山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2014年6月を表示

西国街道30

古民家の屋根。デザインされているのは家紋か。


名神高速高架下を潜る。


面白い。良く出来ていると思う。


茨木市上穂積二丁目の旧道を歩く。


やがてJR茨木駅に到着。駅前の歩道橋下で解散となった。ご苦労様でした。おしまい。


6月30日(月)22:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道29

茶室。説明によると四国丸亀藩主京極能登守から拝領したものといわれている。中は公開されていなかった。


郡山宿本陣を後にする。この後、コースはゴールのJR茨木駅に向って歩く。


郡神社分岐を見送る。


満開のサツキ。


児童横断の注意看板。ピンクのスカートが可愛い。


6月30日(月)22:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道28

展示室に展示されていた唐臼(からうす)。


本陣の意味、郡山宿本陣の特色についての簡単な説明パネル。


これが椿の本陣と言われた初代の椿の老木。


牢屋。説明によると、搬送している囚人を宿泊させる際、本陣内に仮の牢獄を作って、ここに囚人を閉じこめておくための設備であるという。


中蔵に展示されていた天秤など昔の道具。


6月30日(月)22:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道27

軒下には消火ポンプが吊り下げられていた。吊り下げている棒は駕籠を担ぐ棒のようにも見える。


この地方では「カマヤ」と呼ばれているようだ。かまど。


早駕籠、説明によると「揺れで乗っている人が酔ったりしないように、 担ぎ手には技術が必要」とのこと。


納屋。


説明によると、かつては厩(うまや)として用いられていた。現在は展示室になっていた。


6月29日(日)21:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道26

郡山宿本陣(こおりやまじゅくほんじん)に到着。


屋敷の西側にある正門、御成門(おなりもん)の傍にあった椿の木が、毎年五色の花を咲かせたことから、別名「椿之本陣」と呼ばれていた。


茨木市教育委員会が設置した説明板。国の史跡になっている。


同じく茨木市教育委員会が発行した「郡山宿本陣」のパンフレット。見学は事前予約制となっている。


パンフレットの裏面。記載の通り江戸時代にタイムスリップした気分が味わえた。


6月29日(日)21:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道25

西国街道、茨木市宿川原町を歩く。豊川駅付近から行政区は箕面市から茨木市に変わっていた。


「宿河原西会場」の看板が掛かったところに道標がいくつかあった。
※ネット情報によると、画像中央の道標は、「右 かつをうじ」と読むらしい。
左にも道標が見える。



こちらの道標は折れているようだ。
※ネット情報によると、現在は折れているが元は「(右そう)じ寺 (京) 大坂道」「文化五戊辰極月日 (郡山駅子)供中 建之」とあったらしい。( )内は欠損個所。



三つ目の道標。
※ネット情報によると、「すぐ かちをうじ道」。更にもう一基道標があったようだが、気付かなかった。



郡山宿本陣(椿之本陣)へ向って西国街道を歩く。


6月28日(土)21:46 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道24

出発時点で案内された通り、この日は真夏日だったので、大事をとってコースを途中で切り上げ、ここ「豊川」駅で解散となる。


そして、当初の予定であった郡山宿本陣を経てJR茨木駅まで歩く希望者を募られた。全体の1/3程度かそれより少ない人がJR茨木駅まで歩かれたと思う。


「豊川」駅前を出発、すぐに道標があった。郡山宿本陣まで約1.5kmとなっている。


勝尾寺川に架かる「やましたばし」を渡り、右手に春日神社のこんもりとした森を見て歩くと、道標が現れた。「是ヨリ 豊川学校 勝尾寺  粟生 宿久庄 清水 道」。
※ネット情報によると、宿久庄は川端康成が育った村で豊川小学校は川端康成と笹川良一が一緒に学んだ小学校だとか。



新鍛冶屋橋北詰交差点から勝尾寺川に架かる「かじやばし」を渡る。画像は西国街道をイメージした橋に描かれたイラスト。


6月28日(土)19:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道23

ここも路肩に化粧石が敷かれていた。前方に見える森が小野原東公園。


小野原東公園に到着。トイレ休憩となる。画像は休憩後、これから出発するところ。


民家の塀を利用して祀られているお地蔵さん。


門柱に何故か「見ざる、聞かざる、言わざる」のお猿さんたち。


やがて前方に大阪モノレール「豊川」駅が見えてくる。


6月28日(土)19:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道22

三叉路。角に小さなお堂があり、立ち寄りたいところだが、団体行動なので写真だけ撮影してそのまま通過。


右の道標は「左 京ふしみ道」。その後の石碑には「楠水龍王之地」と彫られている。
※ネット情報によると、延元元年(1336)楠木正成が兵庫湊川へ出陣の途中小庵で冷たい井戸水を賞味したと伝えられている。後に茶店ができ、旅人が名水として愛飲したという。その井戸は現在民家の庭にあるようだ。



箕面市教育委員会が設置した「春日神社のお旅所と西国街道」の説明板。それによると、先程の道標「左 京ふしみ道」は享和二年に建てられた。また、その右に見えていた常夜燈は村への厄病の侵入防止を祈願して建てられていた。


こちらが「春日神社のお旅所」。最近、整備されたようだ。


西国街道沿いに祀られていた石仏。祠はレンガで作られている。


6月27日(金)22:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道21

新しく設置された道標。勝尾寺まで4kmと表示。


「勝尾寺大鳥居」。住所は箕面市粟生新家二丁目。


引き続き西国街道を歩く。


箕面市小野原東三丁目となる。街道脇の常夜燈。


ここも街道の路肩には化粧石が敷かれている。


6月27日(金)21:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道20

R171と新御堂筋の高架が交差する萱野の交差点に出る。道路に徒歩帰宅者支援ルートの表示があった。


西宿二丁目の交差点からR171と分かれ旧道(西国街道)を歩く。


道標。勝尾寺大鳥居まで、0.8km。


勝尾寺旧参道との出合いに到着。


これは丁石で「三十六町」と表示されている。ここは勝尾寺への表参道の起点で勝尾寺まで4kmということになる。(109m×36=約4km)


6月27日(金)21:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道19

萱野家と三平に関する詳しい説明板。


こちらが涓泉亭(けんせんてい)の建物。


萱野三平旧邸を後にする。


西国街道を歩き、道標に見える「勝尾寺大鳥居」へ向う。


西国街道沿いの旧家。


6月26日(木)22:17 | トラックバック(0) | コメント(2) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道18

涓泉亭(けんせんてい)開館に至る経過。箕面市が設置したものだろう。


宿札(関札)。


説明によると大名が宿泊することを告げる札。


中庭。井戸も見える。


萱野三平、切腹の間。


6月26日(木)21:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道17

いかにも旧道と云った趣が残る西国街道を歩く。


やがて立派な屋敷に到着。


大阪府指定史跡、萱野(かやの)三平旧邸。
※箕面市のHPによると、「赤穂浪士として歴史に名を刻み、俳諧の世界にもその足跡を残した萱野三平(俳号・涓泉)の旧邸長屋門は、元禄の面影を今に残す歴史遺産として、大阪府の史跡に指定されている。涓泉亭(けんせんてい)は、三平や西国街道に関する資料の展示コーナーや句会や茶会利用できる和室を備えている。」



ここは中に入って見学。


入館は無料。


6月26日(木)21:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

西国街道16

西脇公園を後にする。住所表示は箕面市稲二丁目。


再び西国街道を歩く。路肩部分は石畳風のカラフルな歩道。


石仏群が見られたが、立ち寄らず通過。


箕面市立病院を右に見て歩く。手前の畑は綺麗に整地されている。


「芝村の高札場跡」に設置された案内板。案内板によると現存しないが、萱野地区の西国街道沿いには一里塚があったと推測されるらしい。


6月26日(木)20:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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