山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2017年7月を表示

もう一つの三室山と雁多尾畑20

墓地は「留所山霊園」で、昭和四十七年三月完成とある。

この辺りが“留所山(とめしょやま)”なのだろう。



この先、交差点。右の建物が「竜田古道の里山公園」の管理事務所で、電信柱が建つところが正面入口。

清掃車が見えるが、近くに廃棄物の最終処分場があるようだ。



ここが正面入口。


「竜田古道の里山公園案内図」。
園内のみならず、周辺の地図も載せて欲しいものだ。



園内へ入る。


7月31日(月)20:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑19

この先、アスファルトの車道に出合う。


「桜植え龍田の山を伏し拝む / NPO法人龍田三室山桜の会」。

画像、左奥の表示板には「台湾徐福会 代表 某氏」。



車道に出て直進するか、右折するか一瞬迷った。
左折はない。



よく見ると、右側に「竜田古道の里山公園」の看板があったので右折する。
ここは「竜田古道の里山公園」の南口。



以後は右側に「竜田古道の里山公園」の敷地に沿いながら歩く。

左側に比較的新しい墓地が現れる。



7月31日(月)20:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑18

左折すると、ぶどう園で行止りとなる。


分岐まで戻って右折する。

わだちが見られる。
柏原側からここまでクルマが入って来ている。



左にも桜の園が見られた。

表示板によると「桜の里山公園 桜の園4号園」。
続いて「14号園」。



南方向に電波塔が見えた。

電波塔は地図に記載があるので、現在地が確認出来る。



左側には「桜の園」が続いている。
桜はヤマザクラではなくソメイヨシノっぽい。



7月31日(月)20:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

暑い中、スカッとする音楽

毎日、暑い日が続く。

天気予報によると、今日の奈良市の熱中症指数は“危険”。
明日は“厳重警戒”。

自宅に居ても暑いし、外に出ても暑い。
何かスカッとした音楽でも聴きたいものだ。

この曲を聴いてスカッとするかどうかは人によって異なるでしょう

Beethoven "Moonlight" Sonata op 27 # 2 Mov 3 Valentina Lisitsa




7月31日(月)20:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑17

桜の園が再び現れる。
ここも下草が刈り取られている。



「6号園」と表示。
先ほど見た桜の園は7号園だったので、数字が減っていくようだ。



山道がなくなり、変わって林道となる。
そして分岐。
分岐の角にある桜の園は4号園。



桜の園を整備している「NPO法人 龍田・三室山桜の会」の掲示板。

徐福研究会及び「NPO法人 龍田・三室山桜の会」



次の目当ては「竜田古道の里山公園」だが、分岐には道標が立っていないので、どちらに進むべきか迷う。
とりあえず分岐を左折してみる。

左の建物には「龍田古道憩の家」の看板が掛かっていた。
ドアの向こう側はトイレ。



7月30日(日)20:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑16

石垣が見られた。

その昔、ここには建造物が建っていたようだ。
「龍田神社本宮」だったのだろう。



石碑のようなものが見えたので立ち寄る。


石壇の上に置かれた自然石。


曰く有り気な石だが、何も彫られていなかったようだ。


井戸が現れる。

中を覗くと水がなみなみと湧いていた。



7月30日(日)20:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑15

材木など資材を収めた小屋が現れる。

相当傷んでおり廃屋かもしれない。



踏み跡を辿る。


進行方向右に石碑のようなものが見えたので振り返る。
せっかくなので、ここは引き返して立ち寄ってみることに。

ところが、これが結構な急斜面。



石碑には「龍田神社本宮址」と彫られていた。


この先、植林帯。

植林されているということは、この先は平坦地なのかもしれない。



7月30日(日)20:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑14

蒸し暑いものの、時折、谷筋から風が吹くので森の中は歩きやすい。


登りの勾配が緩やかになってきた。


植栽されたところに出る。

下草が刈り取られ、手入れが行き届いている。



植栽されていたのはサクラ。
サクラの種類は不明。
ソメイヨシノかもしれない。

「桜の里山公園 神社跡7号園」の看板が立つ。



コンクリート舗装された小道を歩く。

左側が植栽地だが、右側に雑木が生い茂り薄暗い。



7月29日(土)20:13 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑13

展望台から降りて、西へ向かう。

道標には「→留所 龍田神社本宮跡 龍田本宮御座峰」と表示。

ここから先は大阪府柏原市となり、この類の道標を見なくなる。
なので、ここで見納め。



展望台を後にする。


展望台から先は一転して整備されていない自然の道。

落葉が積もって足の裏に優しい。



三室山の山頂から、更に高度を稼いでいる。

三室山は後方に続く山塊の単に中間地点というイメージで、地形図を見ても独立峰ではないことがわかる。

よくあるパターンだが、麓から見える山に、山の名前がある。
実際には、その後方にもそれより高い山が続くのだが、麓から見えないので山名はない。

三室山の後方に続く山の名前は、特定出来ないようだが“龍田山”或いは“留所の山”別名“小鞍の嶺”又は“嶽山”なのかもしれない。



ヤマザクラ。

植栽したとしても、最近、したものではない。
ヤマザクラはソメイヨシノと違って成長が遅い。
このヤマザクラもかなりの年数が経っているようだ。
因みにヤマザクラは何百年と生きる。
ソメイヨシノはどんなに長生きしてもせいぜい百年。



7月29日(土)20:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑12

大阪府の消防組合が設置したもの。

三室山の山頂は奈良県三郷町と大阪府柏原市の境に位置する。



山頂から南東方向の眺め。

大和川に架かる関西本線の鉄橋や橋が見える。



山頂に埋まる四等三角点。
(点名:三室山 標高:137.06m)



「葛城の雀」さんが設置した私製の山名板。
奈良の山々では、時々見かける。
展望台の軒下に取り付けられていた。



展望台の様子。
広くはない。



7月29日(土)20:04 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

白蓮華(斑蓮)と羅漢石佛の興禅寺

2017年7月27日(木)は、「ササユリの会」に参加した。
題して「白蓮華(びゃくれんげ)と五百羅漢の寺を訪ねて(古刹興禅寺へ)」。

スタートは南海高野線三日市町駅。
新しく宅地開発された美加の台のほぼ中央に位置する興禅寺を訪れ、隣接する赤坂上之山神社にて昼食。

昼食後、石仏寺を経て、千早口駅近くの薬師寺を訪問。
ゴールは南海高野線千早口駅。
石仏寺、薬師寺は何度目かの訪問。
興禅寺は初。

歩行距離:約6km。
参加者は主宰のTa氏を含め10人。
(Koさん、Maさん、Siさん、Okさん、新顔のMsさん、Fm氏、Hs氏、Yo氏、私とTa氏の10人)

コース
9:36南海高野線三日市町駅10:10_府道214号線を歩く_道標(←延命寺 千早口駅 →三日市町駅)_パンの喜 ラジーズン前_分岐を直進・道迷い_分岐へ戻り左折_八坂神社・休憩_石見川に架かる片添大橋を渡る_ガーデンコーナー(美加の台1丁目10)_姿見の井戸_社標(赤坂上之山神社)_興禅寺境内_十二支御守御本尊_説明板(一葉観音縁起)_説明板(であい地蔵)_説明板(赤坂上之山神社)_←表参道_説明板(羅漢石佛)_白蓮華(斑蓮/まだらはす)_11:14赤坂上之山神社拝殿前・昼食11:44_説明板(興禅寺斑蓮/まだらはす)_説明板(八幡山興禅寺略縁起)_府道371号線石仏(交差点)_天神の森井戸_石仏寺・案内板(曼陀羅山阿弥陀寺(石仏寺)由来)・休憩_天見川に沿って歩く_天見川に架かる橋を渡る_奉建塔二基・地蔵尊五体_祠(石仏)_薬師寺境内・五輪塔(暦応四年)・菅原神社・ヤマユリ・休憩_道標(←興禅寺 延命寺 ↑才の神方面 →千早口駅)_上岩瀬農産物加工組合「友邦」前_13:30南海高野線千早口駅13:31


興禅寺 (河内長野市) - Wikipedia


画像はこの日歩いた南海高野線三日市町駅から千早口駅までのGPSを表示。



羅漢石佛。
興禅寺境内にて。



斑蓮(まだらはす)。
同じく興禅寺境内にて。



赤坂上之山神社、本殿前の狛犬。


日本特産のヤマユリ。
薬師寺境内にて。



7月28日(金)19:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑11

この先、展望が開けそう。


広範囲に渡って潅木が伐採され、変わって植栽された若木が見られる。


左の道標には展望台と記されているようだ。

右の道標に「留所」と表示されている。
留所とは“留所の山”別名“小鞍の嶺(おぐらのみね)”又は“嶽山”と称される山のことを指すようだ。
この日は訪れていない。

関西地図の会

4/13ウォーキングにて「小鞍の嶺」



登山道を振り返って撮影。

植栽した苗木が多く見られる。



展望台が現れる。

白いシャツが干してあり、展望台には先客の男性が一人居た。



7月27日(木)20:16 | トラックバック(0) | コメント(2) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑10

表示板。
「桜の里山公園 三室山10号園 NPO法人 龍田・三室山桜の会 電話・FAX XXXX」

今まで見てきた龍田古道の道標は、この人達によって立てられたのかもしれない。



引き続き林道を歩く。


分岐となる。

すっかりお馴染みとなった茶色の道標が見える。



三室山へは真ん中の道を登る。


道標を見て進む。
「 ← 三室山展望台 龍田神社本宮跡 龍田本宮御座峰」。

登山道脇には椛や山桜が植栽され、寄進した人の名前の札が付いている。



7月27日(木)20:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑9

先ほどのグループは、この道標「三室山2・3号古墳 → 」の方向へ歩いて行った。


更に林道を進むとベンチに男性が居たので挨拶した。
服装から見てハイカーではなく学者風。

左の建造物はトイレ。



三室山展望台へ向かう。

道標には、龍田神社本宮跡 龍田本宮御座峰と表示。



   歴史を彩る神の山。
 ここ三室山は、信貴生駒連山の南端に位置し、龍田山の一部を指す。平成八年(一九九六年)に制定された「金剛・生駒紀泉国定公園」の中にあって、万葉時代は三室山・龍田山として親しまれ、多くの万葉集に詠われている。
 四季の風景にも恵まれ、春は山桜につつじ、そして、若葉の楓、秋には全山黄葉し、その美しさに誘われ、多くの遊山客で賑わっていた。
 また、旧官幣大社・龍田大社のご神域でもあり、山中には龍田大社本宮跡の石碑も見られ、本宮の社殿が建てられていたとの伝承も残され、往時が偲ばれる。
 近くの林の中に入ると直ぐに、三郷町指定文化財の古墳「三室山二号墳・三号墳」が見られる。他に例のない「双墓双室」の方形墳である。【以下割愛】
       平成二十五年三月 三郷町教育委員会



ここにも古墳へと続く見られる小道がある。

画像の道標は「←休憩所」と記されていた。



7月27日(木)20:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

もう一つの三室山と雁多尾畑8

三叉路となり、ここでも道標を見て左折。

するとクルマ止が現れる。
歩行者は通行可。



前方にハイカーがいた。
女性ばかりのグループの様子。



舗装道路を歩くと広場に出る。

挨拶して、情報収集しようとしたが、グループはこの先、ベンチの右側に続く小道を歩き、森の中に入って行った。

私達と歩くコースが違うようだったので追従せず。



万葉歌碑。

「龍田山 見つつ越え来し 桜花 散りか過ぎなむ 我が帰るとに / 信幸書」。



解説板。【一部割愛】

現代語訳
 龍田山を見ながら越えて来た。
 桜花は散ってしまうのではなかろうか。私が帰る時までに。

歌の背景
 天平勝宝七年(七五五)二月十七日(太陽暦の四月六日)の大伴家持の作。この当時、家持は兵部少輔という役職にあり、筑紫に派遣される防人を検校(けんぎょう)する職責のため、難波に往き来することがあった。一首は難波に赴く時に龍田山の桜を見て詠んだ作である。万葉集に残された防人の歌は、家持が兵部少輔であった縁で、この折に採集したものである。

三郷町 万葉歌 巻20-4395



7月26日(水)20:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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