山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


泉南飯盛山(ウォームス下見)その3

登山道右手に大きな穴があったので、近づいてみたが、炭窯跡のようだった。暫くして飯盛山と札立山の分岐地点に到着。近畿自然歩道の道標が設置されている。分岐から直進し飯盛山へと向かうが、右折すると札立山(ふだたてやま)、大福山、俎石山(まないたいしやま)、更には雲山峰(うんざんぽう)へと続く。すぐに三叉路となり、淡輪駅分岐を右に見送った。このコース、シブ谷コースと呼ばれ、谷筋に続く道らしい。丁度、分岐で夫婦連れらしき登山者と出会ったが、淡輪駅へ下山されるようで、情報交換した。


やがて千間寺跡と呼ばれる場所に到着。岬町教育委員会が設置した説明板によると、『この山の頂近くに「千間寺」という寺があった。 開基は役の行者といわれている。 修験道葛城二八宿の第四番の行場であった。 戦国時代には根来寺の末寺になって、数多くの僧兵が住んでいたが、 織田信長の雑賀攻め(一五七七)か、豊臣秀吉の根来攻め(一五八五)のときに、兵火にかかって焼失した。 寺跡には現在でも屋根瓦や日用雑器の破片が散乱している。 その当時栽培されていた茶の木も現存するほか、馬道、鞍掛、大門跡の地名など、数多くの伝承が残されている。 幕末期、異国船が大阪湾を往来するようになり、その見張りのため「番所」が設置され、港湾の状況を逸早く大阪へ通報役目を果たした。』この説明板の左に鳥居があって、その先に、閼伽井とみられる井戸があった


飯盛山へは説明板のところから右へ歩く。展望のよい開けた場所に出たが、山頂はもう少し先、鉄塔を潜って、ようやく山頂に到着。この日は霞んでいて遠望は得られなかったが、ほぼ360度パノラマで、視界が良ければ絶景だろう。画像は右からH氏、T氏、左端は山頂で居合わせた登山者。山頂には4つのペンチと展望デッキが設置されていたが、ペンチは一つだけ空いていた。ここで昼食にしたが、コンスタントに登山者が登ってくる。人気の山だが、登山者で溢れるというほどではなく、どちらかといえば静かな山を楽しみたい人向きか。


山頂で、京都府宇治市から夫婦で来られていた奥さんと情報交換した。こちらは、この山域に詳しいH氏が相手されていたが、格安で電車に乗るチケット、「スルッとKANSAI 3day チケット」の使い方を教えてもらった。3日間、関西の私鉄や一部のバスが乗り放題で5千円。但し、期間限定で春季は3/15~5/12迄。このチケットの存在は知っていたが、今まで、一回に乗る電車の区間距離が長いケースが少なく、この為、購入は消極的だった。


飯盛山の山頂を後に下山を開始した。H氏によると、下ったり登ったりの繰り返しで、結構、時間がかかるということで、登りを下りのペースと同じで歩くとバテるだろう。また、一部、フィックスロープが設置されているところもあり、慎重に下る。私はストックを使ったが、H氏も使われ、具合がよいとのことだつた。暫く歩くと、松茸山の立看板が目立つ。11月30日まで立入禁止と表示されていた。これは、ロープの中であり、登山道は対象外だろう。


5月2日(木)21:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

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