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シューマン ピアノ協奏曲 エレーヌ・グリモー&トーマス・ヘンゲルブロック

シューマン ピアノ協奏曲 エレーヌ・グリモー&トーマス・ヘンゲルブロックを視聴してみよう。
ピアノ協奏曲 (シューマン)
エレーヌ・グリモー
トーマス・ヘンゲルブロック

Schumann: Klavierkonzert | Hélène Grimaud | Thomas Hengelbrock | NDR Elbphilharmonie Orchester
【Google翻訳】
卓越したピアニスト、エレーヌ・グリモーが、NDR交響楽団(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)と共演し、ロベルト・シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品54を演奏します。指揮は、当時同楽団の首席指揮者を務めていたトーマス・ヘンゲルブロックです。

ロベルト・シューマン
ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

エレーヌ・グリモー(ピアノ)
トーマス・ヘンゲルブロック(指揮)
NDR交響楽団

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(リューベック、2013年)



9月14日(月)14:09 | コメント(0) | 音楽 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園6

来迎寺「梵鐘」の歴史と由来。

【AI による概要】
来迎寺の梵鐘は、江戸時代に造られた歴史あるもので、戦禍を乗り越えたエピソードから別名「延命鐘(えんめいがね)」として地域の人々に親しまれています。

その歴史と由来、そして語り継がれている伝承のポイントは以下の通りです。

この梵鐘の最も大きな歴史的転換点は、第二次世界大戦(太平洋戦争)の時期にあります。

・金属類回収令による供出:
戦争末期、軍需物資(武器の材料など)の不足を補うために出された「金属類回収令」により、来迎寺の梵鐘も一度国に回収(供出)されてしまいました。全国の多くのお寺の鐘がこの時に溶かされてしまいました。

・奇跡的な残存と復員:
しかし、この梵鐘は幸運にも材料として溶かされることなく、そのままの姿で終戦を迎えました。戦後、無事に来迎寺へと戻されたのです。

・「延命鐘」の名へ:
九死に一生を得て元の場所に帰ってきたことから、この鐘は「延命鐘」と呼ばれるようになり、縁起の良い鐘、命をつなぐ象徴として信仰を集めるようになりました。

大晦日の伝承(借金取りの引き上げ)

来迎寺の梵鐘には、江戸時代からのユニークな風刺交じりの言い伝えが残っています。

・「大晦日にこの鐘の響きを聞くと、借金取りも引き上げた」という伝承です。

・江戸時代、大晦日は1年の借金を清算するシビアな日でした。しかし、この来迎寺の鐘の音には不思議な威力(または情け)があったのか、音を聞いた取り立て人が諦めて帰っていったと言われており、庶民を救うありがたい鐘の音として親しまれていました。



禁煙の駒札だが、漫画っぽくて面白い


お寺の掲示板には、仏教の教えや、人生の訓示となる言葉(法語)が書かれた紙が貼り出されることが多く、通りかかる人々に仏法に触れてもらう役割を持っている。


この一角にも諸仏が安置されていた。


双石仏。

一つの石材に二体の石仏が並んで彫られている。
特に画像のように、四角く枠取りした中に石仏が彫られているものは、室町時代から江戸時代にかけて、墓地や供養塔などでよく見られるようだ。

二体ある双石仏は、いずれも阿弥陀如来と地蔵菩薩の組み合わせと見られる。
向かって左側が錫杖を持った地蔵菩薩、右側が来迎印を結んだ阿弥陀如来。

尚、左に写っている卒塔婆に記されている内容について AI に質問した。(赤四角印)

【AI による概要】
「有無両縁供養塔諸霊追福菩提 併三界万霊法界平等利益」と刻まれています。

・有無両縁(うむりょうえん): 「有縁(身寄り・関係のある人)」と「無縁(身寄りのない人)」の両方を指します。

・三界万霊(さんがいばんれい): この世のあらゆるすべての命や霊魂のことです。

つまり、自分の先祖だけでなく、縁の有無を問わずすべての行き場のない魂を平等に供養するために、供養塔に立てられた、非常に慈悲深い意味を持つ卒塔婆です。

つづく。



9月14日(月)05:46 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園5

こちらも女性の戒名が刻まれている。
「童女」は未成年の女の子が亡くなった際に授けられるもの。
(但し、15歳未満だとか)



「心中宵庚申」の歴史と由来 (しんじゅうよいごうしん)

江戸時代の浄瑠璃作家近松門左衛門(一六五三~一七二四)晩年の代表作「心中宵庚申」は享年六年(一七二一)四月六日未明、大阪で実在した心中事件を素材に書き上げられた。
物語は上田村(現在の精華町植田)の大庄屋島田平右衛門の二女お千代が、大阪靱(うつぼ)の八百屋伊右衛門の養子半兵衛と夫婦になるが、嫁ぎ先の姑と合わず離縁を言い渡される。
養母への孝行心と妻の愛情との板ばさみになった半兵衛は帝釈天の縁日でにぎわう庚申前夜、大阪生国魂神社の境内で身重のお千代と夫婦心中を選ぶ。
父、平右衛門は娘夫婦の非業の死を悼み、菩提寺であるこの来迎寺の境内に墓石を建立し、永代供養を行った。
お堂内の墓石は、初代の享保時代のもので、後の墓石は安政四年に建立された二代目の墓石である。

通月融心信士(半兵衛) (つうげつゅうしんしんし)
離身童子(五ヶ月の嬰児) (りしんどうじ)
声応貞現信女(お千代) (せいおうていげんしんによ)



「お千代・半兵衛墓所」。


境内は広々としている。


鐘楼。

つづく。



9月14日(月)05:45 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園4

北面:弥勒如来。(みろくにょらい)又は弥勒菩薩。
お釈迦様の死後56億7千万年あとの未来に現れ、人々を救うとされる未来の仏様。



西面:阿弥陀如来(あみだにょらい)
西方にある「極楽浄土」の主で、人々を極楽往生へと導く、浄土宗でもっとも大切にされている仏様。



南面:釈迦如来(しゃかにょらい)
この世(現世)で悟りを開いた仏教の開祖であり、現世での救済や守護を司る。



整然と安置された石仏群。


「月紅慈舩信女」と刻まれている。
女性の戒名。

つづく。



9月14日(月)05:45 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園3

この場所からはお寺の堂宇がまったく見えない。
どうやらここは墓地の入口らしい。



寺号標の側面には、「行基菩薩開基 / 城南西國第十八番札所 / お千代半兵衛菩提所」と刻まれている。


山門前に到着。
「西山浄土宗 来迎寺」の寺号標がある。



十三重石塔。


一番下の四角い塔身部分(初層軸部)の四面に四方仏が薄く浮き彫り(半肉彫り)されている。
これは東西南北の各方角を守護する如来を表している。

東面:薬師如来。
東方にある「浄瑠璃浄土」の主で、病気平癒や人々の健康を守る仏様。

つづく。



9月14日(月)05:44 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園2

釈迦の池と河井寛次郎
 所在 精華町大字植田小字上山

釈迦の池

植田地区の中にある池で、付近には来迎寺や如来寺があり、「堂ヶ島」という小字名もありますので、なにか仏に関係した地域だったので、「釈迦の池」となったのかもしれません。
河井寛次郎が、戦争のため作陶活動が出来なくなった時期、足しげく通った精華町一帯の中でも、 この池一帯がお気に入りの場所であったことが日誌からうかがえます。蓮台寺にも足をのばし、彼の日誌に残された足跡をたどってください。
河井寛次郎(一八九〇~一九六六)
島根県安来市に大工の息子として生まれ、大正九年に京都五条坂に住居と窯を持った陶芸家で、大正末期より「民藝運動」の中心メンバーとして活躍。昭和十九年七月発表の機関紙「民藝」の中で、精華町植田にある釈迦の池の美しさを紹介。 また、著書の「火の誓い」では、菅井や新祝園駅まで歩いたことを書いている。そして「土と炎の詩人」とも呼ばれ、陶芸だけでなく多くの書や言葉を残す。
 平成三十年八月
  NPO法人 精華町ふるさと案内人の会

【AI による概要】
河井寛次郎(かわい かんじろう、1890年-1966年)は、大正から昭和にかけて京都を拠点に活躍した日本の代表的な陶芸家であり、民藝運動の中心的役割を担った人物です。

【参考】
河井寛次郎



釈迦の池の堤に建てられている記念碑だが文字が読めない。
そこで、例によって AI に問い合わせたが、その回答で右から二つの漢字が納得できない。
一番右は“構”のように見えたりする。
とすると“構修”だが、“構造修復”の略字かもしれない。
仮にそうだとしても、“修”も納得できない。
なので、分からないが、“改修”と似た意味の文字だろう。こだわる必要なし。

【AI による概要】
画像の石碑に刻まれている文字は、篆書体(てんしょたい)という古い書体で、右から左に向かって「改修記念」と書かれています。
京都府相楽郡精華町植田にある釈迦の池(ため池)の土手に設置されているもので、詳細な歴史や背景は以下の通りです。

各文字の対応
・改(一番右):己と攴(ぼくづくり)が組み合わさった古い字体です。
・修(右から2番目):人が道具を持って形を整える様子を表した篆書体です。
・記(左から2番目):言(ごんべん)に己が組み合わさっています。
・念(一番左):今の下に心が配置された形です。

釈迦の池の「改修記念」の背景
・歴史的背景: この石碑は、昭和27年(1952年)の吉野地震によって釈迦の池の堤防が決壊し、その後無事に復旧・改修されたことを記録した災害記念碑です。
・石碑の特徴: 地震による堤防決壊の被害が二度と起きないよう願いを込めて、ため池の土手に建てられました。別の場所にあった神社の遥拝所(ようはいじょ)の石碑を再利用し、裏面を削って文字を刻んだものと言われています。

全国的にも「吉野地震」の災害復旧を伝える記念碑は非常に珍しく、地域の水害の歴史を今に伝える貴重な遺構となっています。



【AI による概要】
画像は、京都府相楽郡精華町植田にあるため池 「釈迦の池(しゃかのいけ)」 に建立されている改修記念碑の裏面に刻まれた碑文です。

以下に、石碑に刻まれている文字の解読(翻刻)と、そこに記されている内容の現代語訳・歴史的背景を解説します。

1. 碑文の解読(翻刻)

一部判読が難しい箇所もありますが、概ね以下のように刻まれています。

昭和二十七年七月十八日崩潰せし為相楽耕地指導に依り区民一到協力的旧工事に邁進す時に昭和二十七年十二月十日竣工昭和二十八年三月十日工事中出役人員延一、八百余人総経費百五十余万円也永遠に不潰を祈る昭和三十年八月吉日 植田区建之

2. 現代語訳(記載内容のまとめ)

この碑文には、ため池が崩壊してから復旧するまでの経緯が克明に記録されています。
・災害の発生:昭和27年(1952年)7月18日に、池の堤防が崩壊(崩潰)してしまいました。
・復旧への団結:相楽地方の耕地指導を受けながら、植田区の住民(区民)が一致団結(一到)し、協力して復旧工事(旧工事)に邁進しました。
・工事の期間:
1.昭和27年12月10日に(第一段階の)工事が竣工しました。
2.その後も作業が続き、昭和28年(1953年)3月10日に全体の工事が完了したとみられます。
・多大な労力と費用:この工事のために集まった住民の労働力は、延べ1,800人余りにのぼり、総経費は当時としては大金である150万円余りに達しました。
・建立の願い:この池が「永遠に崩れないこと(不潰)」を祈念し、昭和30年(1955年)8月吉日に植田区によってこの石碑が建てられました。

3. 歴史的背景
昭和27年(1952年)7月は、京都府南部から奈良県にかけてを集中豪雨(南山城水害の前年の大雨など)が襲い、各所でため池の決壊や河川の氾濫が相次いだ時期にあたります。

重機が普及していなかった当時、延べ1,800人もの区民が手作業で土を担ぎ、地域の農業に欠かせない命の水である「釈迦の池」を必死に守り抜いたという、地域の強い絆と復興の歴史を今に伝える貴重な記念碑です。



釈迦の池を後にして来迎寺へ向かう。


釈迦の池から北東の位置にありすぐに到着した。

つづく。



9月14日(月)05:43 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

ハビブティ・アンサンブル Baghdad

ハビブティ・アンサンブル Baghdadを視聴してみよう。
HABIBTI ENSEMBLE | habibti-ensemble
Lala Tamar

【AI による概要】
「Habibti Ensemble(ハビブティ・アンサンブル)」は、中東の伝統音楽やユダヤの伝統的な旋律をベースにしたインストゥルメンタル音楽(器楽曲)を演奏する音楽グループです。

アラビア語で「私の愛しい人(女性に対して)」を意味する「Habibti(ハビブティ)」という言葉を冠しており、エキゾチックで情熱的な民族音楽のアンサンブル(合奏)を特徴としています。

主な楽曲・特徴

彼らの作品には、以下のような伝統的かつ独創的な楽曲が含まれています。
・Nirkod(ニルコド):ヘブライ語で「踊ろう」を意味する、リズミカルで躍動感のある楽曲。
・Edom(エドム):重厚で歴史的なストーリーを感じさせる旋律の楽曲。
・Odeni / Netzer:中東の民族楽器や打楽器の響きを生かしたアレンジの楽曲。
・Overture / Yaffo(序曲/ヤッフォ):イスラエルの古都「ヤッフォ(ヨッパ)」をテーマにした、物語の始まりを予感させるドラマチックな序曲。

ウードやダルブッカといった中東特有の楽器、あるいはヴァイオリンやフルートなどの楽器を用いて、オリエンタルで神秘的な世界観を表現しています。ワールドミュージックや民族音楽、ベリーダンスのBGMなどが好きな方に特に親しまれているアンサンブルです。

Habiti ensemble Baghdad
1.Habibti Ensemble - Baghdad | Live at Zappa Jerusalem
 Special Guests- Vocals - LALA Tamar Violin - Elad Levi
2.Habibti Ensemble - Sylvian | Live at Zappa Jerusalem
3.Habibti Ensemble - Edom | אנסמבל חביבתי - אֱדוֹם
4.Habibti Ensemble - Bemabat Kadima | Live at Zappa Jerusalem
5.Habibti Ensemble - Nirkod | Live at Zappa Jerusalem
6.Habibti Ensemble - Jauni | Live at Zappa Jerusalem



9月13日(日)14:47 | コメント(0) | 音楽 | 管理

新祝園駅_来迎寺_稲植神社_けいはんな記念公園1

<概略・テーマ>
実施日:2026年5月10日(日)
タイトル:新祝園界隈ボラボラウォーキング「永谷池利用の変遷を辿って~けいはんな記念公園へ~」
主宰:ツーヤン氏

1.京都府相楽郡精華町「けいはんな記念公園」の中にある永田池利用の変遷と、
2.精華町が発行する小冊子「まっぷる ぶらりまち歩き 精華町」の“河合寛次郎の足あとコース”に準じて歩いた。

<コース>
近鉄新祝園駅前9:30集合_来迎寺_如来寺_稲植(いなうえ)神社_天王神社_畑ノ前公園・昼食_けいはんな記念公園(新しい水循環システム)_蓮台寺_新祝園駅_反省会:飛騨屋(ならファミリー)

画像は新祝園駅を起点に周回したGPSログを表示。



駅前通りを西へ歩く。
歩道が随分と広くとってあるので歩きやすい。



暫く歩いて左折。(南)
精華中学校を右に見て歩く。



のどかな風景が広がっていた。


やがて静かな佇まいを見せる「釈迦の池」に到着。

つづく。



9月13日(日)05:30 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)13/13

「ダイヤモンドトレール」と刻まれた標石。
ここ水越峠を起点にした距離は「←金剛山 4.8km / 葛城山 2.0km→」。



反省会は、大衆飯店 十八番 第4ビルB2店
大阪市北区梅田1丁目11−4 大阪駅前第4ビル B2
無休 11:30~23:30

画像は店の入口。
ビール大瓶 税抜299円の値札が付いている。

【参考】
大衆飯店 十八番 第4ビルB2店



店内の様子。
時間は15時少し前で、お客さんの入りが少ない時間帯にも関わらず、ほぼ満席の状態。
ドリンクが格安。



そして、更にお得のランチメニューから注文した。
(ランチはラストオーダー15:00迄)
定食のご飯はおかわり自由となっている。(水色四角印)
しかし、流石に三人で大瓶3本、レモンサワー5杯を飲んだので追加のご飯は食べれない-笑。



レシート。

おしまい。



9月13日(日)05:29 | コメント(0) | 山歩き | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)12

時々、視界が開け、登山道から金剛山が望める。


この個体はアマドコロ、ナルコユリ、ホウチャクソウなど似た種類が多々ある。
特定は難しい。



ハナイカダに蕾が付いている。(花筏)
【参考】
ハナイカダの蕾



石畳の道となる。
水越峠への下山が近い。



柵に沿って下る。

つづく。



9月13日(日)05:29 | コメント(0) | 山歩き | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)11

何時までも眺めていたい気分。
腰を降ろすと長くなるので、立ち見に徹する。



手前で撮影したツツジは花で覆いつくされていた。


そして、今年もラッキーなことにギフチョウを見た。(別名:春の女神 / 赤四角印)
また、撮影した画像の右端にカタクリの実が生っている。(黄色四角印)

近年は毎年5月の連休前後に、大和葛城山に登っているが、毎年とは言えないが、三分の二くらいの確立でギフチョウを見ている。
写真を見るとアゲハチョウに似ているかもしれない。
しかし、大きさはずっと小さい。小形の蛾に近い。
そして、飛び方がまるで違う。
優雅に飛んでいる。
近づいてカメラを向けてもあまり警戒しない。

【AI による概要】
ギフチョウが「春の女神」と呼ばれるのは、成虫が早春のわずかな期間(3月〜4月頃)にだけ姿を現し、美しく舞う姿が春の訪れを象徴しているからです。

具体的な理由や背景は以下の通りです。

1. 春の訪れを告げる「スプリング・エフェメラル」
ギフチョウは、厳しい冬が明けてまもない早春に羽化します。このように、春先の短い期間だけ活動して姿を消してしまう動植物は、生物学で「スプリング・エフェメラル(春の妖精/はかないもの)」と呼ばれます。その代表格であるギフチョウは、まさに春の到来を告げる象徴として特別視されてきました。

2. 年に一度、わずか2週間ほどの命
ギフチョウが成虫(蝶)として空中を舞うのは、1年のうちで春のわずか2週間〜1ヶ月程度しかありません。残りの期間は卵、幼虫、そして大半をサナギの状態で過ごします。この「一瞬とも言える儚さ」と「季節限定の美しさ」が、神秘的な「女神」という呼び名にぴったりだったとされています。

3. カタクリの花と舞う姿の美しさ
ギフチョウが好んで蜜を吸うのは、同じく早春に紫色の花を咲かせるカタクリなどの山野草です。まだ緑が少ない早春の林の中で、紫色のカタクリの花々を縫うように、独特の黄色と黒の縞模様を持つギフチョウが優雅に舞う姿は非常に美しく、その気品ある光景から「春の女神」の名が定着しました。



来た道を戻る。


やっぱり、先程、ツツジ園で見たツツジと何か違う。

つづく。



9月13日(日)05:29 | コメント(0) | 山歩き | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)10

これだけ見られたら、ヨシだろう。


白樺食堂のデッキで昼食中。


チゴユリ。(稚児百合)


この日は山頂には立ち寄らず。
この後、ツツジ園を周回した。
南正面に金剛山を望む。



素晴らしい。
このツツジは今が一番の見頃。

つづく。



9月13日(日)05:27 | コメント(0) | 山歩き | 管理

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 マリア・スオカス

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 マリア・スオカスを視聴してみよう。
ピアノ協奏曲第21番 (モーツァルト)
Maria Suokas

Mozart Piano Concerto No. 21 / Maria Suokas - Tapio von Boehm, Sipoo Chamber Orchestra
【DeepL翻訳】
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 KV 467「エルヴィラ・マディガン」。

マリア・スオカス(ピアノ)
タピオ・フォン・ベーム(指揮)
シポー室内管弦楽団

ヘルシンキ、テンッペリアウキオ教会でのライブ録音(2021年9月5日)。
シポー室内管弦楽団は、ヘルシンキ都市圏で活動するセミプロオーケストラです。

00:00 - 1. アレグロ・マエストーゾ
14:47 - 2. アンダンテ
21:42 - 3. アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ

℗ 2021 ヴィレ・ヒンッカネン



9月12日(土)12:39 | コメント(0) | 音楽 | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)9

この先が、北山道への分岐。
ロープが張られている。
ロープの向こう側には、人が歩いた薄い形跡が残っていた。
なので、このルートは少数の人が歩いているようだ。



ギョイコウと呼ばれるサクラの一種。(御衣黄)
植栽されたものだろう。
花付きが少ない。
【参考】
ギョイコウ



ツツジ園の上部へ登り詰めて撮影。
光不足だが、開花状態はほぼ満開だろう。



もう少し、ツツジ園からの眺めを楽しむ。
その後、山頂方面へ向かう。



ツツジ園と右に金剛山。

つづく。



9月12日(土)05:31 | コメント(0) | 山歩き | 管理

大和葛城山(水越峠ピストン)8

葛城山までの距離 1.3km。
水越峠からは中間地点くらい。



灌木の隙間から、奈良盆地南部の眺望。
やや霞んでいる。



植林帯を左に見ながら登る。
植林帯の中にも道があるが、登山道ではなく、林業関係の作業道なので立入禁止となっている。



コースは左(赤矢印)だが、直進するとパラグライダー離陸場。
少し立ち寄ってみる。(緑矢印)



ラグライダー離陸場から奈良盆地南部の眺望。
霞んでいて遠望は利かない。

つづく。



9月12日(土)05:30 | コメント(0) | 山歩き | 管理


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