| 天王寺七坂+三坂5 |
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| 天王寺七坂(+三坂)の一つ、2.生玉公園坂を西に通り抜け、松屋町筋に出て右折。(北)
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| 「無衰山(むすいざん) 淨國寺」に立ち寄る。
右の石碑には「圓光大師御分骨霊場」と刻まれている。 “圓光大師”(えんこうだいし)とは、浄土宗の開祖である法然上人を指している。 (没後486年の1697年に東山天皇より贈られた諡号)
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| 淨國寺は「夕霧大夫の眠るお花の寺」として知られている。 【AI による概要】 夕霧大夫(ゆうぎりたゆう)は、江戸時代前期に京都・島原や大坂・新町で活躍した、伝説的な名妓(太夫)です。 絶世の美女と評され、歌舞伎や浄瑠璃の題材ともなりました。
夕霧大夫のプロフィール ・人物: 本名は「てる」。京都の嵯峨で生まれ、島原の置屋「扇屋」に身売り奉公しました。 ・名妓: 京都の「吉野大夫」、江戸の「高尾大夫」と並び、寛永三名妓の一人と称された最高位の遊女です。 ・大坂への移籍: 1672年、扇屋の移転に伴い大坂・新町に移りました。 その際は、京都から淀川を下る彼女を人々が淀川べりで待つほどの大評判でした。 ・芸事: 美貌だけでなく、歌、俳諧、茶の湯、華道、琴、三味線、踊り、書道など諸芸に通じていました。
没後と影響 ・早すぎる死: 1678年に27歳の若さで亡くなりましたが、その死は大坂中で惜しまれました。 ・作品の題材: 近松門左衛門の浄瑠璃『夕霧阿波鳴渡』や、その改作である歌舞伎の『廓文章(吉田屋)』に登場する人物のモデルとなりました。 ・夕霧忌: 彼女が客と遊んだ料亭「吉田屋」では、没後より追善供養「夕霧忌」が行われました。 現在も大阪市天王寺区の浄国寺などに墓が存在します。
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| 山門を潜ると、 右、「圓光大師 御廟所→」。 左、「←夕霧大夫」の案内板。
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| 「圓光大師 御分骨 御廟所」。
つづく。
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5月1日(金)06:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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