山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2014年3月を表示

音羽三山_展望台3

ロウバイの花が満開。平地では花期は過ぎている。このあたりは気温が低いので開花が遅い。


お地蔵さん。顔の輪郭が不自然に見える。


丁石。火袋のある笠形石塔婆で、「永代 音羽山 十七夜 六丁 施主×× 今井町××」。


やがて分岐となる。右は百市(もものいち)の集落へ。観音寺へは左の舗装された急坂を登る。


七丁の丁石。十七夜と彫られているが、毎月十七日が観音縁日として法要が営まれている。


3月31日(月)21:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

音羽三山_展望台2

音羽橋を渡ってすぐ、三叉路となっている南音羽掲示板の前で、リーダーから今日歩くコースの説明があった。特に観音寺から先、バス停・多武峯までトイレがないので注意。


アスファルトの道を一団となって歩いて行く。


すると、一台のタクシーが下から登って来た。後でわかったが、このタクシーには、バスに乗り遅れた参加者の女性が乗っていた。


ソメイヨシノと見られる。蕾が膨らんでおり、開花は近いだろう。下山時には開花していると云った人もいたが、どうだろうか。


南音羽の集落の中を歩いて行く。所々、丁石が見られる。


3月31日(月)21:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

音羽三山_展望台1

2014年3月23日(日)は、龍門山地の北、桜井市と宇陀市の市境に位置する音羽三山を音羽山登山口、下居バス停から縦走した。下山は大峠を経て不動滝バス停。Webサイト「石仏の辻」のウォーキングイベントに参加したもので、この山域は同イベントの下見or本番で、最近2回歩いており、この日が3回目となった。

コース・タイム
9:15(集合)桜井駅南口バス停9:25発_談山神社行バス_9:41下居バス停_9:45南音羽掲示板前9:50_10:09百市分岐_10:20道標_10:35無常橋_10:43観音寺・休憩11:06_11:10展望台取付_11:30展望台・昼食12:13_12:47音羽山12:52_13:13経ヶ塚13:25_13:45鞍部_14:15熊ヶ岳14:19_14:40反射板14:52_15:00大峠15:05_15:12鉱物(黄鉄鉱)採取15:25_15:54針道勧請綱_15:59不動滝前_16:30不動滝バス停16:41_桜井駅南口 ★反省会_大和八木駅前 17:21橋もとや19:16

画像は自宅近くの蛙股池。一時、池の水が抜かれていたが、水位はすっかり回復している。



桜井駅南口にて撮影。桜井駅はJRと近鉄の共有駅舎となっている。


談山神社行バスの車中にて。予想以上に乗客が多かった。


音羽山登山口である、下居(おりい)バス停で下車する。いつも思うのだが、明日香村に上居という大字がある。読みは“じょうご”だが、何か関係があるのかもしれない。


寺川に架かる音羽橋の手前に道標がある。「音石山 観音霊場 従是十八丁」と彫られているようだ。


3月30日(日)22:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城28

Yさんが下調べされていた「うまいもん酒場 えこひいき」へ。全品299円とリーズナブル。「贔屓屋」の姉妹店らしい。


このツマミはいくら食べてもサービスというから太っ腹。


注文はすべてタッチパネル。


居酒屋を出た後、変な人形がいたので撮影。


変な人形その2。尚、事故に遭われた男性は三ヶ所骨折され、その日のうちに松葉杖で帰宅されたらしい。お大事に。


3月29日(土)22:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城27

リーダーが不在となり、この日の山行は、これで打ち切りとなる。予定ではこの後、幾つかの神社や史蹟を訪れ、長滝駅から阪和線に乗ることになっていたがすべてキャンセル。この為、最短距離の駅である日根野駅まで徒歩で向うことになった。画像は駅に向って歩いているところ。


梅の花が満開。良い匂いがした。


こちらはキャベツ畑。泉州キャベツは有名。いくつかブランドがあるようだ。画像は「彩音」か。


阪和線、日根野駅に到着。


この日の反省会は阿部野橋駅近辺となった。画像はあべのハルカス。


3月29日(土)22:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城26

ようやく土丸城址の登山口に下山。後続の人達を待つ。画像は登山口に立っていた道標。


しかし10分ほど待っても、後続の人達は現れない。いくらなんでも遅すぎる。画像は登山口から府道62号へ向う道を撮影。


その頃、Yさんが様子を見てくると云って一人で登って行かれた。そのYさんもなかなか戻ってこない。暫くして、私の携帯にYさんから着信があり、参加者の男性が足を故障して自力で下山出来ないので、手を(肩を)貸してあげて欲しいとのことだった。画像はなかなか下山されないので心配して下山方向を眺めている参加者の皆さん。


登山口から3分程登ると登山道に男性がうずくまっておられ、立ち上がることは出来ても、足が痛くて体重を掛けられないとのことだった。傾斜がとても急な坂道で、二人で彼を抱えて下山することは、二次災害の危険性もある。K氏が救援隊を呼ぶことを提案。その場に居合わせた皆がこれに同意した。画像は担架に乗せて救出される場面。


救援隊の方は6人登ってこられ、4人が担架を持って、急な登山道を下って行かれた。画像は府道62号で待機していた救急車に乗車されるところ。この後、リーダーが救急車に同乗して病院へ向われた。


3月29日(土)21:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城25

送電線鉄塔から、土丸城址の頂上方向を振り返って撮影。


落ち葉の積もったカンジの良い登山道を下る。


やがて激下りとなる。足元には小石があり歩きにくい。おまけに階段の残骸と見られる鉄の楔があって非常に危険。画像にも二ヶ所写っている。(ストックの先のあたり)


鉄の楔や、登山道の障害物には、画像右下のような赤テープが貼ってある箇所もあって有難い。


最後の下り。ここを下れば登山口。


3月28日(金)21:04 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城24

登山道は危険な箇所もあり気が抜けない。


小富士山260mと同じ高さくらいまで下ったかな。


岩肌は花崗岩でザラザラと滑りやすい。ストックは必携。


やがて送電線鉄塔が現れる。少し休憩。


ここからの眺望も良い。眼下の高架道路は阪和道。かなり下ってきた。


3月28日(金)20:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城23

H氏に(泉州)小富士山が望める場所へ案内してもらった。画像中央が小富士山。


山頂で暫く休憩し下山を開始。


下り始めは、緩やかな登山道が続いていた。


この下山道でも、所々、眺望が得られるところがあるので、退屈しない。


眼下の池は大池とみられる。この山も花崗岩の岩稜のようだ。


3月28日(金)19:52 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城22

やがて登山道が平坦になると、土丸城287mに到着。城跡らしく台地状になっている。


「土丸城由来」の説明板。文字が薄れて読みづらい。この山は行政区としては泉佐野市だが、先程の熊取町の雨山と違って整備されていないようだ。


山頂には小さな鳥居と祠がある。


祠の扉を開けてみると。


中には吉祥天女像と見られる絵画があった。これを祀っているとは思えないが。


3月27日(木)20:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城21

分岐。直進すると泉佐野へ。ここは左折し土丸城址へ向う。


左(南)方向は展望が良い。


登山道は比較的険しくストックは必要。あいにくこの日私は持たなかった。


時々、展望が開けるので快適。


土丸城への登り返し。


3月27日(木)19:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城20

名前から想像して、月見の場所だったのだろう。


「月見亭」からの眺望。中央のやや尖った山は燈明ヶ岳のようだ。


西ハイキングコースを左に見送り、右方向へ進む。


羊歯が茂った登山道を少し下ると井戸跡が現れる。


登山道から直下の眺め。


3月27日(木)19:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城19

雨山は小さいながらも、東峰と西峰があり、昼食を取ったのは西峰だった。東峰には雨山城本丸(千畳敷)跡があり、「住民の森」と呼ばれている。昼食後、東峰へ向う。


東峰は台地になっていて、こちらも昼食の適地だ。


眼下に見える山々は奥山雨山自然公園と呼ばれ、ハイキングコースや、いくつかの展望台が設置されているのが見えた。土肌を見ると花崗岩と思われる。


道標を見て「月見亭」へ向う。H氏によると、永楽ダムへと歩く西ハイキングコースが楽しいらしい。


ここが「月見亭」。狭いが眺めはよい。リーダーが一番乗り。


3月26日(水)21:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城18

熊取町教育委員会が設置した雨山の説明板。


説明板にあった石祠で、闇龗神(くらおかみのかみ)を祭神とした雨山神社跡。


私製の山名板。


左に見える石の上に座って昼食をした。中央は説明板を眺めている登山者。


山頂でゆっくりと昼食をとり、そろそろ出発の時間が迫ってきた。


3月26日(水)20:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

雨山城と土丸城17

案内板では熊取町指定文化財となっているが、その後、土丸城跡と共に国史跡として追加指定された。雨山の名前は、雨乞いの山(雨乞いの神)からきている。


左に見える池は大池と見られる。中央の白い建造物は大阪体育大学。この場所で昼食にしようかと思ったが、風が強く寒く感じたのでやめた。


視界が良ければ、関空がはっきりと見えたはずだが、残念ながらぼんやりとしか見えず。


山頂にあったヤマモモの木。山頂付近には3本あって、いずれも巨木。植栽されたものと思われる。


山小屋。この中は暗く、陰気だったので、ここでも食事をせず。結局、この画像を撮影した場所のあたりで昼食とした。風はなく、暖かくて快適。


3月25日(火)21:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


(1/6ページ)
>1< 2 3 4 5 6 最後