山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 
簡単ファイル共有の時計付きファイルマネージャ―


2025年8月13日を表示

ヴィヴァルディ マンドリン協奏曲他 ウーゴ・オルランディ他

ヴィヴァルディ マンドリン協奏曲他 ウーゴ・オルランディ他を視聴してみよう。
アントニオ・ヴィヴァルディ
ウーゴ・オルランディ
Dorina Frati
クラウディオ・シモーネ

Antonio Vivaldi - Mandolin Concerti
1.Concerto for 2 Mandolins in G major, RV 532
(2つのマンドリンのための協奏曲 ト長調 RV 532)
0:00 - I. Allegro
4:10 - II. Andante
8:30 - III. Allegro
2.Mandolin Concerto in C major, RV 425
(マンドリン協奏曲 ハ長調 RV 425)
12:21 - I. Allegro
15:12 - II. Largo
18:43 - III. Allegro
3.Concerto in C major, RV 558
(協奏曲 ハ長調 RV 558)
20:48 - I. Allegro Molto
26:25 - II. Largo
29:25 - III. Allegro
4.Lute Concerto in D major, RV 93
(リュート協奏曲 ニ長調 RV 93)
32:35 - I. Allegro
36:16 - II. Largo
40:59 - III. Allegro
.........
Ugo Orlandi, Dorina Frati; Claudio Scimone: I Solisti Veneti
【ヴェネチアのソリストたち】
ウーゴ・オルランディ(マンドリン)、ドリーナ・フラーティ(マンドリン)、クラウディオ・シモーネ(指揮)



8月13日(水)19:27 | コメント(0) | 音楽 | 管理

市尾駅_宮塚古墳_巨勢寺跡_重坂_北宇智駅37

ここが現在の重阪峠なのだろう。
この先、分岐が多々あるが、コースは直進し、引き続き県道120号線を歩く。



重阪峠からは下り一辺倒となる。
画像左に見える記念碑らしきは、道路開通碑の類だろう。



「テクノパーク・なら南入口」前を通過。
コースは道なりに南西へ歩く。



宇智川に架かる橋を渡る。


右折(北)して、五條市住川町の集落の中を歩く。
直進してもよいが、R168を歩くことになる。
右折するとR168を横断するだけ。

つづく。



8月13日(水)05:54 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

市尾駅_宮塚古墳_巨勢寺跡_重坂_北宇智駅36

曽我川の左岸を歩く。
すぐに和歌山線の踏切を横断。



すると、右側に電車が走っているのが見えた。

この先、県道120号線から離れ、旧道を辿ると天安川神社があって、そこに旧重坂峠への説明板があるらしい。
この日のコースは、この旧道を辿らず、県道120号線をそのまま歩いた。
【参考】
天安川神社 (重阪)



長く続く坂道を登り詰める。


すると、近代的な建物が見えた。


「テクノパーク・なら」と呼ばれる工業団地。
【参考】
テクノパーク・なら

つづく。



8月13日(水)05:50 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

市尾駅_宮塚古墳_巨勢寺跡_重坂_北宇智駅35

左は曽我川の細い流れ。


県道120号五條高取線を表示。
現在地は御所市重坂。



前方に歩き会の仲間が休憩していた。
ここで、やっと追い着いた。



八幡宮と刻まれた常夜燈。
Taリーダーに、新田で立ち寄った十九夜観音について話した。



暫くしてから、再び県道120号線を歩き出す。

つづく。



8月13日(水)05:43 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

市尾駅_宮塚古墳_巨勢寺跡_重坂_北宇智駅34

来た道を、コースの県道120号線まで戻る。
左は地蔵菩薩石仏が安置されていた祠。
その先、JR和歌山線の踏切を横断。



曽我川に架かる橋を渡る。


曽我川に架かる橋は新田新橋。
橋を渡って右折(南)し、コースに戻る。



暫くJR和歌山線の線路を右に見て線路沿いに歩く。
緩い坂道が延々と続いた。
歩き会の仲間の姿はまったく見えず。

この先、重坂(へいさか)第一踏切を横断する。
ここに来て、やっと、重坂の名前が登場した。



重坂第一踏切を横断。

つづく。



8月13日(水)05:40 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

市尾駅_宮塚古墳_巨勢寺跡_重坂_北宇智駅33

祠の中に安置されていたのは、如意輪観音石仏。
【AI による概要】
如意輪観音(にょいりんかんのん)は、観音菩薩の変化身の一つで、六観音の一尊に数えられます。
如意宝珠(にょいほうじゅ)と法輪(ほうりん)の力で、六道衆生の苦しみを除き、あらゆる願いを叶える仏として信仰されています。

石仏は予想以上に風化しておらず素晴らしい。
過去、野外に置かれたことはなかったようだ。



画像はライトアップ後。
お顔が穏やかで、特に女性の信仰を集めたことが察せられた。



蓮華座にライトを当ててみる。
手前に置かれた蝋燭台を見ると、今もお参りされ、大切にされていることがわかる。



「十九夜念佛 寛延四未年 三月十九日」と刻まれている。
寛延(かんえん)四年は1751年。
江戸幕府将軍は第九代徳川家重。

【AI による概要】
十九夜観音(じゅうくやかんのん)は、観音信仰の一つで、特に女性の間で安産や子供の成長を祈願する対象として信仰されています。
十九夜講(じゅうくやこう)という女性だけの集まりで、如意輪観音を本尊として祀り、旧暦3月19日や毎月19日に集まって、お経を唱えたり、飲食を共にしたりする風習があります。



祠の上に見られた建物。
小さな釣鐘が見える。(赤四角印)
この建物の中で、十九夜講が催されたのだろう。
尚、お二人によると、この地域では、十九夜観音が見られるのは珍しい(少ない)らしい。

つづく。



8月13日(水)05:36 | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


(1/1ページ)