| 長尾街道4(當麻寺_忍海)13 |
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| 石鳥居と常夜燈があるが付近に神社はない。 これはここから西へ500m程度先にある伊邪那岐(いざなぎ)神社の鳥居。 この日は伊邪那岐神社にはお参りせず。 石鳥居と常夜燈には後で立ち寄った。
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| 玉垣で囲われた石碑と立派な説明板が見える。
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| 石碑には「孝女碑」と刻まれている。
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| 説明板。 「本朝二十四孝 伊麻女の史跡 並びに 孝女於伊麻畧傳」
葛城市のサイト によると、『今市物語』の主人公、孝女伊麻の誕生の地とされており、天保11年(1830)2月に、伊麻女の孝養を顕彰し、この碑が建立された。 題して『孝子の碑』といい、伊麻女の事蹟がくわしく刻まれている。 孝女伊麻は父の長右衛門に孝行の限りを尽くした人で、この物語は『今市物語』として書き記されている。 竹内を訪れた松尾芭蕉も伊麻の話を聞き當麻寺に詣で、孝女への感心の思いを友人への手紙に書きつづっている。 地元では財団法人伊麻旧跡保存会を設立し、碑の保存と顕彰に努めている。
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| ここには葛城市コミュニティバスの「伊麻公園前」停留所がある。 一日に四本バスが運行されている。(8:36/9:40/14:23/17:03)
どこのコミュニティバスでも同じだが、地域住民の利便性向上等のために運行されている。 観光客が利用するには無理があるが、いずれにせよ、私達は自分の足で歩くのでめったなことでは利用しない。
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2月8日(金)18:23 | コメント(5) | ウォーキング・散策 | 管理
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| 1: いつの間に、バス停?
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| 西国巡礼道、下街道、道路元標(磐城村、新庄町、忍海村)などの探索で何度か歩いた道 久しぶりに歩こうと思っていましたが、残念。
整備された伊麻公園は知っていましたが、コミバスのルート・停留所が出来ていたのは知りませんでした。
新庄町の道路元標も、敷地のお店の改装ととに、整備されたのを、案内するつもりでしたが、再度残念。
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by Yonchan | 2月9日(土)10:35
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| 2: 長尾街道は、
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Tさんの話によると、長尾街道はパート4でおしまい、とのことです。
当麻寺駅から南を歩くのはこれが初めてで、特に旧新庄町エリアは新鮮に感じました。 もう少し南へ行くと御所市となり、このエリアですと葛城古道を歩いたことがあります。
ところで、7日は予定通り談山神社近辺を歩きました。 目当てのターゲットはほぼクリアできました。
画像は聖徳太子御誕生水春井の近辺を撮影した一枚です。 画像の右端に石碑が立っています。
石碑に向かって左奥に泥で埋もれた沼地が見られました。 (撮影した画像では手前) かつては泉(山の井)だったようにも見えます。 画像は沼地の方向から撮影しています。
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by oka-nara | 2月9日(土)15:56
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| 3: (石碑)は、
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聖徳太子御誕生水春井(石碑)は、江戸時代に立てられたもので、高さは170cm程度あり立派なものでした。 文字ははっきりと読むことが出来ました。
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by oka-nara | 2月9日(土)15:59
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| 4: 産湯の井戸といえば
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| 「聖徳太子御誕生水春井」は、初耳でした。 過日のご案内メールの添付資料を、改めて熟読しました。
産湯の井といえば、 6年前に「景観ボランティア明日香」の活動に参加した時 飛鳥坐神社の東に、「藤原鎌足生誕の地、産湯の井戸跡」を教えて頂きました。 そこは、前年の活動で、藪山を切り払い、整備し、指示案内をしたものでした。
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by Yonchan | 2月10日(日)10:57
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| 6: 個人の敷地内
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| 聖徳太子御誕生水春井(石碑)は、個人の敷地内(栗畑)に立っています。 道標等、案内板の類は一切ありません。 最近、人が訪れた形跡もなかったです。
探索は結構面白かったです―笑。
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by oka-nara | 2月10日(日)16:33
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