山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2018年4月を表示

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮6

こんなところに、ルートがあるとは。
知っていなければ、絶対、足を踏み入ることはない。
撮影した画像を見ると、黄色のテープが巻かれている。



正面の木にもテープがある。


この画像にも正面の木に黄色のテープが見える。


何と、右の石にも貼ってある。
分かりやすいと言えば分かりやすいが。



ルートを外さないように尾根に沿って歩く。


4月30日(月)20:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮5

道標No.38。ここから滝谷峠まで距離3.8km。
この日のコースは、このまま滝谷峠へは行かず、途中、鞍馬山頂上から鞍馬山三角点へ向かう。
滝谷峠へは下山時に通過する。



右の植林帯は木が混みあっており、痩せ細っているので、間伐が必要なのかもしれない。


ようやく大岩分岐に到着。
コースは滝谷峠方面へ直進。

ここは夜泣峠方面への分岐にもなっている。
夜泣峠への登山道は尾根筋で、ここまで歩いて来た二ノ瀬ユリは、山腹を巻く傾斜のゆるい道。



小休止の後、歩き出してすぐ分岐となる。
左奥に明確な登山道が見える。
右にも登山道が続くようだったが、正面の尾根道を進んだのだから驚いた。
左は正規の登山道“ニノ瀬ユリ”だろう。
真ん中と右は、この先で合流していたように思う。
その後、再び分岐となり、左の尾根道を見送り、右の歩きよい道を歩いた。



踏み跡の薄い尾根道に取り付く。


4月30日(月)20:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮4

このあたりの登山道には小石が多く、やや歩き難い。


ここで小休止。
道標No.46の杭が立っている。



注連縄のかかった枯れ木があり、いわくありげだが説明板もなく不明。


Nリーダー(左)より先に歩く参加者の人たち。
リーダーは矢印のシールをコースのポイントに貼らなければならない。
また、シールが入った小袋を持っているので、ストックの類は持つことが出来ない。
両手が塞がってしまうから。
この小袋、以前、Tリーダーにお借りしたが、予想以上に重たかった。



変化の乏しい二ノ瀬ユリを淡々と一本調子で歩く。


4月30日(月)19:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

大龍禅寺_旧河澄家_須波麻神社_野崎観音

2018年4月26日(木)はササユリの会に参加した。
タイトルは「生駒山麓の道~旧河澄家から野崎観音まで~」。

<概要>
近鉄奈良線石切駅より生駒山麓に沿って北上。
まずは大龍禅寺へ。このお寺にお参りするのは初めて。
ここから北東に位置する大龍禅寺不動院は訪れたことがある。
その時は、生駒山の山頂を巻く道から、日下直越(くさかじきごえ)道を下って大龍禅寺不動院に出た。

旧河澄家(かわずみけ)は、江戸時代に庄屋を務めた旧家で、屋敷内部を見学。
推定樹齢約五百年のカヤの巨樹が素晴らしい。
入館無料。東大阪市指定文化財。

続いて善根寺春日神社。
春日神社と名のつく神社が近くに複数ある。
この神社は以前からネット情報を見て知っていたが、訪問するのは初めて。

ここから阪奈道路を潜り抜けて、須波麻(すはま)神社へ行くのが少々難儀した。
須波麻神社は、以前、Y氏と古堤街道(ふるつつみかいどう)を一緒に歩いた時、訪れたことがある。
その時、この神社で昼食だったが、今回も同じ。
古堤街道

大東市立歴史民俗資料館は、地図では「歴史とスポーツふれあいセンター」と記されている。
この施設の2Fと3Fが資料館。尚、現地の看板は「来ぶらり四条」となっている。
表示を統一して欲しいものだ。
資料館では「野崎観音の信仰」が展示されていた。
すぐ隣に宮谷1号墳横穴式石室が野外展示されていたので立ち寄った。

最後は慈眼寺(通称:野崎観音)。
ここは何回か訪れている。
いずれも河内飯森山(いいもりやま)への登山に立ち寄ったもの。

ゴールはJR学研都市線野崎駅。
但し、私の他、5人はその手前、野崎観音前バス停より近鉄バスに乗った。

<コース概略>
9:45近鉄奈良線石切駅北(西)入口10:05_大龍禅寺_東大阪市指定文化財 旧河澄家(かわずみけ)_善根寺春日神社_12:15須波麻(すはま)神社・昼食13:00_大東市立歴史民俗資料館(歴史とスポーツふれあいセンター内)_宮谷1号墳横穴式石室_慈眼寺(野崎観音)_野崎観音前バス停15:08_<近鉄バス>_15:32近鉄けいはんな線新石切駅15:37

<その他>
・参加者総勢13人。
・実歩行距離約12km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
・歩数1万7千歩。

画像はこの日歩いた近鉄奈良線石切駅から野崎観音前バス停までのGPSログを表示。



「日下(くさか)のかや」。
かやの巨樹の右に庭石が見えるが、枯池式枯山水(かれいけしきかれさんすい)庭園が右に続く。
旧河澄家、棲鶴楼(せいかくろう)から撮影。



直越(じきごえ)稲荷大明神。
善根寺春日神社にて。

神武東征と日下直越道
奈良まほろばソムリエの会の記録で、F氏も参加されていた。



大坂城築城残石。
東大阪市善根寺町6丁目。



須波麻(すはま)神社、社殿石段下に立つ、おかげ燈籠。
案内板によると、すぐ近くの東高野街道から移設した。
北面「太神宮 東 なら 木津」。
東面「西 大坂 文政十三年 庚寅十二月吉日」。
北面「南 高野山 世話人若中×」。
南面「北 京 御影踊連中 建之」。
「おかげ燈籠」とは、江戸時代に流行した「伊勢お蔭参り」に、因んで立てられた燈籠。

伊勢音頭
奈良県田原本町矢部の綱掛けで、綱を担いで伊勢音頭で囃しながら村中を練り歩く様子。伊勢音頭は江戸時代に流行った伊勢お蔭参りの名残り。



4月29日(日)19:01 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

ショパン ピアノ協奏曲第一番 聴き較べ

一番手。
いきなりだけど、円熟味が増したお二人。
マルタ・アルゲリッチとヤツェク・カスプシク。
マルタ・アルゲリッチ - Wikipedia
マルタ・アルゲリッチはアルゼンチン出身。この演奏時は68歳。ヤツェク・カスプシクはポーランドの指揮者。

Martha Argerich - Chopin: Piano Concerto No. 1 in E minor, Op. 11 (2010)



二番手。
円熟味の次は重厚なお二人。
エフゲニー・キーシンとズービン・メータ。
最近よく聴く。素晴らしい!
ズービン・メータはイギリス領インド、ボンベイ出身。現代の巨匠と呼ばれる指揮者。
エフゲニー・キーシンはモスクワ出身。
二人はイスラエル国との関係が深い。

Chopin Piano Concerto No. 1 Op.11 Evgeny Kissin



三番手。
一人二役。クリスティアン・ツィマーマンの弾き振り。
クリスティアン・ツィマーマンはポーランド出身。
親日家で知られる。

Krystian Zimerman Plays Chopin Piano Concerto No.1 【High Quality】【Complete】



四番手。
ダニエル・バレンボイムとアンドリス・ネルソンス。
ダニエル・バレンボイムはアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト。
大指揮者でもある。
アンドリス・ネルソンスはラトビア出身の指揮者。

Chopin - Piano Concerto No. 1 (Barenboim)



五番手。
女性同士。夢の共演。
オルガ・シェプスとアグニェシュカ・ドゥチマル。
オルガ・シェプスはモスクワ生まれの今年32歳。
アグニェシュカ・ドゥチマルはポーランドの指揮者。

Frédéric Chopin: Piano Concerto No. 1 e-minor (Olga Scheps live)



六番手。
ラン・ラン。
どんぐりまなこが特徴のラン・ラン。やがて恍惚の表情に変わる。
最初この名前を聞いた時、パンダかと思った。
中国名:郎朗。満州民族。
指揮者は不明。

CHOPIN PIANO CONCERTO NO 1 IN E MINOR LANG LANG 2004



七番手。
マウリツィオ・ポリーニとパウル・クレツキ。
ポリーニはイタリアのミラノ出身。言わずもがな。
パウル・クレツキ(1900-1973)はポーランド出身。

ショパン: ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 ポリーニ 1960



八番手。
アルトゥール・ルービンシュタインとスタニスワフ・スクロヴァチェフスキ。
ルービンシュタインはポーランド出身のピアニスト。特にショパンの演奏は素晴らしい。
スタニスワフ・スクロヴァチェフスキもポーランド出身の指揮者。

ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ルービンシュタイン/スクロヴァチェフスキ Chopin Piano Concerto No 1 in E minor



最後九番手は日本人。
中村紘子と秋山和慶。
中村紘子は1965年のショパン国際ピアノコンクールで、日本人として2人目の入賞者。2016年永眠。
秋山和慶は日本指揮者協会第五代会長。
日本指揮者協会

Chopin Piano Concerto No.1 Op.11 Hiroko Nakamura



4月28日(土)19:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

鴻池新田会所跡_鶴見緑地

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2018年1月25日(木)は、ササユリの会に参加した。
タイトルは「まち歩き 鴻池新田会所跡から鶴見緑地へ ~冬の樹木をさがして~」。

<ポイント>
・大阪府下で一般公開されている三ヶ所の新田会所跡のうち、国史跡・重要文化財となっているのは鴻池新田会所跡のみ。
(残りの二ヶ所は、加賀屋新田会所跡安中新田会所跡平野屋新田会所跡は取り壊された。)
・鴻池新田駅近辺を流れる寝屋川は天井川となっており、そそり立った壁のようなコンクリートの堤防が両岸を守っている。
・花博記念公園鶴見緑地と云えば、イメージするのは“風車の丘”だが今も健在。

<コース概略>
10:04JR片町線(学研都市線)鴻池新田駅10:13_鴻池新田会所跡_寝屋川_鴻池水みらいセンター前_安田住吉神社_道標(右 佐太 京 / 左 守口 道 ×)(春(す)く大坂道)(大峯山上三十三度 先達 武右衛門)(すく大坂×)_古宮神社_12:37鶴見緑地_風車の丘・昼食13:10_鶴見新山_バラ園_鶴見緑地内散策_14:30地下鉄鶴見緑地駅

<その他>
・参加者11名。
・実歩行距離約15km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km含む)
・歩数2万2千歩。

画像はこの日歩いたJR片町線(学研都市線)鴻池新田駅から、地下鉄長堀鶴見緑地線・鶴見緑地駅までのGPSログを表示。



井路川舟(いじがわぶね)と呼ばれる新田内に造られた井路を通り、新田内で採れた米や綿などの作物や荷物を運んでいた川舟が残っている。
江戸時代の大和川では、河内と大坂との間の荷物の運送に「剣先船」(けんさきぶね)が使われており、井路川舟はこの剣先舟の構造を受け継いだ小型船になっている。
これらの舟は、戦後も使われていた。(鴻池新田会所跡の説明板より)



鴻池新田会所跡は、広大な敷地を誇り、見所が多い。
画像左の小学生は社会学習に来ていた。右の巨樹はクスノキ。

google map



鴻池新田駅近辺を流れる寝屋川は天井川となっており、そそり立った壁のようなコンクリートの堤防が両岸を守っている。
下の画像は寝屋川に架かる鴻池橋から“天井川”寝屋川を撮影したもの。



道標。
「右 佐太 京 / 左 守口 道 ×」
「春(す)く大坂道」
「大峯山上三十三度 先達 武右衛門」
「すく大坂×」
道標が設置された辻は小阪街道に面している。



4月27日(金)19:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮3

ハイカーへの注意書。
番号付きの杭は滝谷峠No.2からNo.48まで200m毎に偶数番号で表示される。
この先にNo.48の杭が打たれていた。

また、ユリ道とは山腹を巻く道を意味する。ゆるい→ユリ?
「二ノ瀬ユリ」は、遠く京北町、広河原から炭を運んだ古道と云われている。



左に富士神社と守谷神社の社を左に見て進む。

2つの神社は共通の社を持っている。
守谷神社が近年に起こった洪水によって破壊されたため、富士神社に合祀されることになったとされている。
尚、富士神社は惟喬親王を祀っている。
人文研究見聞録



画像のような“く”の字のカーブが当面2回出てくる。


No.48の杭が現れる。
以下滝谷峠まで200m毎に設置。



山仕事の運搬用モノレール。


4月26日(木)20:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮2

鞍馬川の流れ。
二ノ瀬の地名は一説には惟喬親王(これたかしんのう 844年-897年)が京を追われて隠遁生活を送った際、雲ケ畑の市ノ瀬(=一ノ瀬)に次いでこの地で暮らしたことに由来するといわれている。

T会長の挨拶とNリーダーから今日歩くコースの説明を受けた後、鞍馬川の右岸を歩く。



対岸に見えたイチョウの巨樹。


鞍馬川に架かる「いちょうはし」を右に見送り、東海自然歩道の「夜泣峠」方面へ。
ちなみに、夜泣峠の地名も惟喬親王からみで、幼少の惟喬親王が乳母に連れられ、夜にこの峠を越えた際、夜泣きを催したという伝承に由来する。



引き続き鞍馬川の右岸を歩く。


叡山電鉄鞍馬線の踏み切りを横断。
すぐの分岐で東海自然歩道「夜泣峠」方面への直進を見送り、滝谷峠方面へ右折。



4月26日(木)19:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮1

2018年4月22日(日)は山を登る会に単独で参加した。

<概要>
叡山電鉄二ノ瀬駅下、鞍馬川沿いの集合場所で、M氏、Yさんとバッタリ。
M氏は山を登る会に参加するのは初めて。
この日のコース設定は歩行距離が約13kmと比較的短い。
その為、お二人は参加しやすかったとみられる。

誘い合わせて参加したわけではないので、一緒に歩く義理はなかった。
ところが、歩く距離が短いため、オプションコースが設定されており、それに私が参加すると、ゴールはほぼ同時くらいになるだろうと思えた。
※OPコースは、直谷(すぎたに)林道終点から、魚谷山(いおだにやま)815.97mをピストンしコースに復帰するというもの。所要時間60分弱。

OPには先頭グループにいたF氏、Mさんと三人で参加した。
柳谷峠手前で道に迷ったこと(左折すべきを直進)と、魚谷山から林道終点(柳谷峠への2回目の分岐)へ戻れず(沢から左に上がるべきを沢に沿って直進)、柳谷峠への1回目分岐へ戻ってしまい、アルバイトを強いられた為、70分かかった。(12:15→13:25)
結果、ザラ谷付近でM氏らに追いつき、貴船神社奥宮まで5人揃って下山した。

魚谷山付近は自然林の明るい谷で、貴重な自然が残されており、鈴鹿山脈の雰囲気に似ている。ヤマビルが出ることも。
ザラ谷は、恐ろしく傾斜の急なガレ場が長く続き、ここも記憶に残る場所となった。

<コース>
9:05叡山電鉄二ノ瀬駅_9:36二ノ瀬駅下9:44_京都トレイル出合_叡山電鉄鞍馬線の踏切を横断_京都トレイル夜泣峠方面直進を見送り 滝谷峠方面へ右折_二ノ瀬ユリ道標No.48(以下滝谷峠まで200m毎に設置)_山仕事の運搬用モノレール_道標No.46・注連縄のかかった枯れ木_道標No.34_大岩・夜泣峠分岐を見送り 滝谷峠方面へ直進_途中踏み跡の薄い尾根道に取り付く_<黄色のテープを拾って歩く>_分岐で黄色のテープがある尾根道を左に見送り直進_<二ノ瀬尾根コース>_眺望_右側に獣避けの網に沿って歩く_三叉路(二ノ瀬駅方面を左に見送り 滝谷峠方面へ直進 ここまで歩いて来た道=二ノ瀬尾根コース)_10:50貴船山山頂716m・昼食11:12_<黄色のテープを拾って歩く>_貴船山三角点699.40 二等三角点 点名:二ノ瀬_樋之水(ひのみず)峠_<樋之水谷>_林道出合・樋之水谷分岐_直谷山荘跡(廃墟)_麗杉荘_柳谷峠分岐を左に見送り(丸太の橋を渡らず) 林道を直進_堰堤_堰堤_林道終点・道標(オプションコース←柳谷峠へ)_分岐を直進・道標(←柳谷峠)_沢に沿って歩く_道標(←魚谷山←柳谷峠)_道迷い_柳谷峠・道標(芹生(あしう)峠(尾根道)→分岐を右に見送り左折)_魚谷(いおだに)山 815.97m 三等三角点 点名:柳谷_案内板(「北山の小舎」発祥の地)_分岐を見過ごし直進_丸太の橋を渡る_直谷林道出合_林道終点_滝谷峠・直進 奥貴船橋を経て貴船口駅方面を見送り 二ノ瀬ユリを経て二ノ瀬駅方面へ右折_二ノ瀬ユリ道標No.2_道標No.10_尾根筋から離れ道標のない斜面を左下へ下る(ザラ谷)_奥宮WC_貴船神社_14:56叡電貴船口駅 ★反省会:餃子の王将 出町店(参加者3人) 出町ふたば(和菓子)

<その他>
・リーダーN氏。参加者82名。
・コース歩行距離約13km+オプション魚谷山往復約4km=合計約17km。
・実歩行距離約24km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
・歩数3万5千歩。

画像はこの日歩いた叡山電鉄二ノ瀬駅から鞍馬口駅までのGPSログを表示している。



二ノ瀬駅ホームに設置されていたハイキングガイド「洛北遊歩」。
この日は絵図の左上、オレンジ色で示されている貴船山コース(11km)をベースに、やや難易度の高いバリエーションルートを歩いた。



二ノ瀬駅は相対式ホーム2面2線の無人駅。
歩道橋はなく、線路を横断して改札口のある出町柳駅行きホームに向かう。



この駅は単線区間のほぼ中間に位置し、この駅で列車交換する。
時間があったので駅で待っていると次の列車が到着した。左の列車は出町柳行き。



叡山電鉄で最も山深い雰囲気の駅。
鞍馬川の右岸、山の傾斜沿いに立地している。
画像左はログハウス風の待合室。
新緑の楓が美しい。



4月26日(木)19:54 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

瓢箪崩山_寒谷峠_オショ谷峠_箕ノ裏ヶ岳

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2018年1月21日(日)は、山を登る会の例会に単独で参加した。
山域は京都北山。

<概略>
・兼ねてより歩いてみたいと思っていた瓢箪崩山を山麓の三宅八幡宮から取り付くロングコース設定。
・瓢箪崩山から寒谷(かんや)峠、江文峠分岐、オショ谷峠を経て坂原峠(静原墓地)へ一旦下山。更に蓑ノ裏ヶ岳へ登り返す欲張りなコース設定。坂原峠まで十分歩いたのでここで下山してもおかしくない。
・この山域は里山だが松茸山のエリアもあってハイカーがあまり歩いた形跡がなくワイルドに楽しめた。
・瓢箪崩山頂手前付近から京都洛北ライオンズクラブが設置した番号が付いた道標がありこれを目印に歩く。

<その他>
・リーダーN氏。コース歩行距離約16km。参加者96名。
・実歩行距離約19km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km含む)
・歩数2万7千歩。

<コース>
9:30叡山電鉄八幡前駅_9:35三宅八幡宮9:48_三明院前_岩倉花園町 妙見宮分岐_八瀬秋元町 登山口バス停分岐_道標4_11:12道標5・瓢箪崩山(三等三角点 532.03m 点名:大谷)・昼食11:34_道標6・寒谷峠(かんやとうげ)_道標7・江文峠(えふみとうげ) 金比羅山分岐_道標8_道標9・江文峠 金比羅山分岐_道標10・鬼法教分岐_道標11・オショ谷峠_道標12_道標13・378m峰_道標14_道標15・坂原峠・静原墓地_道標16_道標17・箕ノ裏ヶ岳(三等三角点 432.29m 点名:藤ヶ森)_林道出合_舗装道路出合_佛教大学総合グラウンド前_住心院前_老人ホーム洛翠園前_権土池(ごんどいけ)_石仏群_14:19叡山電鉄岩倉駅_<叡山電鉄>_14:44出町ふたば(和菓子)15:24_15:29京阪出町柳駅

画像はこの日歩いた叡山電鉄八幡前駅から岩倉駅までのGPSログを表示。



瓢箪崩山山頂手前のトラバース道。
落葉を踏みしめながら快適に歩く。



登山道から右(東)方向の眺め。
右から横高山767m、水井山793.9m。
瓢箪崩山山頂手前にて。



瓢箪崩山(三等三角点 532.03m 点名:大谷)山頂で昼食時の様子。
一部、潅木が伐採されており、僅かに展望が開ける。

眼下に見えた高野川に沿った集落は左京区八瀬だろう。
(撮影した画像には写っていない)



住宅地のすぐ近くにこのような自然の川辺が残っているのは珍しい。
左京区岩倉村松町付近を流れる岩倉川。



4月25日(水)20:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

ラフなマニロフを聴いてみよう♪ ラフマニノフ

ラフなマニロフを聴いてみよう♪


Rachmaninoff: Piano Concerto no.2 op.18 - Anna Fedorova - Complete Live Concert - HD



4月24日(火)18:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

二ノ瀬ユリ_貴船山_魚谷山_奥宮

2018年4月22日(日)は山を登る会に単独で参加した。

<概要>
叡山電鉄二ノ瀬駅下、鞍馬川沿いの集合場所で、M氏、Yさんとバッタリ。
M氏は山を登る会に参加するのは初めて。
この日のコース設定は歩行距離が約13kmと比較的短い。
その為、お二人は参加しやすかったとみられる。

誘い合わせて参加したわけではないので、一緒に歩く義理はなかった。
ところが、歩く距離が短いため、オプションコースが設定されており、それに私が参加すると、ゴールはほぼ同時くらいになるだろうと思えた。
※OPコースは、直谷(すぎたに)林道終点から、魚谷山(いおだにやま)815.97mをピストンしコースに復帰するというもの。所要時間60分弱。

OPには先頭グループにいたF氏、Mさんと三人で参加した。
ところが、柳谷峠手前で道に迷ったこと(左折すべきを直進)と、魚谷山から林道終点(柳谷峠への2回目の分岐)へ戻れず(沢から左に上がるべきを沢に沿って直進)、柳谷峠への1回目分岐へ戻ってしまい、アルバイトを強いられた為、70分かかった。(12:15→13:25)
その結果、ザラ谷付近でM氏らに追いつき、貴船神社奥宮まで5人で下山した。

魚谷山付近は自然林の明るい谷で、貴重な自然が残されており、鈴鹿山脈の雰囲気に似ている。ヤマビルが出ることも。
ザラ谷は、恐ろしく傾斜の急なガレ場が長く続き、ここも記憶に残る場所となった。

<コース>
9:05叡山電鉄二ノ瀬駅_9:36二ノ瀬駅下9:44_京都トレイル出合_叡山電鉄鞍馬線の踏切を横断_京都トレイル夜泣峠方面直進を見送り 滝谷峠方面へ右折_二ノ瀬ユリ道標No.48(以下滝谷峠まで200m毎に設置)_山仕事用運搬モノレール_道標No.46・注連縄のかかった枯れ木_道標No.34_大岩・夜泣峠分岐を見送り 滝谷峠方面へ直進_途中踏み跡の薄い尾根道に取り付く_<黄色のテープを拾って歩く>_分岐で黄色のテープがある尾根道を左に見送り直進_<二ノ瀬尾根コース>_眺望_右側に獣避けの網に沿って歩く_三叉路(二ノ瀬駅方面を左に見送り 滝谷峠方面へ直進 ここまで歩いて来た道=二ノ瀬尾根コース)_10:50貴船山山頂716m・昼食11:12_<黄色のテープを拾って歩く>_貴船山三角点699.40 二等三角点 点名:二ノ瀬_樋之水(ひのみず)峠_<樋之水谷>_林道出合・樋之水谷分岐_直谷山荘跡(廃墟)_麗杉荘_柳谷峠分岐を左に見送り(丸太の橋を渡らず) 林道を直進_堰堤_堰堤_林道終点・道標(オプションコース←柳谷峠へ)_分岐を直進・道標(←柳谷峠)_沢に沿って歩く_道標(←魚谷山←柳谷峠)_道迷い_柳谷峠・道標(芹生(あしう)峠(尾根道)→分岐を右に見送り左折)_魚谷(いおだに)山 815.97m 三等三角点 点名:柳谷_案内板(「北山の小舎」発祥の地)_分岐を見過ごし直進_丸太の橋を渡る_直谷林道出合_林道終点_滝谷峠・直進 奥貴船橋を経て貴船口駅方面を見送り 二ノ瀬ユリを経て二ノ瀬駅方面へ右折_二ノ瀬ユリ道標No.2_道標No.10_尾根筋から離れ道標のない斜面を左下へ下る(ザラ谷)_奥宮WC_貴船神社_14:56叡電貴船口駅 ★反省会:餃子の王将 出町店(参加者3人)

<その他>
・リーダーN氏。参加者82名。
・コース歩行距離約13km+オプション魚谷山往復約4km。
・実歩行距離約24km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
・歩数3万5千歩。

画像はこの日歩いた叡山電鉄二ノ瀬駅から鞍馬口駅までのGPSログを表示。



新緑の芽生えが美しい。
貴船山(二等三角点 ▲699.40m 点名:二ノ瀬)付近にて。



渡渉を繰り返す。
樋之水谷(ひのみずたに)にて。



クリンソウ。
直谷(すぎたに)にて。



今西錦司レリーフ。
直谷にて。



4月24日(火)18:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

七三峠_鍋蓋山_洞川梅林_神戸富士44

「北野町中公園」と記されているが、今は一般的に「北野町広場」と呼ばれているようだ。


若者で賑わう北野界隈を元気な爺ちゃん婆ちゃんが、我が物顔で闊歩する。
Tリーダーがかぶる菅笠が珍しいのか、若者に注目されていた。
というか、冷ややかな視線を浴びていた―笑。



女子高生に混じって階段を降りる。
「風見鶏本舗」の店の前を通過。
このお店はチーズケーキが知られているらしい。



北野坂を下る。
右の建物は「スターバックス」。



不動坂との出合いに到着。
この先ゴールは阪急三宮駅。
信号待ちを利用してTリーダに挨拶し、私は阪神三宮駅へ向かった。
おしまい。



4月23日(月)19:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

七三峠_鍋蓋山_洞川梅林_神戸富士43

車道を歩いても同じところへ辿り着くようだが、こちらが近道。


一体、ここはどのあたりなのか、まったく分からない。


住所表示を見ても、土地勘がないのでサッパリ。


前方に異人館らしき建物が現れた。
後でわかったが、この建物は北野町広場の隣にある「萌黄の館」。



北野町広場に出た。左前方の建物は「風見鶏の館」。
こんなところに出てくるとは驚き。
「天神谷東尾根」の“天神”とは、北野天満神社のことだった。



4月23日(月)19:01 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

七三峠_鍋蓋山_洞川梅林_神戸富士42

獣避けの扉を開閉する。


右下に堰堤らしきものが見えた。


左に住宅が現れる。
この時点で山からは下山した。



堰堤らしき建造物を振り返って撮影。
貯水池なのかもしれない。



この先、右前方に続く車道から離れ、左下に降りる小道を歩く。


4月23日(月)18:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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