山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


ウォーキング・散策

No.1長野公園(長野 河合寺 丸山 歓心寺 延命寺)

<概要>
2019年12月1日(日)は、「古道紀行 おおばこの会 こばこの部」に参加した。
タイトルは「河内ふるさとの道~長野公園から歓心寺、延命寺へ」。

河内長野市に点在する長野公園を歩いた。
スタートは南海高野線河内長野駅。
ゴールは同線千早口駅。

長野公園は大きく4つのブロックに分けられる。
河内長野駅から順に歩いた。
1.長野地区(奥河内さくら公園)
2.河合寺地区(奥河内あじさい公園)
3.観心寺・丸山地区(奥河内楠公の里) ※観心寺拝観料300円
4.延命寺地区(奥河内もみじ公園)
このうち訪問したことがあるのは延命寺のみで、それ以外は初の訪問。

丸山地区は河内長野市が発行する古いパンフレットには記載が無く、最近“売出し中”のようだ。
目玉は丸山展望台で、このエリアは軽い山歩きとなる。
これ以外のエリアは公園の散策、お寺参り程度の平地歩き。

この日の朝は霜が降りていて寒かったが、お日様が照ってから気温が急上昇。
歩いていると暑いくらいだった。

<コース>
近鉄長野線・南海高野線河内長野駅東出口9:43_石川に架かる落合橋を渡る_老人ホームチャーム河内長野前で左折・案内板(→府営長野公園事務所 河内長野荘)_案内図(長野公園 奥河内さくら公園(長野地区))_長野公園管理事務所前_展望台_説明板(黄金塚にまつわる伝承)_宝篋印塔_河内長野荘前_北辰妙見大菩薩・妙長寺_R310に合流し右折_南海バス河合寺バス停前_清教学園分岐_河合寺山門前_河合寺交差点_案内板(長野公園 河合寺地区)_あじさい園_道標(→広場)_石柱(大阪みどりの百選)_河合寺_展望台_<来た道をR310河合寺交差点まで戻る>_道標(←河内長野駅 河合寺 / 観心寺 小深→)_南海バス昇條坂バス停前_大阪安全衛生教育センター分岐を左に見送り引き続きR310を南へ_大阪安全衛生教育センターみなと寮前_くすの口バス停前(交差点)を横断_南海バス葛ノ口バス停前_案内板(大阪府営長野公園 ←丸山地区すぐ →延命寺地区2.2km)_府道209号線を横断・道標(←丸山展望台)・道標(↑展望台 →観心寺 鳩原)_ベンチ_道標(←中央口 →くずの口)_道標(←展望台 河内長野・河合寺→)_丸山展望台_11:25ベンチへ戻って昼食11:50_丸山展望台_道標(←くずの口 観心寺→)_道標(観心寺→)_道標(観心寺→)_廃屋_信号機のない横断歩道を横断_府道209号線に出合い左折_南海バス観心寺バス停前_案内板(観心寺200m→)_説明板(観心寺子院 旧槇本院)・創作精進料理KU-RI_山門西側駐車場・大楠公騎馬銅像_説明板(歓心寺と旧寺辺領の歴史文化遺産保存活用地区)_案内板(歓心寺)_山門前_石見川に架かる南大門橋を渡る_<河泉街道>_常夜燈・道標(右 かうや ?道)_府道214号線出合い・道標(←三日市町駅 延命寺 ソタ峰峠→)_農産物直売所_分岐で府道214号線から離れ右折・案内図(河内長野市テクルート案内図)_農産物直売所_道標(←延命寺 千早口駅→)_寺標(延命寺)・山門・案内図(長野公園 延命寺地区)・蓮池・菖蒲田・西国三十三ヶ所石仏・弁財天・毘沙門堂_道標(←延命寺 千早口駅→)_分岐で千早口駅の道標を見て左折_道標(千早口駅→)_道標(←千早口駅 延命寺→)_道標(←延命寺 千早口駅→)_住宅地(美加の台三丁目4)_道標(千早口駅→)_南海バス延命寺バス停前_南海バス美加の台バス停前_分岐道標(←延命寺 千早口駅→)を見て千早口駅方面へ_祠(石仏)_車道出合いを右へ_R371高架下を潜る_分岐道標(←千早口駅)_民家横の法面に祠(石仏)_分岐道標(←薬師寺)を直進_下岩瀬州会所前_道標(千早口駅→)_喫茶花かご前_南海高野線下のトンネルを潜る_14:16南海高野線千早口駅

<メモ>
・参加者: 18名。
・コース歩行 (河内長野駅~千早口駅までの所要時間と距離)
 歩行距離: 約10.8km。
 所要時間: 4時間33分。
・当日歩行 (自宅~自宅までの歩数と歩行時間及び推測距離)
 歩数: 25,334歩。
 推測距離: 約16.9km。(0.67m×25,334歩=16,973m)
 歩行時間: 4時間2分。
・参考: 薬樹山 延命寺(真言宗御室派)
・反省会: 餃子の王将 河内長野駅前店 (参加:3名) 河内長野駅から96m

画像は河内長野駅を起点に千早口駅まで歩いたGPSログを表示。
【参考】南海ハイキングマップ 観心寺・延命寺コース



近鉄長野線・南海高野線河内長野駅東出口を9時43分に出発。
南方向に歩き石川に架かる落合橋を渡る。(画像)



老人ホームチャーム河内長野前で左に分岐する歩道を歩く。
画像は分岐にある道標。
「→府営長野公園事務所 河内長野荘」。



長野公園長野地区の案内図が立つ。
「長野公園 奥河内さくら公園(長野地区)」。



長野公園管理事務所を左に見送り階段を登る。

つづく。



Apr.6(Mon)05:39 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.28信貴山奥の院

近鉄生駒線の踏切を横断。

道標を見てゴールの竜田川駅へ向う。
「→竜田川駅0.2km ↑十三峠5.0km →松尾寺 椿井城跡1.5km)」



ほどなく竜田川駅に到着。
参加メンバーの中からコーヒを所望する声が上がり、近くの喫茶店へ。



Noリーダーによると、以前、この喫茶店を利用したとのことで、コーヒータイムとなった。
お店の名前は「コーヒーの店 ふらっと」。



メニュー表。
何を注文したか忘れた―笑。



自宅を改造したこじんまりとした喫茶店。
肝心のコーヒーはイマイチかな。
猫舌の人には喜ばれるかも。

おしまい。



Mar.27(Fri)05:53 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.27信貴山奥の院

西宮古墳を後にして平群神社へ向う。
画像は平群神社を示す道標。
「←平群神社0.1km」。



「融通念仏宗 城峰山 来迎寺」の山門を左に見て歩くと「式内 平群神社」の境内に到着。
右側の鳥居を潜って参拝する。



両脇に手摺が付いた急な石段。
石垣は新しい。



拝殿から本殿を望む。
ご祭神は大山袛神。
平群神社



平群神社を後にして東へ向い近鉄生駒線に出合う。

線路沿いに祠と常夜灯が立っていたので立ち寄る。
祠の中には磨耗した石仏(地蔵菩薩?)が安置されていたが、首から下を涎掛けが覆っておりよく見えず。

つづく。



Mar.27(Fri)05:52 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.26信貴山奥の院

昼食場所から南西方面の眺め。
中央に先ほど居たイタヤカエデらしき木立。



修景池の南側、冒険広場(西宮城跡)のスライダー。


説明板。

県指定 史跡 西宮古墳 昭和三一年八月七日指定

この古墳は、廿日山丘陵(はつかやま)丘陵の南端に築かれた三段築成の方形墳ある。
墳丘は一辺約三六mの正方形で墳丘高は正面で七·二m以上あり、本来の高さは約八mと思われる。
墳丘斜面は約三五度の勾配で、墳丘全体と東側周溝底には貼石が施されている。
墳丘の東西と北側は台形状に大きく掘削され周溝をめぐらせている。
横穴式石室は南に開口し、玄室は墳丘中央部に位置する。
石室は切石を用いた精美なもので平群町越木塚で産出する石材によって築かれ、石室床面は墳丘二段目のテラス面に合わせている。
石室の全長は約一四mで玄室の長さ約三.六m、幅·高さが約一 ·八mである。
石室内部に収められた刳抜式の家形石棺は棺蓋が失われ棺身のみであるが兵庫県産の竜山石で製作されたものである。
石棺の長さは二二四㎝、幅一一五㎝、高さ七六㎝である。
石室前方の墓道より須恵器の杯蓋・高坏片が出土している。
七世紀の中頃から後半の築造と考えられ、平群谷を代表する終末期の古墳として重要である。

平成十一年十一月 奈良県教育委員会



南側の開口から石室に入ってみる。


説明書きにある刳抜式(くりぬきしき)の家形石棺。
棺蓋は失われている。
こんなところにも、盃状穴が観られた。

つづく。



Mar.26(Thu)06:28 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.25信貴山奥の院

日差しが差して暑いくらいなので、日陰となる、おあつらえ向きの昼食場所があったと思ったが・・。


トイレの向こう側にビッグサイズの東屋が見えた。
地面だとシートを敷く必要があるが東屋だとそうとは限らないし座る方がラクチン。



画像はイタヤカエデかもしれない。


東屋には誰もおらず貸切状態で昼食タイム。


東屋から眼下の池を眺める。
平群町中央公園のサイトによると、眼下の池は「修景池」。
ここ東屋が建つところが歴史の広場で下垣内城跡。

つづく。



Mar.26(Thu)06:27 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.24信貴山奥の院

イチョウの黄葉が美しい。
幾分、密集して植栽しているようだ。
イチョウは大きくなるので、この間隔ではいずれ間伐が必要となるだろう。



トイレと昼食場所の東屋を探して上の方へ向う。


とてつもなく大きい葉っぱ。
小学校の運動場にもあったと思う。
プラタナスの葉かもしれない。



紅葉が青空に映える。


こちらはドウダンツツジの紅葉。

つづく。



Mar.25(Wed)05:41 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.23信貴山奥の院

住宅地(初香台)の中を歩く。


白髭大明神と記されていた。
造園業者或いは地元の人達?がクリーンアップ中。
丘陵地の一番高まったところにある。
付近が住宅地になる前から祀られていた神社だろう。



「↑道の駅1.5km 西宮古墳0.5km」の道標を見て直進。


“へちま”とみられる。
どういう用途に用いるのだろうか。
それとも、放置してあって自然に生えているのかも。



三叉路となり「西宮古墳→0.2km」の道標を見て右折。
すぐ左手に平群中央公園 駐車場が現れる。
駐車場から平群中央公園へ入る。

つづく。



Mar.25(Wed)05:40 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.22信貴山奥の院

この先の分岐は越木塚方面へ直進。


モクレンの花芽かもしれない。


暫く左右に雑木林を見て歩き、やがて越木塚の集落に入る。
この先の分岐は左折。



分岐に立つ自然石に彫られた道標。
「右 い古ま道 / 文久三? 施主? 塚基治」。



傍らに立つ道標。
「→竜田川駅1.5km ↑剣上塚古墳0.5km」。
剣上塚古墳方面へ向う。

つづく。



Mar.25(Wed)05:40 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.21信貴山奥の院

引き続き県道250号線を下る。
幅が広く歩きやすい歩道が続く。

正面の山塊は生駒山。



分岐で県道250号線から右折。
右に見える建物は旧平群西小学校。(廃校)



歩いて来た道を振り返って撮影。
陸橋が県道250号線。



旧道歩きとなり人家がポツポツと現れる。


人家の軒下に吊るされていた干し柿。
懐かしい風景。

つづく。



Mar.24(Tue)06:08 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.20信貴山奥の院

山門の方へ戻る。

画像は牛頭天王社の拝殿。
神仏習合が見られる。



時々、バタバタとドングリが落ちてくる。
まともに頭に当れば痛いくらい。
風が吹くと大量に落ちて来た。



山門を潜って境内の外に出る。
この時、道標は光が直接当らず文字を読むことが出来た。

「十三峠 古?塚 生駒山 ○(瓢箪の絵図)山 大坂 / 安政二戼年九月 世話× / 施主 ○(屋号)播磨屋× ○(屋号)三田屋×」と彫られているようだ。
“戼”は“卯”の異字体だろう。
これと同じ瓢箪の絵図を使った道標が千光寺の山門前にもある。



道標が示す方向。
千光寺・宝山寺まで繋がる中腹の参詣道。
昔はよく歩かれていたとみられる。
今は所々寸断されているようだ。



来た道を県道250号線 信貴畑自治会 案内板まで戻る。

つづく。



Mar.24(Tue)06:08 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.19信貴山奥の院

多聞天王像。
光の当たり具合で上手く撮影出来ない。



吉祥天女像。


不動明王像。
像の正面から光を受けているのではっきりと撮影出来た。
忿怒の相で火災を背負ったお馴染みの様相。



先ほどの自然石。
「やけ古゛め」と彫られていた。



鬼瓦が陳列されていた。
少し埃っぽい―笑。

つづく。



Mar.24(Tue)06:08 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.18信貴山奥の院

説明板。

「日本最初 毘沙門天主出現霊場 當山縁起と焼米の由来」

當山に御安置申し奉ります御本尊毘沙門天王は、聖徳太子の御作で守屋大連討伐の御時、毘沙門天王が阪部大臣と化身して先鋒を振るわれましたので、御尊像に汗をかかれたと申します。
聖徳太子歓喜の余り此處に堂宇を建立し御安置申され、千四百有余年の今日に到る迄、汗かき毘沙門天と申し、御霊験極めてあらたかで有ります。
なかにも當山の浄域より不思議にも地中より焼米が湧出します。
この焼米の由来は毘沙門天王福徳無量にして、寶米積む事、山の如く聖徳太子守屋大連討伐の御時尊天より兵士への兵量として授かりましたが、有難きお米でありますのでその幾分をさいて焼米として後世迄も残し、尊天の御成徳を輝かし奉らんとこの浄域に納められました。
諸人是を拾えども更に尽きる事なく、故に山号を米尾山と申します。
信人堅固にして仁慈を行い毘沙門天に帰依して、この焼米を頂く者は如何なる病も立處に除き福壽増長して眞の寶米を得られると云う誠に有難い御寶米であります。

米尾山多聞院 信貴山奥之院



説明板に記載されている地中より焼米が湧出する“浄域”。


人造物ではなく自然石のように見えた。
人が立っているシルエットに見えなくもない。



境内の一番奥まったところにやって来た。
画像の左側は多聞天王像を真ん中にして、左に善膩師童子像、右に吉祥天女像が安置されている。
善膩師童子は聞き慣れないが、毘沙門天(別名:多聞天王)と吉祥天女の子供。



多聞天王像。

つづく。



Mar.23(Mon)06:02 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.17信貴山奥の院

「佛恩」。
これを見て、よく聞く言葉に「仏恩報謝」が浮かんだ。



「毘沙門天王」と記された扁額と献灯。
信貴山 奥の院のご本尊は毘沙門天王で秘仏。(毎年7/3ご開帳)



八大龍王。


「奥之院の大寅」と呼ばれる木彫りの寅。
光の加減で上手く撮影出来ない。



顔をズーム撮影。

傍らの説明書きによると、毘沙門天のご真言は「オン ベイシラ マンダヤ ソワカ」。
これを唱えながら大寅のからだに触れるとお力が授かる。

つづく。



Mar.23(Mon)05:56 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.16信貴山奥の院

モミジの紅葉を別のアングルから撮影。
一般にモミジの木は生長が遅く、これらのモミジは相当な年数が経っていると思う。



深沙堂。
扁額によると毘沙門天の化身「深沙大将」(じんじゃだいしょう)が祀られているようだ。



鐘楼。


境内に置かれていた石仏。


本堂に掲げられていた寅の絵図。
尻尾が全部描かれておらず何か不自然な構図。

つづく。



Mar.23(Mon)05:55 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

No.15信貴山奥の院

山門。


寺標。
「毘沙門天 出現? 當山米尾」と彫られているようだ。(左に文字をなぞって貼り付けた)
“出現?”は“出現霊場”かもしれない。



道標。
生憎光が強すぎて文字が読めない。
お寺を出る時に、もう一度撮影したがその時の方が分かりやすい。
(後で撮影した画像をアップ)



側面。
「安政二」以下は読みにくい。



丁度、モミジの紅葉が見頃。
青空に映える。

つづく。



Mar.22(Sun)05:55 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin


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