山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


山歩き

大神神社_巻向山_初瀬山_長谷寺駅

2018年11月11日(日)は、山を登る会の第968回例会に単独で参加した。
山域は奈良中部・桜井。

<はじめに>
例会の通し番号が第968回となっているが、これは台風や雨で何回も順延されたため。
直近の通し番号は11月18日の例会が第1,018回。
この日のリーダーはT氏。
台風等の下見の必要性から通算10回程度一人で下見をされたという。
ご苦労様でした。

<概要>
スタートは近鉄大阪線桜井駅。ゴールは同線長谷寺駅。
この日歩いたコースは過去に何回か歩いており、私にとってお馴染みの山域で特に新鮮味はない。

桜井駅から山辺の道(=東海自然歩道)「仏教伝来の地 碑」へ向かう。
ここから山辺の道を北へ向かって歩く。
金屋の石仏、平等寺境内で旧千円札の聖徳太子像に立ち寄り、大神(おおみわ)神社へ。
檜原(ひばら)神社を経て、車谷(桜井市箸中)で、県道50号線に出合い、纏向(まきむく)川に沿って上流の辻方面へ歩く。

分岐で県道50号線から離れ、右折して奥不動寺へ向かってひたすら舗装道路を歩く。
奥不動寺前で小休止の後、白山方面を左(北西)に見送り、舗装された林道を北に向かって歩く。
台風の影響で道路は舗装が見えないほど、倒木や小枝、落葉が積もっていた。

巻向(まきむく)山(南東峰)三角点分岐で昼食、三角点をピストン。(往復6分程度)
食後は引き続き北方向へ歩く。
左に巻向山(本峰)分岐を見送り直進。
右下にリョウサン池と、高山神社の社を見て進む。

白河(しらが)方面分岐を右に見送って直進。
更にその先の分岐で“く”の字型に右(南東)方向へ。

その後も、いくつか現れる紛らわしい分岐や枝道を見送って初瀬山の北側直下に到着。
山頂に辿り着き、南東方向へ下る。

長谷寺手前の共同視聴アンテナまでは踏み跡が薄く、滑落注意の場所、分岐などをクリアして下る。
共同視聴アンテナから長谷寺境内へ降りる道を左に見送り、直進して初瀬共同墓地方向へ下る。

長谷寺参道に降り立ち、長谷寺駅へ向かう。
途中、Kマート長谷寺店(田畑商店)に立ち寄り、缶チューハイ(アサヒもぎたて 130円)を購入。
このところ恒例となった電車の車中で一人反省会。
お店はこの日が定休日だったが、Tリーダーの計らいで店を開けてもらっていた。

<コース・概略>
9:25近鉄大阪線桜井駅9:52_山辺の道(=東海自然歩道)に合流_仏教伝来の地 碑_金屋の石仏_平等寺(聖徳太子像)_大神(おおみわ)神社_檜原(ひばら)神社_<県道50号線>_奥不動寺_11:54巻向山(南東峰)分岐・昼食・巻向山(南東峰)ピストン12:13_初瀬山548m_共同視聴アンテナ_<長谷寺参道>_Kマート長谷寺店(田畑商店)_13:50近鉄大阪線長谷寺駅

<その他>
・参加者目測90名。
・リーダーT氏
・コース歩行距離約14km。
・実歩行距離約18km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
・歩数2万6千歩。

画像は近鉄大阪線桜井駅から同線長谷寺駅までのGPSログを表示。



旧千円札に使われた聖徳太子像。
平等寺境内にて。



巻向山(南東峰 三等三角点 点名:巻向山 566.87m)。
山頂からの展望なし。



初瀬山548m。
同じく展望なし。



画像はかつて眺望が得られた初瀬山山頂直下から東方向の眺望。
(2005年1月2日撮影)
現在は植林が成長して眺望はまったくない。

おしまい。



11月17日(土)17:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

箕面大滝_開成皇子の墓_丁石道_北千里駅

2018年11月6日(火)はY氏、H氏と私の3人で北摂の山を歩いた。

<概要>
スタートは阪急箕面線箕面駅、ゴールは阪急千里線北千里駅。

箕面駅からまずは箕面大滝を目指して歩く。
自然災害の影響により昨年から通行止めとなっていた箕面滝道の「修行の古場休憩所」から「戻岩橋」までの区間は11月1日11時から通行止めが解除になっていた。
通行止めとなっていた期間に迂回ルートを歩いたことがある。
このルートは階段があってベビーカーやハイヒールでは通行出来ない比較的ワイルドなルート。
このことを二人に話すと、是非歩いてみたいとのことだったので案内することに。

「修行の古場休憩所」の手前で地獄谷方向の道標を見て進み、箕面川に架かる鶴島橋を渡って姫岩から箕面川の左岸を歩く。
地獄谷への分岐を右に見送り、風呂ヶ谷から「戻岩橋」で箕面滝道と合流した。

箕面大滝から府道43号を歩き、杉の茶屋、駐車場前、百年橋前を経て政の茶屋園地へ。
手前にある箕面ビジターセンターはこの日(火曜日)が休館日。

東海自然歩道 西の起点の道標から東海自然歩道に取り付く。
すぐに自然研究路4号線との分岐となり、入口には立入禁止の看板が。
東海自然歩道にも通行注意の看板に手書きで「通行禁止」と表示され、両方の道の入口にトラロープが張られていた。
今更引き返すことも出来ないので、自己責任で歩くことに。
結果、倒木が多数見られたが、危険というほどでもなく、通常の登山の注意で歩くことが出来た。

取り付きから急登が暫く続き、府道4号線に架かる陸橋「ぎふちょう橋」を渡る。
その先からも急登が続き、尾根筋に出てからもアップダウンが続いた。

登山ガイド本によると、東海自然歩道の取り付きから、昼食予定地の「開成皇子(かいじょうおうじ)の墓」まで、所要50分となっていたが、実際は約1時間15分掛かった。
3人で歩く時のペースは、過去の実績より登山ガイド本などの所要時間の概ね1.5倍とみており、この時もピッタリ。
(11:05→12:21 1時間16分)

箕面市が設置した緊急ポイントF6を過ぎると、ブロンズらしき立体方位盤が現れる。
しかし付近は樹木が生い茂り、眺望はまったく得られない。
こういった人造物は、たいてい建てられた当時のままでメンテされないので、無用の長物になってしまう。

「箕面のいし(チャート)」、「森林は緑のダム」などの説明板を見ながら歩くと小ピークに到着。
最勝ヶ峰540mと記された私設の山名板が木に括り付けてあった。
トラテープが張られ、その先に鎖で囲まれた自然石が見えたので立ち寄る。
ところが説明板はなく自然石の由緒は不明。
その先に宝篋印塔が見えたので、少し藪コギすると、「開成皇子(かいじょうおうじ)の墓」の裏側に出た。
正面は反対側(北東)に見えたので、反対側へ回り込む。

木道があったが、ここにもトラテープが張られていた。
木道を恐る恐る歩いたが、一部床が抜け落ちているところがある。
直ぐ下に迂回路が用意されていたので、こちらを歩いた方が良かった。

木道は「開成皇子の墓」の前で迂回路と合流。
この時点で時計は12時20分を少し過ぎておりここで昼食となる。

昼食後、再び歩き出し緊急ポイントF5に到着。
ここは分岐となっており、右折(南)は勝尾寺境内へ。
左折(北)は自然研究路8号線を経て清水谷方面。
コースは直進(北東)して東海自然歩道(=豊能自然歩道)を歩く。

暫く穏やかな登り道が続き分岐となる。
正面に石造りの立派な階段が現れ、その先に数基の宝篋印塔が建ち並んでいた。
勝尾寺と関係がありそうだが説明板もなく不明。
分岐まで戻り、左折して「勝尾寺裏山園地」へ向かう。

すぐに分岐となり、緊急ポイントJ6に到着。
ここで東海自然歩道を離れ、右折して自然研究路8号線を勝尾寺園地へ向かって下る。
この道は昨年(2017年)8月に逆方向から歩いたことがある。
一年前と比べ、登山道は荒れている感じ。

勝尾寺園地で少し休憩した後、勝尾寺入口へ。
拝観はせずに土産物の店(お休み処 花の茶屋)に立ち寄る。

土産物の店正面から、府道4号線を横断して丁石道に取り付く。
国土地理院の地図では、「勝尾寺旧境内 牓示八天石蔵(ぼうじはってんいしぐら)および町石」と表示されている。国史跡。

丁石道に取り付いて石の階段を暫く登ると、やがて「勝尾寺 旧参道一町石」、続いて「同二町石」が現れる。
その後、すぐに分岐となり、自然研究路5号線を右に見送り丁石道を直進。
ここから先、旧西国街道の勝尾寺大鳥居まで約4kmは初めて歩く。
この道は丁石道となっており里に下るまでは完全な登山道。

「しらみ地蔵」分岐を右に見送り、外院(げいん)方面へ直進。
外院とは、帝釈寺を指す。
下山後、立ち寄った帝釈寺の縁起によると、勝尾寺に清和天皇がお参りした際、勝尾寺を内院、帝釈寺を「外院」と称したとされる。

「勝尾寺 旧参道三丁石・・・四丁石・・・」を観て歩くと、「勝尾寺旧境内 牓示八天石蔵(ぼうじはってんいしぐら)」に到着。

その後、古い石仏などを愛でながら、残された八基の丁石を確認して下る。
やがて緊急ポイントC2に到着。
ここは旧参道と古参道の分岐となっており、丁石道である古参道(=外院尾根)を歩いてC1で合流した。

大畑中池などいくつかの池を右に見ながら下る。
獣避けの金網の扉を開閉すると、左右に田んぼや畑が広がっており、この時点で山から下山した。
丁石は田んぼの畦道にも続いており、その先、旧西国街道の勝尾寺大鳥居まで、街中でもいくつか見ることが出来た。

帝釈寺北(交差点)で府道9号線を横断し「宝生山 帝釈寺」に立ち寄る。
勝尾寺口交差点でR171を横断し、旧西国街道に合流。
勝尾寺大鳥居を見て旧西国街道を西方向へ歩く。
今宮交差点の南で旧西国街道を離れ府道119号線を南へ歩き、16時20分阪急千里線北千里へゴールした。

画像はこの日歩いた阪急箕面線箕面駅から阪急千里線北千里駅までのGPSログを表示している。



<コース概略>
8:50阪急箕面線箕面駅9:19_箕面大滝_政の茶屋園地_東海自然歩道西の起点_<東海自然歩道>_12:20開成皇子(かいじょうおうじ)の墓12:49_勝尾寺園地_勝尾寺前_<町石道(古参道)>_勝尾寺大鳥居・<西国街道>_16:20阪急千里線北千里駅

<その他>
・参加者3名。
・実歩行距離約20km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km、大阪駅~阪急梅田駅往復1.0km等を含む)
・歩数2万9千歩。
・「勝尾寺旧境内 牓示八天石蔵(ぼうじはってんいしぐら)および町石」について
箕面市教育委員会の資料によると、八天石蔵とは、寛喜二年(1230)、麓の村々との境界紛争が解決した時に、勝尾寺の寺領を示すため、旧境内の四方8ヶ所に設けられた牓示(境界を示す標識)のこと。
銅造の仏像を信楽(しがらき)焼の容器に入れて土の中に埋め、その上に石積みの壇を設けたもので、仏像・容器ともに発掘され、重要文化財に指定されている。
この種の遺構としてきわめて珍しく、単に寺の遺構としてだけでなく、領地の保護がいかに行われたかという社会事象の資料としても貴重で保存状態もよく、旧参道に残る町石8基と合わせて、1966年(昭和41)に国史跡に指定された。
町石は、元々西国街道から分かれる36町の参道に1町ごとに建てられていた標石で、現存するのは8基のみ。
1247年(宝治1)建石の記録があり、花崗岩製の一石五輪で、地輪が長く、梵字、町数、願主が刻まれており、町石としては最古のものとされる。

......................................

東海自然歩道、府道4号線に架かる陸橋「ぎふちょう橋」の橋上から箕面川ダム方面の眺望。

左後方の山は堂屋敷553.4m。長谷を挟んで右のピークは長谷山568.2m。



鎖で囲われた自然石。
説明板なし。

「開成皇子の墓」の裏側(南)にて。



「開成皇子の墓」。

開成 (僧) - Wikipedia によると、開成(かいじょう、神亀元年(724年) - 天応元年10月4日(781年10月25日)は、奈良時代の僧。
父は光仁天皇で、桓武天皇の庶兄。摂津国勝尾寺の開基と伝えられる。一般には開成皇子と称されることが多い。
765年(天平神護元年)宮中を出て勝尾山に入って禅居し、善仲・善算の二人の師に出会って出家・受戒した。
両師の発願した大般若経書写の遺志を継ぎ、八幡大菩薩の加護を受けて6年の歳月をかけて完成させたという。
勝尾山中にその経を安置する道場を建立し、弥勒寺(勝尾寺)と号したという。
781年(天応元年)に58歳で没し、摂津国の勝尾寺裏の最勝ヶ峰山頂(現・大阪府箕面市の明治の森箕面国定公園内)に葬られた。
墓は現在「開成皇子墓」として宮内庁管理となっている。



七丁石。

勝尾寺 旧参道 丁石道にて。

おしまい。



11月14日(水)16:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

ブログに繋がらず

★11月3日(土)から13日(火)まで、ぶっとびねっとのサーバーに繋がらない状態でした。
この間の山行は下記の2つで順次アップロードします。

・2018_11_06 箕面大滝_開成皇子の墓_丁石道_北千里駅
・2018_11_11 大神神社_巻向山_初瀬山_長谷寺駅

以上です。



11月14日(水)06:28 | トラックバック(0) | コメント(2) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道42

昭生病院前を通過。


市バス六甲台南口バス停前を通る。


阪急六甲駅を示す案内板。


13時38分、阪急神戸線六甲駅に到着。


阪急電車の車内で一人反省会。
「サッポロ リモンチェッロ イタリアンレモンリキュール」、スッキリとした美味しさ。
アルコール度数8%。税込150円くらい。
冷房の効いたホームの待合室で撮影。

おしまい。



10月29日(月)18:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道41

この先、車道に合流。


「ハイキングコース案内図」が設置されていた。

この日歩いたコースは、御影駅から渦森台、寒天山道を歩いて油コブシ道と合流。
六甲ケーブル山上駅から記念碑台で昼食。
再び、山上駅から油コブシ道を下って、六甲ケーブル下駅が現在地。
六甲川に沿って下り、阪急六甲駅がゴール。



六甲ケーブル下駅を振り返って撮影。


バス道に沿って歩く。
歩道は完備されている。



分岐は右。
バス道を歩く。



10月29日(月)18:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道40

道標。
「六甲ケーブル下駅0.6km」。



左の建物は「有料老人ホーム六甲台翠光園」。


アスファルトの坂道を下る。


このあたりの建物はどれも有料老人ホームの類。


引き続きアスファルトの坂道を下る。


10月27日(土)18:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道39

フェンスが現れると下山が近い。


フェンスに沿って下る。


右下の階段を降りる。


「きしろ長寿の里」(特養老人ホーム)の裏側に出る。


この先、階段を降りて右折。


10月27日(土)18:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道38

一列になって下る。


九十九折の登山道。


鶴甲(つるかぶと)へ。
六甲ケーブル下駅まで1.0km。



見通しがよく、明るい登山道。


赤い実が生っている。
モチノキの仲間、クロガネモチかも。



10月27日(土)18:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道37

二つ目となる送電線鉄塔下を通過。


石の階段を下る。


登山道脇に埋められた道標。
「高羽道」を示している。
コースは「鶴甲」へ。



鶴甲まで距離0.5km。

“鶴甲”とは灘区鶴甲を指す。



かなり下って来たが、下山はまだもう少し先。


10月25日(木)19:47 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道36

送電線鉄塔が現れる。


プラスチック階段をリズミカルに降りる。


この先分岐。
どちらを歩いても鶴亀・阪急六甲駅へ行けるが、この日は“ゆるい道”を歩いた。



分岐。
三叉路になっている。
コースは右折。



分岐に立つ道標。
左折すると、朝、歩いた渦森台(うずもりだい)方面へ繋がっている。
この道は「高羽道」と呼ばれている。

画像は分岐を振り返って撮影。



10月25日(木)19:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道35

落葉の下に階段が現れる。

先頭を歩くAさんが私に「先に行きますか」と声を掛けた。
「いえ、これくらいのペースが丁度」と応えた。



明るくて見通しのよい登山道。


伐採地を通過。


前を歩いていた男性がパチリ。
この男性は顔見知り。
山を歩く会の参加者。



前方に先頭集団が現れる。
先ほどの男性は先頭集団のラストを歩いていた。



10月25日(木)19:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道34

風通しが悪そうで埃っぽい感じ。
積極的には休憩したくない場所。



前方に眺望が得られる場所がある。


しかし、生憎霞んでおり、休憩せずに通過。


登山道に石があって少し歩き難い。


この先、急坂を下る。
落ち葉で滑りやすい。



10月24日(水)18:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道33

三角点にタッチするAさん。

三等三角点の点名は清水、標高625.52m。
油コブシの名前は諸説あるが、昔、灘の菜種油を有馬へ売りに行った時に歩いた道と言われ、急坂で油をこぼしたのが、“油こぶし”になまったとされている。



前を歩く男性もタッチした。


更に後を歩いていた男性もタッチした。

このグループはそういう習慣なのかもしれない。



三角点から先は急坂となる。
このあたりで、きっと油をこぼしたのだろう―笑。



右に東屋が現れる。

周りの樹木が生い茂って、東屋からの展望は得られない。



10月24日(水)18:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

寒天山道_記念碑台_油コブシ道32

分岐に到着。


行きは左の寒天山道を歩いて来た。
下山は右の油コブシ道を歩く。



石の道標には「土橋阪急六甲」と刻まれている。

“土橋”とは旧六甲越有馬鉄道により運行されていた“土橋駅”を云い、現在の「六甲ケーブル下駅」を指す。
資料によると、土橋駅の名称が使われていたのは昭和7年から昭和47年までの期間。



落ち葉が積もったふさふさの登山道を下る。


分岐だがすぐ先で合流する。

左の“きつい道”を歩く。
左の道に油コブシの三角点がある。



10月24日(水)18:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

小女郎峠_蓬莱山_打見山_天狗杉

2018年10月21日(日)は、山を登る会の第1,005回例会に単独で参加した。
山域は比良山地。

<概要>
10月も下旬となり、朝晩は肌寒い日が続いている。
今回は久々となる1千メートルを越える山で、山頂は風が強く寒いかもしれないので、ウインドブレーカーを持参した。
ところが、雲一つない快晴でお日様がギンギラ照っており暑いくらい。
登山途中は、汗で顔がずぶ濡れ、団扇が手放せなかった。
ペットボトルを2本、カチカチに凍らして持参したが正解だった。

スタートはJR湖西線蓬莱駅。
薬師の滝を経て小女郎峠(こじょろとうげ)に登り詰め、比良縦走路を北に向かって歩いた。
この日歩いたコースの内、縦走部分は何回か歩いているが、薬師の滝から小女郎峠を歩いたのは、2005年8月以来13年振り。
小女郎谷は滑落注意の場面が何ヶ所かあって、バリエーションルートと呼べるだろう。
フィクスロープが4箇所取り付けられていた。
小女郎峠付近はV字型の谷を直登する。
両手で体を持ち上げる場面もあった。
途中まで滋賀県立大学の交換留学生(ミシガン州立大学)の学生と一緒に歩いた。

蓬莱山の山頂付近に新しく造られた展望デッキで昼食。
下山は打見山からクロトノハゲを経て天狗杉へ。
キタダカ道を歩いて志賀駅にゴールした。
この下山道は、どちらかと云えば正統的な登山ルートで安全に歩ける。
但し、小石が多く荒れているので気は抜けない。
途中、R161(湖西道路)の高架下付近で、猿の集団の移動に遭遇した。

<コース概略>
JR湖西線蓬莱駅_薬師の滝_<小女郎谷>_小女郎峠_蓬莱山・昼食_打見山_クロトノハゲ_天狗杉_<キタダカ道>_脇山橋_木戸登山口_JR湖西線志賀駅

<コース詳細>
9:18JR湖西線蓬莱駅(標高90m)9:53_ハイキング地図_道標(小女郎峠を経て蓬莱山)_八屋戸川(はちやとがわ)に架かる藤ノ木橋を渡る_道標(←JR蓬莱駅 小女郎峠を経て蓬莱山→)_石仏群_蓬莱苑デイサービスセンター前_分岐を左へ_道標(←小女郎峠を経て蓬莱山 JR蓬莱駅→)_送電線下を潜る_道標(←JR蓬莱駅 小女郎峠を経て蓬莱山→)_分岐を直進_R161(湖西道路)に架かる陸橋、脇山橋を渡る_分岐を左へ・道標(←小女郎峠 蓬莱山)_分岐を右折(小女郎峠を経て蓬莱山→)_太陽光発電パネル_分岐を直進_東屋・休憩案内板(小女郎ヶ池 薬師滝コース一寸一ぷく)_記念碑(福谷の郷 滋賀県知事 國松善次書)_福谷川に架かる橋を左に見送り福谷川に沿って歩く_注意板(砂防指定地 土石流危険渓流 福谷川)_堰堤を右へ_道標(←小女郎峠を経て蓬莱山)_<福谷川(小女郎谷 渡渉を繰り返す)>_ヤマトリカブト_マムシグサの実_レスキューポイント 小女郎峠1_フィックスロープ合計4回_放置されたマウンテンバイク_レスキューポイント 小女郎峠2_小女郎峠(こじょろとうげ)1,080m・道標(←権現山・花折峠 ↑小女郎ヶ池 →蓬莱山・ゴンドラ山頂駅 ↓JR蓬莱駅)・_レスキューポイント 縦走-22_リンドウ_道標(←小女郎峠 蓬莱山山頂→)・石仏群_12:19蓬莱山(一等三角点 点名:比良ヶ岳 1,173.94m)・昼食12:42_ホーライリフト乗り場前_マウンテンホーク乗り場前_分岐を左へ・案内板(右方向、打見山頂・クロトノハゲ方面へはリフト沿いの道を進んで下さい)_注意板(登山道困難)_天命水_びわ湖アルプスゴンドラ線の下を潜る_鳥居前_真心の塔前_道標(クロトノハゲ・ゴンドラ山麓駅・JR志賀駅)_道標(←クロトノハゲを経て天狗杉 JR志賀駅)_道標(天狗杉・志賀駅→)_道標(クロトノハゲ→)_クロトノハゲ953m_道標(JR志賀駅→)_ケルン_天狗杉_<キタダカ道>_堰堤_大川左岸を下る_分岐を左へ_大川に架かる脇山橋を渡る_堰堤_木戸登山口_猿の集団に遭遇_道標(←木戸 JR志賀駅)_R161(湖西道路)の高架下を潜る_送電線の下を潜る_石仏群_愛宕大神_愛宕大神_JR湖西線の高架下を潜る_14:33JR湖西線志賀駅14:40

<その他>
・参加者101名。
・リーダーN氏
・コース歩行距離約13km。
・実歩行距離約17km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
・歩数2万5千歩。

画像はこの日歩いたJR湖西線蓬莱駅から湖西線志賀駅までのGPSログを表示。



リンドウ。
比良縦走路にて。



昼食場所となった蓬莱山頂に新設されていた展望デッキ。


蓬莱山から打見山への登山道に遊具施設(スカイウォーカー)が新設されており、リフト沿いの道を歩いて、急階段を降り、登山道に合流した。

画像は新設された遊具施設。



天狗杉。
キタダカ道にて。

おしまい。



10月23日(火)17:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


(1/211ページ)
>1< 2 3 4 5 6 7 8 9 10 最後