山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 

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四天王寺_舎利尊勝寺_大念仏寺他

2017年1月15日(日)は、「おおばこの会・こばこの部」に参加した。
題して「太子快道パート1 四天王寺から舎利尊勝寺、加美へ」。

前夜から風が強く、小雪が舞うなど荒れていた。
当日の朝も、時折、小雪がバラつき、自宅から最寄り駅までの道路は一部凍結していたが、天気が回復するとの予報で参加。
結果は晴時々曇で、午後から風が強く寒かったものの、雪や雨は降らなかった。
参加者は目測18人。

コース
JR関西本線・天王寺駅_道標(熊野街道)_総本家釣鐘屋前_<四天王寺_石ノ鳥居_駒札(石鳥居)_説明板(夕陽に映える、歴史のいきづくまちなみ)_乳布袋尊前_転法輪(てんぼうりん)_駒札(義経よろい掛け松)_説明書き(一代目~八代目五重塔)_北鐘堂_参詣者休憩所_聖徳太子 摂政像_ 阿吽(梵字)像_駒札(石舞台)_六時禮讃堂_不動明王像_役行者像_畜魂供養塔_伊勢神宮遥拝石_東大門>_瑞雲山 蒼龍寺(ずいうんざん そうりゅうじ)参道前_マンサク_喜美木(五條宮入口付近)_天王寺区役所前_夕陽丘高校前_大阪環状線桃谷駅前の高架下を潜る_桃谷駅前商店街_桃谷本通東商店街_※1木村権右衛門邸跡 椎の神木_鶴橋中学校前_※2俊徳街道道標2基と西俊徳地蔵堂_ムクノキ(大阪府保存樹)_御勝山(おかちやま)公園_説明板(御勝山古墳)_御勝山古墳を東西に横断する道路の歩道橋を渡る_御勝山南公園_<舎利尊勝寺(しゃりそんしょうじ)_説明板(舎利尊勝寺の由来)_不動明王像_西国三十三所石像観音>_生野神社_生野八坂神社前_平野川に架かる庚申橋を渡る_如意地蔵尊_東部中央卸売市場前_関西本線の高架下を潜る_育和公園・昼食_馬場口地蔵_<大念仏寺_駒札(山門)_吉村長慶師之墓_くすのき(大阪府保存樹)_マニ車(経車)_説明板(本堂)_説明板(聖應大師良忍上人略伝)_説明板(経蔵)_説明板(地蔵堂)_説明板(圓通殿)>_道標(西面:當社 熊野權現 祇園宮 / 南面:右 ふちゐ寺 大峯山上 かうや山 / 東面:すぐ 天王寺 大さか / 北面:右 大坂)_和菓子 塩伊前_和菓子 亀之饅頭前_小林新聞舗本店前_<全興寺_西国 三十三ヶ所石仏_一願不動尊_小さな駄菓子屋さん博物館_地獄堂_道標(右 さ山 高野山 すく信貴山道)_地獄の釜の音>_R25を横断_<杭全神社(くまたじんじゃ)_説明板(杭全神社)_楠社・クスノキ(樹齢千年)_力石_説明板(平野郷町の大阪市編入について)>_平野川に架かる京町橋を渡る_道標(畠山政長之墓 是ヨリ北約七八三メートル)_交差点(平野東1)_あさひ旅館前_がんこ平野郷屋敷前_JR関西本線・加美駅前_菅原神社_関西本線の踏切を横断_JRおおさか東線・新加美駅

大阪市 生野区の都市景観資源 のサイトによると、
※1木村権右衛門邸跡の神木(きむらごんえもんていあとのしんぼく) 木村重成(大坂夏の陣で討死。享年23歳)の姉婿 猪飼野左馬助の子孫である木村権右衛門邸宅の跡地にある。現在は駐車場となっている が、樹齢約400年の椎の木の神木と立派な石灯籠、庭石が残されている。神木は重成のお手植えといわれている。

※2俊徳街道道標2基と西俊徳地蔵堂(しゅんとくかいどうどうひょう2きとにししゅんとくじぞうどう) 生野区勝山北4丁目に西俊徳地蔵堂があり、等身大の座像石仏が祀られている。説明板には、俊徳丸が四天王寺へ参る際、清い流れの平野 川のほとりで休憩したとある。この地蔵堂横には四天王寺南門からほぼ真東へ延びる俊徳街道の道標が二基ある。街道を東へ進むと東俊徳 地蔵堂があり、尊像は堂内奥に安置されており、立派なお姿は拝めないが、彫刻様式から室町末期の作と思われ、地元の人々の手により手 厚く祀られている。


画像はこの日歩いた、天王寺駅から新加美駅までのGPSログを表示している。



1月16日(月)18:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

五月山_六個山_鉢伏山29

この後、登山道は九十九折に続く急登となる。


登山道を振り返って撮影。
下に見えるのは、重機で切り開いた植林の作業道。



一列縦隊となって歩く。


この先、植林の作業道を横断。


左にロープが張った植林の作業道を見送り、右に伸びる登山道を歩く。


1月15日(日)20:38 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山28

分岐。
直進は三国峠方向。
ここは左折して「ようらく台園地」へ向かう。
(道標には五月山と表示)



ベンチのある小ピークを左に見送り、登山道に沿って歩く。(直進)


植林帯だが、最近、手入れされたようで、明るくすっきりとしている。


登山道は、作業道に沿ったり、離れたりを繰り返しながら歩く。


この辺り、間伐した枝が放置してある。


1月15日(日)20:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山27

いつの間にか周りは植林帯。
進行方向左側に重機で造られた植林の作業道が現れる。



記憶のある場所。
この日も植林の作業道は、ぬかるんでいた。



ここから登りとなる。


大ケヤキの前に立つ「箕面の森 案内板」。

大ケヤキを眺める人は誰もおらず、私もうっかり撮影しなかった。
皆さん、下を向いて黙々と歩くのみ。



ここは道標を見て左へ。
歩きながら撮影しているので画像がブレている。
立ち止まると、後の人に迷惑がかかる。



1月14日(土)18:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山26

ゴルフ場側は有刺鉄線が張り巡らされている。
あまり気分の良いものではないが獣害除けだろう。



ゴルフ場に沿って歩く道は想いの外長く続き、景色に飽きてきた頃に右側(北東)に反れる。

この道標、少し紛らわしいが、「五月山 ようらく台」の方向に歩く。
尚、この日歩いたコースは、五月山から、ハート広場、六個山を経てここへ来ている。



自然林の歩きよい道が続く。


分岐。
ここでも「五月山」の方向へ歩く。
道標の一方は箕面駅を示している。



同じ分岐に立つ「みのお里ぷら」が設置した道標。
道標番号はNo.97。

約1ヶ月、箕面駅からこの分岐まで来て、ようらく台方向へ歩いている。
ここから先、政の茶屋分岐までの区間は、その時とまったく同じコースを歩くことになった。



1月14日(土)18:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山25

箕面市が発行している「箕面の森 ハイキングマップ」の「教学の森」の詳細図。

里山特有の踏み跡や分岐がいたるところにあるので初めて訪れると迷いやすい。
この地図には、先程、左右に見送った「ささゆりコース」と「東尾根コース」のルートも表示されている。
尚、ハート広場から先、この日歩いたルートは表示がない。
また、池田市から六個山へのルートも表示なし。
この地図以外にも踏み跡は数知れずあった。

「箕面の森 ハイキングマップ」は、こちらから入手出来る。

箕面市 > 観光案内 > ハイキングマップ



尾根筋を歩く。
但し、植林帯の為、展望はない。



この先、右折。
分岐には「のせでん」のスタッフではないが、学生らしき男性が立っており、右方向へ誘導していた。



左側は池田CCに変わって、箕面GCのゴルフ場が現れ、境界線に沿って北方向へ歩く。


プレイヤーの姿が見える。


1月14日(土)18:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

御土居2(二条駅_北大路駅)

2017年1月12日(木)はN氏主宰による「京の古道歩き」、「京の七口」と関連する「御土居」を見て回った。

この企画は昨年に続き二回目で、この日は合計10ヶ所の御土居に関係する遺跡を訪問した。

参加者は前回と同じく、T氏、M氏、Ki氏、Ku氏、F氏と私。主宰のN氏を含め総勢七人。

京都市のHP によると、御土居は天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が、長い戦乱で荒れ果てた京都の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と、鴨川の氾濫から市街を守る堤防として、天正19年(1591)に多くの経費と労力を費やして築いた土塁です。台形の土塁と堀(堀の一部は川、池、沼を利用)からなり、その延長は22.5キロメートルに及び、東は鴨川、北は鷹ヶ峯、西は紙屋川、南は九条あたりにそって築かれました。土塁の内側を洛中、外側を洛外と呼び、要所には七口を設け、洛外との出入口としました。鞍馬口、丹波口などの地名はその名残です。江戸時代になると天下太平の世が続き、外敵の脅威もなく御土居は次第に無用の存在となり、また市街地が洛外に広がるにつれ堤防の役割を果たしていたものなどを除いて次々と取り壊され、北辺を中心に僅かに名残をとどめるのみとなりました。昭和5年(1930)、市内に残る御土居のうち8箇所が、京都の沿革を知るうえに、また、広く我が国における都市の発達をたどる重要な遺構として「史跡」に指定、昭和40年(1965)にさらに1箇所(北野天満宮境内)が追加され、現在9箇所が指定地となっています。また、これら指定地以外では、北区の大宮交通公園内や中京区の北野中学校内でも、部分的に御土居が残っています。

■訪問した御土居 (スタートは二条駅、ゴールは北大路駅)

1.中京区西ノ京原町、市五郎稲荷神社。
 土塁の一部に接して社殿があり、御土居そのものが神体となっている稲荷神社。参道部分が堀跡といわれている。西側から土塁の頂部まで登り、東側へ降りることが出来た。

2.上京区馬喰町、北野天満宮。
 ここは観梅で何回も訪れているので、御土居のことは知っていた。境内西部に残る御土居の頂部には見晴らし台が設けられている。土塁構築の際に植えられたというケヤキの巨樹が今も現存。

3.北区平野鳥居前町、平野神社の近く。
 この神社もよく知っている。境内には桜が植えられているが、一般観光客は来ない。地元の人が花見をするところ。御土居は平野神社の北東、紙屋川の東側に沿って残っていた。台形の土塁に芝が植えられ、指定史跡の中でも、その形状が最もよく分かる。但し、柵で囲われており、下から眺めるだけで、台形の中には入れない。道路脇には御土居から出土した石仏が何ヶ所か祀られていた。

4.北区紫野西土居町、白い鳩保育園の三軒南隣。
 御前通、芦山寺通の一つ北側の通の西詰、住宅地の一角に僅かに土塁が残る。地名にも御土居の名残が感じられる。

5.北区紫野花ノ坊町31番地他、京都市楽只市営住宅新5棟(仮称)新築工事現場(完成予定は平成30年12月)。
 京都市立北総合支援学校 楽只サテライト施設南隣。2016年11月10日に京都市埋蔵文化財研究所が新しく見つかった御土居を発表。現在は埋め戻され更地になっていた。

6.北区鷹峯旧土居町3、御土居史跡公園。
 公園として整備された御土居。土塁の頂部まで登ることが出来、その高さが体感出来た。ベンチも置かれ休憩スポットとなっている。

7.北区鷹峯旧土居町2、御土居の北西角に当たる部分。
 向かいの和菓子の店、都本舗光悦堂にて鍵を借りて中に入ることが出来るが、生憎この日は定休日だった。尚、この店の名物「御土居餅」を食べてみたかったが残念。

8.北区大宮土居町、玄琢下(げんたくした)。
 保存状態が最も良く、約250mに渡って御土居が現存している。金網で囲われており外部からしか見学出来ないが、堀と土塁の構造がよくわかった。北側から金網に沿って約100m歩き御土居を眺めた。南側からも御土居の回りを歩こうとしたが雑木が生い茂り見渡せないので断念。

9.北区大宮西脇台町、大宮交通公園内。
 史跡には指定されていないが、園内の南側に御土居の一部が残っている。土塁の脇には、平一大明神(稲荷社)が祀られており、1.の市五郎稲荷神社と同じく、信仰の場としての御土居を感じることが出来る。

10.北区紫竹上長目町・紫竹上堀川町、加茂川中学前。
 御土居の北東角の屈曲部分にあたる。堀川通に分断されているが、通りの東側と西側に土塁の土盛りを確認することが出来る。

画像はこの日歩いた山陰本線二条駅から北大路駅までのGPSを表示。



1月13日(金)18:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

五月山_六個山_鉢伏山24

「ささゆりコース」、「東尾根コース」を左右に見送り直進して「ハート広場」へ向かう。


先頭集団。
紫色の帽子を被っている男性が引率者。



この辺り、よく整備された里山というイメージ。
落葉を踏みしめて歩くのが心地良い。



東屋が現れる。
ハート広場はこのあたりを指すのだろう。



やがてコースは尾根筋を歩くようになる。
そしてこれまで歩いて来た北方向から、西方向へ向きを一旦変える。



1月12日(木)20:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山23

再び眺望が得られる場所が現れる。


が、霞んでおりよく見えない。


里山としての手入れが行われており、スッキリしていて明るい。


「あおぞら展望台」の道標があったが、見通しが悪いので立ち寄らず。
「ハート広場」へ向かう。

このあたりにも落葉が多く積もっている。



前方の階段を見送り、道なりに右へカーブすると、またしても眺望が得られる場所に出た。


1月12日(木)20:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

黒豆ご飯2

ご飯はいつもの水加減で用意し、塩と酒を加える。


塩と酒を加えたお米と、黒豆を蒸らした汁ごと炊飯器に入れて炊く。
この時は、出来上がりまで41分かかると表示が出た。



完成。湯気が立っている。
黒豆は少々かためだったが、美味しく食べることが出来た。

少し自信がついたので、今後もいろんな料理に挑戦したい。



1月11日(水)20:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | グルメ | 管理

黒豆ご飯1

昨年も家庭菜園で黒豆を育てていた。
ここ3年程、毎年作っている。
目当ては枝豆として食べること。
これが実に美味しい。

ところが、黒豆の収穫時期は非常に短い。
一度に沢山の枝豆は食べられないし、冷凍したら味が落ちる。

何か他によい食べ方はないかと思っていた。
すぐに思いつくのは、正月に食べる黒豆煮、甘いやつ。

これが好きなのだけど、煮炊きするのに、時間が大変掛かる。
何かもっと簡単に食べれそうなものはないかと思っていたら、黒豆ご飯が思いついた。

丹波の黒豆ご飯は食べたことがある。
京都の二寧坂にある丹波黒豆の専門店、「うちわや」で黒豆を買い、お店の人の薦めにより、黒豆ご飯を作って食べたことがあったのを思い出した。
これなら、たいして時間が掛からない。

「cookpad」のレシピを見てチャレンジした。
画像はそのレシピ。

手間なし炊飯ジャーで黒豆ごはん美肌に〜

うちわや[京都二寧坂]



まず、フライパンで黒豆の皮が軽く割れるくらい煎る。
画像の黒豆は100g。



熱湯250ccに煎った黒豆を入れて30分蒸らす。


1月11日(水)20:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | グルメ | 管理

五月山_六個山_鉢伏山22

「スタッフの案内ポイント」の貼紙がある。
渋滞の理由と関係がありそうだ。



この日一番の激下りが現れる。
ここは「カニさん歩き」で地面に片手をつけながらゆっくりと降りる。



急坂が終わるとトラバース気味の登山道を歩く。


石造物が現れる。
左の石柱には「金」と彫られていた。
じっくりと観なかったが、右の石柱を含め、他には何も彫られていないようだ。

下山時、妙見口駅の手前、吉川峠近くで常夜灯を見たが、「金講中」と彫られてあった。
この石柱の「金」と関連があるのかもしれない。



分岐。手ぶれになってしまった。
六個山頂から来た。中尾根分岐を右に見送り、ハート広場方向へ進む。



1月10日(火)19:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山21

暫く休憩した後、リーダーの合図で皆さん一斉に歩き出す。


山頂からは急な下り。
慎重に歩く。



落葉で足がズルズルと滑りそうになる。
中には転倒する人も。

しかし、急な下りは長くは続かない。



道標。
東尾根コースの方向へ歩く。



渋滞。
前方にスムーズに進めない何かがあるのだろう。



1月10日(火)19:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山20

六個山(ろっかやま)山頂。


六個山 - Wikipedia によると、六個山(ろっかやま)は、大阪府箕面市に位置する標高395.8mの山である。北摂山系に属する。なお、二等三角点名は「松尾山(まつおやま)」。箕面山西部に位置する低山で、多くの登山道が整備されており、山頂付近の広場から大阪平野を眺望できる。南側斜面には市立の教学の森野外活動センターを有するほか、山の西側には石澄滝がある。なお、箕面市歌(昭和31年制定)の冒頭に登場する松尾山とは六個山のことである。

山名の由来について、北摂みのおの春夏秋冬 によると、六個山と云う名が付いたのは、この山が6つの村の「入会(いりあい)山」であったことによる。6つの村とは、平尾、西小路、桜、牧落、瀬川、半町の6か村で、入会山とは、複数の村が共同で持っている山のことである。



二等三角点 松尾山の案内板。


ベンチで休憩する参加者の皆さん。


この日は霞んでいてよく見えなかったが、晴れていればなかなか眺望の良い山だろう。


1月10日(火)18:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

五月山_六個山_鉢伏山19

直進、六個山を示す道標。
右折は西尾根コースとなっている。
六個山は初めて登る山で、西尾根コースはイメージが浮かんでこない。



更にこの道標は、右折すると新稲(にいな)を示している。


「みのお里ぷら」が設置した道標。
我々は五月山からここへ来た。
六個山山頂へ向かう。



間もなく山頂に到着。
スタッフの人が出迎えてくれた。



山頂の登山者の様子から見て、私は先頭グループにいた。
ここで小休止となる。



1月9日(月)20:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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