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下田駅_鹿島神社_杵築神社_阿日寺_当麻寺16

神社の境内だが、神仏習合の名残として一夢堂に安置された石造の「地蔵菩薩立像」。

【参考】

杵築神社(香芝市良福寺777)奈良の爺々



杵築神社を後にする。
南西方向に道なりに歩き、良福寺の交差点に出て右折。(西)



二上山をほぼ正面に眺めながら歩く。


右手に「相撲発祥 伝承之地 腰折田」と刻まれた新しい石碑が建っている。


腰折田伝承地 (こしおれだでんしょうち)
香芝市磯壁・良福寺付近
『日本書紀』垂仁天皇七年七月七日の条に、「當麻郷には當麻蹶速という勇敢剛力がいて、天下に敵なしと豪語していた。
天皇が群臣に力くらべ(角力/すまひ)をするものを求められた。
そこで、出雲の野見宿禰が召され、両人に力くらべをおさせになった。
たちどころに蹶速は腰の骨を折られて死んだ。
これにより、蹶速の領地が没収され宿禰に賜った。」とあります。
江戸時代に編纂された地誌『大和』には、「腰折田は良福寺にあり」 とみえ、両人の決闘の地として今に伝えられています。
この伝承は、奈良時代に宮中で始まる相撲節会(七月七日)の起源とされています。
なお、葛城市當麻には、伝當麻蹶速塚とされる五輪塔が祀られています。
また、野見宿禰については、同三二年七月条に、殉死の悪習にかえ陵墓に埴輪を立てることを進言し、日葉酢媛命墓に埴輪を立てたことから土師職に任じられ、天皇の喪葬を司ったとする伝承があります。
なお、出雲は現在の桜井市出雲が候補地の一つで、同地には、十二柱神社が鎮座し、野見宿禰墓とされる塚に建てられていた五輪塔が移転祭祀されています。
また、同市穴師座兵主神社の摂社で宿禰を祀る相撲神社の境内には、宿禰と蹶速が相撲をとった「カタヤケシ」と呼ばれる場所があり、この地における宿禰伝承や相撲との深い関わりが注目されます。
  平成二十七年三月 香芝市 絵・京田信太良

つづく。



8月8日(土)05:52 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

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