山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 

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観音山_樫ヶ峰_岩倉山51

山道の取り付きに案内板が立っていた。左。


「行者山ハイキングコース」の案内板。

現在地は「ゆずり葉台口」。
この後、行者山には行かずに、東六甲縦走路方向へ向かう。



暫く雑木林の傾斜の緩やかな登り道が続く。


分岐に立つ道標。


「白瀬川源流」分岐を右に見送る。


3月23日(木)20:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山50

「エデンの園」を過ぎると住宅地が現れる。


これはどういう風に利用するのかよくわからないが…。

「プチハウスカー 作っちゃいます」、「610加工房」と書かれていた。



住宅地の中から甲山が見えた。左奥。
住所表示は「宝塚市ゆずり葉台二丁目15」。



豪邸。
「ミキクラブ宝塚」となっていた。



豪邸を左に見ながら左折。
突き当たり舗装道路が切れたところで右方向へ入る山道がある。



3月23日(木)20:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山49

譲葉社(ゆずりはしゃ)

この社は当山岳地を領(うしは)きます守護神である大山祇神(おおやまづみのかみ)をお祀りしてあります。
ご本社は宝塚神社(明治以前まで山王権現(さんのうごんげん)と称し近年まで日吉神社であった)で広大なる山林で田畑を有する小林村の守護神(氏神)で千数百年以前、山には山の神(大山祇神) 、田には田の神(素盞鳴神)を勧請し村落の安穏と繁栄を祈り今日に及んでおります。
後方の山々は主峰岩倉山(磐座=神宿る処)を始め、譲葉峰、行者岳で、この辺りは古来おそらくその名の如く神在山(かみましますやま)として崇められたものと思われます。
社殿浦より湧出する霊泉(鉱泉)は、御神水として霊験あらたかで、健康長寿の薬水として飲料水や湯泉として随所に給配されています。



譲葉社の鳥居と社殿。


その隣に、お寺跡のような建造物が見られた。


石仏は比較的新しい。


「ウェル・エイジング・コミュニティ 宝塚エデンの園」の建物(裏側)を右に見て東方向へ歩く。


3月22日(水)20:46 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山48

河原の駐車場を出て住宅地へ向かう。

この先、逆瀬川の支流に架かる橋を渡る。

リーダーによると、この支流に沿って歩いても六甲縦走路に出合うが、急坂なので穏やかな道を歩くとのこと。



フェンスの横を通り抜ける。


散歩中の犬たちに出会う。
「こんにちは」。
樫ヶ峰から河原へ下山したと云ったら驚かれた様子。

尚、私達に手を振っているのではなく、散歩のお友達と別れる為。



この先、「進入禁止 私有地につき立ち入りご遠慮願います 宝塚エデンの園」の看板が掛かっていた。


住所は「宝塚市ゆずり葉台三丁目3」。
樫ヶ峰から北は行政区が宝塚市となる。



3月22日(水)20:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山47

キャンプファイヤーの跡。
ごく最近のもの。



仁川に変わって“逆瀬川”の河原を歩く。
左岸に渡渉。



暫く河原を歩く。
堰堤が現れるが、伏流水となっているようだ。



やがて河原の駐車場に出て来た。


犬の鳴き声が聞こえた。人家が近い。


3月22日(水)20:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

黒岩谷西尾根_蛇谷北山【補足】

ナマズ石
ナマズ石は阪神大震災で、荒地山の山頂付近(ナマズすべり)にあったものが、この場所まで転がり落ちたものとされる。地震で移動し た石では最大のものと説明されている。この、ナマズ石の名前の由来は・・地震を引き起こしたナマズが動かした石・・・からきている そーだ。また、石の表面の文字のようなものは弥生時代に書かれた中国古代文字(ロンサン文字)とされる。稲作の文化を大陸より伝え た古代人により書かれたものといわれる。この石には、壮大な歴史浪漫を感じる。

土樋割(どびわり)峠
土樋割は、山の水が集まり住吉川の大きな流れとなるところです。徳川の時代に住吉川の水を土の樋をつくり芦屋方面に流れるようにし たところ、住吉川の水が枯れてしまい、もともと住吉川の水で、酒造りをしていた灘の酒蔵さんたちが、この土の樋を割って以来ここを 土樋割峠というようになったそうです。

魚屋道(ととやみち)
魚屋道は江戸初期から灘地方と有馬を結ぶ東六甲最古の山越え交通路で、同時の絵地図では、森から山に上り、蛙岩、山の神、風吹岩、 東お多福山、本庄橋、一軒茶屋、射場山山腹、有馬のルートを通り、「六甲越え」と呼ばれていた。幕府が、灘から有馬への正規の街道 を西宮、宝塚、船坂、有馬の線に定めた後も、遠まわりを嫌った人々はこの道を利用した。そこで、街道沿いの西宮や生瀬などの宿場の 商人は、これを「抜け荷の道」と称して、通行禁止を大阪奉行所へ訴え、しばしば紛争が生じた。文化3年(1806)に、灘本庄と有馬の人 々がひそかに道の大修理をしている。深江浜の魚は大正時代まで、ここから有馬に運ばれていた。

岡本梅林
岡本梅林」は、1796年頃「摂津名所図会」に紹介さるほど、昔から有名な梅の名所でした。大正末期まで西摂津の梅の名所として、 「梅は岡本、桜は吉野、蜜柑紀の国(みかんきのくに)、栗丹波(くりたんば)」と謳われていました。 昭和13年の阪神大水害で大半を喪失し、昭和20年の神戸大空襲で焼失、その後の宅地化でほとんどの梅を失ってしまいました。 宮崎元神戸市長が、昭和46年に渦が森三角公園、昭和50年に保久良梅林、昭和57年に岡本梅林公園を開園、その後、梅まつり実 行委員会が阪神淡路大震災の復活を願って「梅まつり」を開催、梅一つ火会が東灘区の区の花「 梅」の普及活動を推進、岡本商店街が 「岡本の梅ブランディング事業」を、そして、区役所のリードで「梅いっぱいプロジェクト」を推進して現在に至っています。



3月21日(火)17:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

黒岩谷西尾根_蛇谷北山

2017年3月19日(日)は、3週連続で「山を登る会」に参加した。

山域は六甲山地で、コースは阪急芦屋川駅(標高30m)から、芦屋川の右岸を遡上、ナマズ石、弁天岩を見て歩いた。
リーダーによると、本来は弁天岩から先、芦屋川の左岸を歩くが、直近の下見では浮石があったので、ドボンを回避する為、舗装道路を歩いて芦屋ゲートへ向かった。

ここまでのルート、山地図には危険マークが付いており、単独や個人のグループでは行きにくいルートとなっている。
また、「降雨直後、山腹からの落石注意」とある。
以前から、このルートを歩きたいと思っていたのでチャンスだった。

芦屋ゲートからは、東おたふく山登山口バス停前を通って、蛇谷沿いに歩き、土樋割(どびわり)峠に到着。

六甲山最高峰直下で昼食後、再び土樋割峠を通過するので、六甲山最高峰直下をパスして、土樋割にて昼食する短縮コースの設定があった。
下山時に土樋割峠を通過すると、80歳トリオのお三人を含め、何人か短縮コースを利用していた。

通常コースでは、土樋割峠からこの日のハイライトとなる、黒岩谷西尾根を歩き、六甲山最高峰931.3m直下の一軒茶屋前の広場にて昼食。

会としては、この“黒岩谷西尾根”を歩くことを目玉としていた。
実際に歩いてみると、このコースこそ危険マークが必要なくらい、単独や個人のグループでは行きにくいという印象。
このルートは、そもそも山地図には記載がない。なので危険マークを付けていないのかも。

ガレ場もあり、フィックスロープが二箇所あった。
このルートをよく知っている人と出かけても、この道を下りに使うのは避けたい。
当日、この道を下って来たのは、30歳代くらいの若いカップルが一組のみ。

下山は石の宝殿に登り返し、この日の二つ目のハイライトとなる芦屋市最高峰、蛇谷北山(じゃたにきたやま)840mの山頂を踏み、土樋割峠で短縮コースの人達と合流した。
従って、短縮コースを歩いた人たちは、この日のハイライトを二箇所、パスしたことになる。

土樋割峠で小休止の後、見晴らしのよい東お多福山697mを経て、雨ヶ峠に出てからは魚屋道を歩いた。
風吹岩では、イノシシが頻繁に出没しているとの情報で、これも危険を避ける為、休憩せずに蛙岩分岐へ。
ここで魚屋道から離れ、金鳥山(きんちょうざん)338mを経て、保久良(ほくら)神社で観梅。
岡本梅林公園には、出かけたことがあったが、ここはお初だった。
その後、天上川に沿って下り、阪急岡本駅(標高30m)にゴールした。

尚、 岡本駅近くにベルギー産チョコレートの美味しい店、モンロワール本店があるので、自分用の土産に購入した。家族にも好評♪

リーダーは、急遽、A氏に代わってT氏。
A氏は腰の調子が悪いと聞いた。

参加者90名。

コース
8:45阪急芦屋川駅9:16_芦屋川に架かる開森橋を右に見送る_高座川に架かる開僧橋(おうぞうばし)を渡る_道標(高座の滝 ロックガーデン→)_分岐道標(←高座滝・ ロックガーデン)_会下山遺跡分岐_道標(→城山 鷹尾山を経て荒地山)_案内板(城山(鷹尾城跡))_最奥住宅右から山道に取り付く_分岐道標(弁天岩方面へ)_手作りベンチ_送電線鉄塔_陽明水_荒地山方向分岐_道アゼ谷砂防ダム(堰堤)_分岐を右へ_ナマズ石_10:10弁天岩_県道344号線沿いに歩く_奥山精道線カーブNo.5_カーブNo.4_カーブNo.2_分岐 芦屋ゲート(芦有(ろゆう)ドライブウェイ)を右に見送り芦屋カンツリー倶楽部方向へ_芦屋川に架かる谷川橋を渡る_道標(奥池 東お多福山方向へ)_芦屋川むら玄(そば)前_芦屋カンツリー倶楽部管理道路・ゴルフ橋を左に見送り芦屋川沿いに歩く・道標(奥池あそびの広場 東お多福山方向へ)_左に芦屋川 右に芦有ドライブウェイを見て山道を歩く_芦屋川に架かる橋を渡る(2回)_芦有ドライブウェイ沿いの歩道を歩く・道標(東お多福バス停 奥池あそびの広場 ゴロゴロ岳方向へ)_分岐 芦有ドライブウェイ沿いの歩道を右に見送る_奥池制水池横_芦屋川に架かる橋を渡る_千谷砂防ダム(堰堤)_住宅地出合・道標(奥池あそびの広場 東お多福山方向へ)_道標(東お多福バス停への石段を登る_道標(東お多福山 土樋割峠方向へ)_東お多福バス停前_芦有ドライブウェイを横断_分岐道標(東おたふく山ハイキング道へ)_分岐道標(東お多福山 土樋割峠方向へ)_分岐道標(東お多福山へ1.0kmを左に見送り 土樋割峠0.9km方向へ)_蛇谷第二砂防ダム_11:02土樋割峠(石宝殿 東お多福山山頂を見送り土樋割を経て六甲山最高峰方向へ)11:04_分岐(本庄堰堤・六甲最高峰・住吉分岐を左に見送る)_黒岩谷西尾根取り付き_フィクスロープ(1回目)分岐を右に見送る_フィクスロープ(2回目)_11:38六甲山頂 一軒茶屋・昼食12:03_県道16号線を石宝殿に向かって歩く_山道取り付き・道標(宝塚方向へ)_県道16号線出合_鉢巻山トンネルを潜る_石鳥居(石宝殿 白山の宮)_白山姫観音像_道標(蛇谷・北山コース取り付き / →土樋割峠 東お多福山)_分岐を左へ_道標(蛇谷・北山コース / →土樋割峠 東お多福山)_蛇谷北山山頂840m_道標(蛇谷・北山コース / 現在地は黒岩堰堤北)_分岐を右へ_12:36土樋割峠12:38_東お多福山頂697m_東お多福山バス停方向分岐_四等三角点(点名:雨ヶ峠 621.3m)_雨ヶ峠_<魚屋道>_芦屋カントリー倶楽部横断・獣除け扉開閉(2回)_道標(←風吹岩1.2km・阪急芦屋川駅4.0km →雨ヶ峠0.8km・六甲最高峰3.1km)_黒五谷分岐_打越峠1.0km 住吉谷・八幡谷分岐_風吹岩前_道標(→金鳥山・保久良神社を経て阪急岡本駅・JR本山駅)_分岐を右へ_八幡谷・十文字山・住吉川(約4km)分岐_道標(←保久良神社 約0.6km 阪急岡本駅 約1.8km)_<石の階段>_案内板(東灘山麓自然歩道案内図)_案内板(保久良梅林)_堰堤_天上川沿い_天上川公園_天上川に架かる禊(みそぎ)橋を渡る_岡本八幡神社前_岡本梅林公園分岐_天上川に架かる榮田橋を渡る_阪急神戸線の高架下を潜る_モンロワール岡本本店(買い物)_14:10阪急岡本駅。

画像はこの日歩いた芦屋川駅から岡本駅までのGPSログを表示している。



東お多福バス停付近にてYMCAの子供たちと一緒になった。


YMCAの子供たちとは、下山時に東お多福山頂付近にて再会した。
可愛い笑顔を見ると疲れも吹っ飛ぶ。



雨ヶ峠から風吹岩へ下山時にて撮影。
この子はYMCAとは別。
今の時季、学校が休みなので、子供達を多く見た。



保久良梅林にて。


3月21日(火)17:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山46

痩せ尾根を下る。


私製の案内板。

「樫ヶ峰~社家郷山 パノラマ道へ 東尾根ルート 馬の背岩展望台直下へ」と記されている。

今回は下山に歩いたが、登りでこの踏み跡を歩くことが出来るだろうか、いささか疑問。
この後、わかったが、取り付きが非常に分かりにくい。



仁川の河原に降り立った。
このあたり一帯を“焼石原”と呼ぶらしい。



少し藪っぽいところを歩く。


広い河川敷に出る。


3月20日(月)21:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山45

雑木の中、小枝をつかみながら慎重に下る。


踏み跡は薄く続いているが、分岐らしきところもあった。


木々が生い茂っていないので、周囲の見通しは良い。
スリル満点!



支尾根に沿って踏み跡が続いていた。


ようやく傾斜が緩やかになる。
ガレ場は過ぎた。



3月20日(月)21:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山44

東北東方向の眺望。

霞んでいるので遠望はイマイチ。



目前に樫ヶ峰の山頂が見える。

この後、山頂を踏むものと思っていたが、さにあらず、山頂をスルーした。
後でわかったが、山頂は眺望が得られないらしい。



ここでまさかの北方向へ下る。


勿論、道標はない。

木々の隙間を抜ける。



ガレ場に出た。

初めて訪れて、ここを下る気には到底なれない。



3月19日(日)20:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山43

ようやく眺望が得られる場所に出た。

この後、あの谷の右奥に位置する岩倉山に登る。
谷の正面奥は譲葉山だろうか。



左から大平山、譲葉山、岩倉山、行者山方向をズーム撮影。


花崗岩質でザラザラと滑りやすい。

360度パノラマの素晴らしい眺望が開けた。



大平山方向をズーム撮影。

この後、眼下に見えるガレ場を下ることになる。



「馬ノ背」と記された木標。


3月19日(日)20:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山42

分岐道標が立っている。

南方向は「キレット峰 展望台」方向と見られる。
ほとんど字が読めない。

右上に私製の道標が見えるが、(この場所が)「東三ッ辻 出合」と記されていた。



小刻みに登り下りを繰り返す。
平坦なところは、ほとんどない。



この先、前方が開けているようだ。


これから歩くミニ縦走路が見渡せた。

子供達の声が聞こえる。
南側の山麓に「社家郷山キャンプ場」があるので、そこから登ってきたのかもしれない。



大平山681.2mの電波塔が見える。

このルートは六甲縦走路の山々を南側面から眺望出来る位置にある。
後でわかったが、六甲最高峰931mも見ることができるらしい。
※この日は確認せず。



3月18日(土)20:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山41

短い区間だがフィックスロープが設置されていた。


縦走路なので、小刻みに登り下りの繰り返し。


縦走路を歩いているが、展望が得られる場所がない。


北東方向に深い谷が見える。

この後、谷の右奥のピーク岩倉山に向かって、この日三回目の登山となる。
(一回目観音山、二回目樫ヶ峰)



前方に道標が見えたが、これも分岐を示すものではなく、単に「←東三ッ辻 出合 / →西三ッ辻 出合 」を示していた。


3月18日(土)20:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山40

ミニ縦走路は標高500m足らずの低山だが、この山域では珍しい独立峰。

山地図には危険マーク、迷いマークが付いている。
“社家郷滝”、“双子岩”、“くずれ壁岩”、“キレット峰”など訪れてみたい気になる箇所がいくつかある。



雑木が生い茂っており、残念ながら展望はイマイチ。


分岐に立つ道標。

南方向を示す道標には「社家郷山キャンプ場 アズマ屋」。
これから向かう東方向を示す道標には「東三ツ辻 出合」。
ここまで歩いて来た西方向を示す道標には「小笠峰 出合」と記されているようだ。



「社家郷山展望ルート」と記された私製のプレート。
青色なのでよく目立つ。



新しい道標が設置されている。

どうせなら、分岐地点に立てて欲しいものだ。
意味がない。



3月18日(土)19:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

観音山_樫ヶ峰_岩倉山39

九十九折に登る。


ようやく右方向に小ピークが見えてきた。


暫く歩いた分岐に立つ道標。

東方向を示す「←西三ツ辻 / 出合」と、西方向を示す「→小笠峰」の道標の他に、東方向「←樫ヶ峰」の道標が追加されている。
先程、右方向に見た小ピークが「小笠峰」とみられる。



南方向を示す道標に「←外れ峰出合」と表示。

これから東方向に歩くミニ縦走路とは別に南方向にピークがあって、「外れ峰」と呼ばれているようだ。



ミニ縦走路から北方向、六甲全山縦走路上にある大平山681.2mの電波塔が見えた。


3月17日(金)20:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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