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太秦・花園と御室八十八ヶ所霊場

2017年3月9日(木)は、N氏主宰による「京の古道歩きシリーズ」の最後回(第17回目)として、御室八十八ヶ所霊場と周辺に点在する史蹟や社寺仏閣などを行脚した。
題して「太秦・花園と御室八十八ヶ所霊場」。
尚、前回の第16回2月9日「御土居一周その3」は雨の為、順延となっている。

今回のメインは御室八十八ヶ所霊場巡拝。
仁和寺の北北西、成就山(じょうじゅさん)にある四国八十八ヶ所霊場巡りで、文政十年(1827)、仁和寺二十九世門跡済仁が、寺侍に命じて四国八十八ヶ所霊場の砂を持ち帰らせ開いた。
お堂や巡拝路が整備されており、市街地、愛宕山、男山などが展望できた。
一周の距離約3km。最高点の標高は236m。所要時間は2時間と案内されていた。
八十八ヶ所全てのお堂の前で手を合せたわけではなく、単に歩いて所々撮影したので、実際にかかった時間は休憩時間を含め1時間半程度だった。

参加者はT氏、M氏、Ku氏、Ki氏、F氏、私とN氏の合計7人。

コース
JR山陰本線・太秦駅_山陰本線の踏切を横断_京福電気鉄道北野線・撮影所前駅の踏切を横断_高津商会前_道迷い_京福電気鉄道嵐山本線の太秦1号踏切を横断_大映通り商店街出合い_太秦温泉前_クオレ・大魔神前_松竹京都映画撮影所前・道迷いUターン_西高瀬川に架かる橋を渡る(2回)_祠_蛇塚古墳_祠_うずキネマ館前_八幡大菩薩_石燈籠(愛宕社)_広隆寺_大酒神社_市バス太秦東口バス停前_木島坐天照御魂神社(通称:蚕の社)_京都バス花園黒橋バス停前_御室川に架かる黒橋を渡る_法金剛院前_JR花園駅前_餃子の王将・花園店(昼食)_祠・道迷いUターン_今宮神社前_鳥羽天皇皇女 尊称皇后統子内親王 花園東陵_常夜灯(愛宕山)_道標(右 向阿上人御往生之地 西光庵 / 右 おむろ さが 釈迦堂道 / 左 うずまさ 下さが あたご道)_鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵_地蔵堂_祠_道迷い_双ヶ丘中学前_長泉寺前・兼好法師舊跡_土堂公園前・記念碑(オムロン発祥の地)_京福電気鉄道北野線妙心寺1号踏切を横断_御室小学校前_道標(従是南二百五十メートル 長泉寺内 兼好法師舊跡)_仁和寺前交差点_仁和寺_御室八十八ヶ所霊場_仁和寺前交差点_京福電気鉄道北野線の踏切を横断_妙心寺_JR山陰本線・花園駅。歩行距離約10km。

画像はこの日歩いたJR山陰本線・太秦駅から花園駅までのGPSログを表示している。



蛇塚古墳
現地に設置されていた京都市の説明板によると、

史蹟 蛇塚古墳(へびづかこふん) 右京区太秦面影町

 この巨石の石組みは、古墳時代後期末の7世紀頃築造された京都府下最大の横穴式石室である。本来は全長約75メートルを測る前方後円墳であった。早くから墳丘封土が失われ、後円部中央の石室だけが露出していたが、周囲の輪郭をたどると現在でも前方後円墳の形をとどめている。
 棺を安置する玄室の幅は、奈良県の石舞台古墳よりも大きく、また床面積では、三重県高倉山、岡山県こうもり塚、石舞台古墳につぐ全国4位の規模を誇っている。
 この太秦を含む嵯峨野一帯は、渡来系の秦一族により開発されたものと考えられており、京都盆地でも有数の古墳分布地区である。蛇塚古墳は、その規模や墳丘の形態などからみて首長クラスの墓と考えられる。
 なお、蛇塚という名称は、石室内に蛇が棲息していたことから付けられた呼び名である。

  指定年月 昭和52年5月4日(国指定)



地蔵菩薩(腹帯地蔵)。
広隆寺にて。



多聞天。
仁和寺にて。



第三番 金泉寺 釈迦如来。
御室八十八ヶ所霊場巡拝にて。



3月10日(金)18:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

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