七福思案処_大文字山_志賀峠_志賀の大仏

逆光でよく見えなかったが、忍者かもしれない。
一瞬そう思ったのは、野焼きの煙も手伝って忍者らしく見えたから。

所謂「Art」はこの他にも沢山立ち並んでいたが先を急ぐ。



画像は安祥寺上寺跡と彫られた石柱。
上記のサイトによると、「安祥寺は仁明天皇女御藤原順子(809~71)の発願により嘉祥・仁寿年間(848~53)頃に建立された寺」。



登山道は植林帯の中を歩くようになる。
直射日光は遮られたが風がなく蒸し暑い。



119番緊急通報ポイント「G-1」。
この後、このような通報ポイント板が続いた。



「G-3」を過ぎると峠に出た。
ここから先、暫く下り道となる。
暑さの為、汗を拭い休憩する人や服装を調整する人も現れる。

つづく。



11月6日(水)18:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

NO.2七福思案処_大文字山_志賀峠_志賀の大仏

“山科聖天”こと双林院、鳥居前に到着。
この日は(も?)お参りせず。



茅葺の古民家風だが、勿論民家ではない。
蕎麦、うどん、和食のお店「春秋山荘 蕎麦 高月」だったようだ。
現在は閉業されている。



後山階陵(のちの やましなの みささぎ)前に到着。ここは分岐となっている。

「後山階陵遺跡/この付近たたら遺跡(古代製鉄跡)」と彫られた石柱と、「←南禅寺・蹴上・日向大神宮 / ↑大文字山 / 京阪JR山科駅→」と記された道標が立つ。
この日のコースは大文字山への直登ではなく、一旦、南禅寺・蹴上・日向大神宮方面へ向かい、七福思案処(しちふくしあんどころ)を経て大文字山へ登る。



「なんだ、これは?」
飲み終えた洋酒の瓶を並べているようだ。



よく分からないが、やはりこれは「Art」なんだろう。
躍動感がある。

つづく。



11月6日(水)18:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

NO.1七福思案処_大文字山_志賀峠_志賀の大仏

<概要>
2019年9月29日(日)は山を登る会の第1,057回例会に単独で参加した。
スタートはJR琵琶湖線山科駅。ゴールはJR湖西線大津京駅。

山科駅から双林院(山科聖天)前を経て後山階陵(のちの やましなの みささぎ)へ。
ここは分岐ポイントとなっており、通常大文字山へは北へ歩く。
この日は西に位置する「七福思案処」へ向かった。
この間は初めて歩く。

「七福思案処」から京都トレイル東山コースを大文字山まで歩き山頂で昼食。
(京都トレイル東山No.39~No.45)
暑さの為か、この間は予想以上に長く感じた。

昼食後は池ノ谷地蔵を目指してやや荒れた山道を歩く。
池ノ谷地蔵から比叡平の中を通り抜ける。
比叡平は比叡山を北正面に仰ぎ見る住宅地。

私の近くを歩いていた滋賀県草津市在住の人さえ、この住宅地の存在を知らなかったと話された。
夏場は涼しくて快適だろうが、冬場は寒いようだ。
標高は400m弱程度。
ところが、涼しいはずの比叡平、炎天下の中やけに長く感じた。
日陰がなくおまけにアスファルト道。
たまらずに、比叡平の北のはずれにあるコンビニで休憩した。(イートイン)

大津市山中町で車道を離れ、志賀峠を目指して踏み跡の薄い山道を登る。
志賀の大仏(おぼとけ)の手前で、東海自然歩道と合流したが、この間は、国土地理院地図や山地図に記載のないルート(志賀越道 別名:山中越)を歩いた。
廃道寸前!志賀越道(京都三条大橋→滋賀唐崎)

私にとって、この日のコースの目当ては「志賀越道」と「志賀の大仏」。
志賀峠は現在、比叡山ドライブウェイ下のトンネルとなっていて風情はない。
「志賀の大仏」は“だいぶつ”と呼ぶにはいささか躊躇う。
“おぼとけ”と読ませるが、これなら奈良や鎌倉の大仏とは比較対象とならない。
大仏の近くでは予期しなかった三尊磨崖仏などを観ることが出来た。
崇福寺跡や弥勒堂跡にも立ち寄りたかったが、暑さと長距離(18.8km)を歩いて疲れたので断念した。

<コース>
JR琵琶湖線山科駅9:24_JR琵琶湖線・湖西線の高架下トンネルを潜る_洛北高校前_琵琶湖第一疏水_駒札(山科疎水と安祥寺川)_安祥寺川_山科区御陵平林町(住所表示板)_安朱の里_双林院(山科聖天)前_道標(←大文字山 南禅寺 / 京阪JR山科駅→)_春秋山荘(閉業)前_石柱(後山階陵遺跡/この付近たたら遺跡(古代製鉄跡))・道標(←南禅寺・蹴上・日向大神宮 / ↑大文字山 / 京阪JR山科駅→)石柱(安祥寺上寺跡)_通報ポイント(G-1)_通報ポイント(G-3)_フィックスロープ_送電線鉄塔_京都トレイル東山No.38・七福思案処_京都トレイル東山No.39_京都トレイル東山No.41_大日山326m(東山三十六峰)_眺望地_京都トレイル東山No.42_京都トレイル東山No.43-1_京都トレイル東山No.43-2_京都トレイル東山No.44-1_京都トレイル東山No.44-2_通報ポイント(A-13)_京都トレイル東山No.45_通報ポイント(A-14)_11:13大文字山(三等三角点 465.31m 点名:鹿ケ谷)・昼食11:33_11:40林道出合い左折_11:41林道から左折山道に入る_石柱(白川 従是御領?)_東山鳥獣保護区区域図_獣除けの網を潜る_池ノ谷地蔵_分岐を左折比叡平方面へ_大津市比叡平二丁目3(住所表示板)_京阪バス比叡平バス停前_木下美術館前_京阪バス比叡平二丁目バス停前_大津比叡平簡易郵便局前_京阪バス比叡平三丁目東バス停前_京阪バス比叡平三丁目バス停前_京阪バス比叡平口バス停前_ファミリーマート大津ひえい平店・休憩_京阪バス比叡平口バス停前_府道30号下鴨大津線を北へ_シャモ亭比叡山前_京阪バス・京都バス山中上バス停前_分岐で府道30号から右折・道標(志賀峠1.5km→)_Y字形分岐で右上へ_鼠谷川支流_Y字形分岐で右上_砂防ダム_道標(←山中町0.8km 志賀峠0.7km→)_中央広場・放牧場方面を右に見送り直進_道標(→志賀峠・崇福寺跡を経て京阪滋賀里駅方面→)_ふれあいのもり分岐を右に見送り左折_比叡山ドライブウェイ下のトンネルを潜る(志賀峠)_注意板(急坂の為注意 大津市)_注意板(急坂の為注意 大津市)_山道から林道に変わる_注意板(ぬかるみに注意 大津市)_道標(←崇福寺跡0.5km / ふれあいのもり1.0km 志賀峠1.0km)_三尊磨崖仏_野仏_水場_崇福寺跡分岐を左に見送り直進・道標(金堂跡 講堂跡 100m)・説明板(国指定史跡 崇福寺跡)_道標(志賀峠1.5km ふれあいのもり1.5km / 志賀の大仏・百穴古墳群→ 京阪滋賀里駅1.0km)_志賀の大仏(おぼとけ)・説明板(石造阿弥陀如来坐像(志賀の大仏)一軀)_磨崖仏_百穴古墳群・説明板(百穴古墳群)_R161(西大津バイパス)高架下を潜る_大津市高砂町25(住所表示板)_京阪石山線の踏切を横断_京阪南滋賀駅前_JR湖西線の高架下に沿って南へ歩く_14:52JR湖西線大津京駅

<メモ>
・参加者: 75名。
・リーダー: N氏
・コース歩行 (山科駅~大津京駅までの所要時間と距離)
 歩行距離: 約18.8km。
 所要時間: 5時間28分。
・当日歩行 (自宅~自宅までの歩数と歩行時間及び推測距離)
 歩数: 33,361歩。
 推測距離: 約22.3km。(0.67m×33,361歩=22,351m)
 歩行時間: 5時間26分。

画像は山科駅から大津京駅まで歩いたGPSログを表示。



山科駅を出発し、JR琵琶湖線・湖西線の高架下トンネルを潜って北側へ出る。
住宅地の中を歩いて洛北高校前へ。
琵琶湖第一疏水に出合いこれに沿って上流へ歩く。
画像は疏水を走るびわ湖疎水船



疎水を離れ安祥寺川に沿って北へ歩く。
通常は住宅地の中を歩くが、この日のコースは地元の人だけが知っているような路地っぽい道。

「安朱(あんしゅ)の里」の看板が立つ。
地元の人たちの憩いの場なのかもしれない。



やがて安祥寺川沿いから離れ車道に上がる。
疎水からここまで歩いて来た小路は、クルマの通行がなくウォーキングに適している。



車道には「大文字山 南禅寺 ハイキングコース」の道標が立つ。

つづく。



11月5日(火)21:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

No8.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

石段を降りる。


桜井駅へ向う途中、民家の庭先に咲いていた白いハギの花。
これは園芸品種ではなく、野生に存在するそうだ。



旧道との辻、郵便ポストの隣に祠が見えた。


近くに点在していた石仏たちを一ヶ所に集めて収容したようだ。


反省会は韓国料理のぶんさん
桜井駅から166m。

おしまい。



11月4日(月)18:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No7.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

谷東(交差点)から南へ伸びる道路に出合いこれを右折(北)。
この道路は近年拡張された。
やがて目当ての若櫻神社に到着。

参加者の男性の一人が、Googleマップで若櫻神社の場所を検索したがヒットしなかった。
何故、ヒットしなかったか。
彼は「若桜神社」で検索したようだ。
Googleマップでは「若櫻神社」として登録されているのでヒットしなかったというわけ。
尚、Googleマップに登録した人は、撮影した画像のこの社標を見て登録したのかもしれない。



石鳥居を潜ってすぐ右手にいかにも新しそうな若桜の井戸復元記念碑が立つ。


井戸の蓋を開けて中を覗いたが、古い井戸ではない。
若櫻神社の境内にあるこの井戸は、桜井市の名前の由緒となった井ではなく復元されたもの。
このことは帰宅してから知った。
桜井市のサイトによると、元の井は、桜の井(さくらのい)



石段を登る。


拝殿。

つづく。



11月3日(日)22:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No6.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

山名板、標高245m。
潅木に覆われ山頂からの展望はない。



山頂を辞し、来た道を等彌神社まで戻る。
距離、約1.2km。



山頂手前、忍坂山口坐神社方面への踏み跡を様子見した。


稲荷神社まで下り、稲荷神社に立ち寄る。

この後、“内宮鳥居”が建つ付近で昼食。



昼食後、若櫻神社を目当てに西方向へ歩く。

画像は寺川に架かる橋を渡ったところを振り返って撮影。

つづく。



11月3日(日)22:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No5.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

白庭山を経て霊畤へ。


左上のピークが鳥見山山頂(霊畤)。
登山道を辿って左上へ登るが、直進する薄い踏み跡がある。
それを辿ると忍坂山口坐神社方面へ繋がっているミニ縦走路。



正面の階段を登ると山頂。


鳥見山中霊畤について

「日本書紀」によると、この鳥見山付近は、神武天皇が「橿原宮で即位後四年、皇祖天つ神を祭られた」と「霊畤」の由来を記しています。(巻第三)
「霊畤」とは「まつりのにわ」を意味し大嘗祭を行う場所をいいます。
また、鳥見山頂付近は、南北朝時代に戒重西阿氏が築いた鳥見山城の跡と云われています。

鳥見山中霊畤顕彰会



山頂に立つ「霊畤」と彫られた石碑。

つづく。



11月2日(土)18:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No4.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

斎場山に立つ「霊畤拝所」と彫られた石碑。
大正十五年五月二十六日建立。

左は万葉歌碑。



「霊畤拝所」を過ぎると山道となり、倒木なども散見された。


登山道から離れ道標を見て「庭殿句碑」へ。
この先、山頂までの登山道と合流する。



句碑が建つ庭殿。
庭殿は祭りの饗宴に供された場所として伝えられている。



「見渡せば大和国原ひとめにて 鳥見のゆ庭の跡ぞしるけき」。
“ゆ庭”=斎場。
十三基の石造物

つづく。



11月2日(土)18:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No3.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

上津尾社 拝殿。

御祭神は大日霊貴尊(おおひるめのむちみこと・天照皇大神)。
本殿は元鳥見山中にあり、天永三年(1112)、現在地に遷された。
拝殿は大正13年に新設された。
等 彌 の 社



拝殿から左後方へ戻って稲荷社への鳥居を潜る。


稲荷社の手前から“く”の字形に山道に取り付く。
最初は整備された石段。
上津尾社を右下に見ながら登る。



ここから鳥見山山頂(霊畤)まで990m。
斎場山「霊畤拝所」までは整備された遊歩道。
そこから山頂までは少し荒れている程度の山道。



分岐。
山頂は右方向だが、斎場山「霊畤拝所」に立ち寄るので石段を登る。
この先で山頂までの道と合流する。

つづく。



11月1日(金)18:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No2.等彌神社_鳥見山_若櫻神社

鳥見山登拝用として用意されている杖。
私はこの日ストックを持参しなかった。



等彌神社の焼印入り。
有難く使わせて頂いた。



等彌神社、境内案内図。
撮影した画像は反射して山頂方面(左上)がよく見えない。
こちらの方がよくわかる。
等彌神社 境内案内図
この絵図には“内宮鳥居”はない。
現在地は絵図の下、社号標のあたり。
市杵島神社、お祓い所、猿田彦大神社、金比羅社、愛宕社を経て上津尾社拝殿へ。
弓張社、稲荷社から山道に入る。
霊畤拝所、句碑、斎場山、庭殿、白庭山を経て鳥見山頂の霊畤(まつりのにわ)へ登拝。
山頂までの距離、およそ1.2km。



桃神池 祭神 意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)。
オオカムヅミ
日本神話に登場する桃であり神。



桃神社。
桃神池に鎮座する祭神を祀る祠。
先の境内案内図では市杵島神社とされているようだ。

つづく。



11月1日(金)18:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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