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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


No.17喜里池_田原城址_住吉神社_白庭台みはらし公園

四條畷市歴史散策道
古堤街道・中垣内越えの今昔
生駒山系を横断して河内・大和を結ぶ古道は、本市においては中央部を通る清滝街道と、南部を通る古堤街道の二つの道がある。
古堤街道は、京橋を起点として徳庵・諸福と進んで、中垣内で東高野街道と直交して山道にさしかかる。
ここから南田原への道は「中垣内越え」とも呼ばれ、昔から人びとに親しまれてきた道である。
数字を付して古道をたどると①中垣外から東へ急阪を登った道は②竜間の集落にでる。
③竜間神社を過ぎ集落をぬけて道を東に、さらに北に進むと④阪奈道路料金所跡にでる。
このあたりは往時の面影が全く残っていない。
古道は一部阪奈道路と重なり、やがて北の道すじを東北に⑤緑風台住宅東の谷すじを下る。
谷すじを下って上田原八ノ坪に出る地点の南側には、戦国時代に飯盛城の支城であった⑥田原城址がある。
古道は城址北側の堤上を東に進む。
このあたりは古道の面影がよく残り、北側台地には城主原氏の墓所があった⑦千光寺遺跡があり、青磁袴腰香炉(せいじはかまごしこうろ 大阪府指定文化財)が出土した。
道は現道の南を平行して進み、⑧中番で新道を横断して東に⑨住吉神社へと進む。
境内には石風呂(大阪府指定文化財)がある。
神社南の現道に面して⑩道路改修碑が建っている。
中垣内越えの古道は、冬季・雨季には悪路となるため、なんとか良い道にとの地元の人々の願いで、明治37年に起工されたが中断、やっと大正12年に完成した時のものである。
道は現道の北側を進み森山へ、
下田原への道の(11)交差点に明治19年建立の道標があったが、今は(12)現道北側に移されている。
道は交差点を東に進み、天野川左岸堤に出て天野川を渡り(13)磐船街道と交叉し東に進む。
現道の両国橋たもとには、(14)大正12年建立の府県境石標がある。
四條畷市教育委員会

説明文によると現在歩いている道が古堤街道(中垣内越え)。



池に見えるが、広大な田んぼに水を引いていた。


月泉禅寺駐車場が右手に現れる。
月泉禅寺には立ち寄らず。



これから田植えが行われるようだ。


住吉神社に到着。
小休止。

つづく。



11月26日(木)05:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

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