No.5長谷寺駅_笠そば処_龍王山_天理駅 |
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| まほろば湖を右下に眺めながら歩く。
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| 法面が大きく崩れ、土砂が道路を塞いでいた。 これではクルマの通行は到底無理。 歩行者は足元に注意しながら歩くことが出来た。
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| やがて右手に神社が見える。
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| 10時24分、天落神六社権現(あまの おちがみ ろくしゃごんげん)に到着。 鳥居を潜ると正面に東屋とその左に立派な由緒書きが記されていた。
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| 天落神六社権現由緒記 文 巖樫俊夫
落神の宮は、当地に祀られている山に三社、川に三社ある総称で、六社権現と呼ばれている。 長谷寺縁起文によると、昔、雷神が瀧蔵権現神社(瀧蔵権現)に祀られていた。 毘沙門天御所持の宝塔を取り、天に昇ろうとして落ちた所で、落神の地名の起源になっている。 六社の一つ、川の中の巨大磐座に味鉏高彦根(あじすきたかひこね)命を祭神とする祠が安置され、古来より雷除け、災害防止等、霊験あらたかな神として厚く信仰されている。 毎年、旧暦一月一日に六社権現講が輪番で綱掛行事が行われ、また当地吉岡氏は吉岡留吉氏より代々守護神として毎年五月九日に例祭、毎月九日に月次祭を行い祀られている。 湖底に沈んだ磐座は此処より南西約百八十米下流の大和川沿いにあった。 その一つ川中の屏風岩は、高さ四・八米、幅七・七米、奥行き四・七米、下部周囲二十四米の三角状巨巌で西面に向って左側に一・四米の宝篋印塔と梵字、中央上部に梵字の線彫があり、上部に祭神の祠が安置されていた。 また一つは県道をはさんだ山側の露出した岩盤に高さ九十七糎の宝篋印塔が線彫されていた。 この度、これ等の磐座が、初瀬ダム建設事業により湖底に水没することとなり、清浄な石材を選び、由緒ある磐座の面影を記録にとどめ、御神徳を顕彰し、当所に遷座し奉る。 昭和六十三年七月吉日 六社権現講中
つづく。
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1月21日(金)06:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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