山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


ウォーキング・散策

豊浦寺址_甘樫丘_飛鳥水落遺跡_万葉文化館4

解説 豊浦寺跡
603年推古天皇が豊浦宮から小墾田宮に移った後に、豊浦寺を建立したとされている。
近年の発掘調査で、寺院の遺構に先行する建物跡がみつかり、これを裏付けている。
552年(欽明天皇13年)百済の聖明王が朝廷に献上した金銅の釈迦佛(日本初渡来の仏像)を蘇我稲目がたまわり、向原の家を浄めて寺としたのが始まりで日本初の寺とされている。
しかし、その後疫病が流行した時、災害は仏教崇拝によるという理由で、物部氏により仏像は難波の堀江に捨てられ、寺は焼却されたという。
  高市郡明日香村大字豊浦 ASUKA



土蔵造りの蔵。


豊浦寺址碑。


現在は跡地に「太子山 向原寺」が建つ。
【参考】
向原寺



こちらにも説明板。

つづく。



4月20日(日)06:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

豊浦寺址_甘樫丘_飛鳥水落遺跡_万葉文化館3

昔ながらの道を歩く。
おそらくこの道は初めて歩くと思うが、何故か懐かしさを感じてしまう。



白壁塀に沿って南へ歩く。


茅葺き屋根の民家。


庭の植木も綺麗に剪定されている。
庄屋さんの屋敷かも。



やがてお寺の前に到着。(向原寺)
説明板を見入る皆さん。

つづく。



4月20日(日)06:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

豊浦寺址_甘樫丘_飛鳥水落遺跡_万葉文化館2

広い駐車場の真ん中に位置する豊浦駐車場バス停。
ここでバスから降りた。



県道124号(橿原神宮東口停車場飛鳥)線を東へ歩く。


現在地を表示した広域地図。
この後、豊浦宮跡・豊浦寺跡を訪れる。(赤矢印)



次の辻を右折。(南)


ここを右へ。

つづく。



4月20日(日)06:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

豊浦寺址_甘樫丘_飛鳥水落遺跡_万葉文化館1

<概要>
2024年11月23日(土)は、歴史探訪ウォークに参加した。
題して「晩秋の飛鳥を散策」。

<コース>
橿原神宮前駅東改札口9:40集合_<バス>_豊浦駐車場バス停_豊浦寺址_難波池_甘樫坐神社_川原展望台_甘樫丘展望台_飛鳥水落遺跡_飛鳥寺_東屋・昼食_奈良県立万葉文化館_飛鳥坐神社_明日香村埋蔵文化財展示室_甘樫丘バス停_<バス>_橿原神宮前駅

画像はこの日歩いたGPSログを表示。
(豊浦駐車場バス停→甘樫丘バス停)



橿原神宮前駅東改札口前からバスに乗車し、豊浦駐車場バス停で下車。
バス停は駐車場のほぼ真ん中に位置していた。
バス停前から駐車場内南側を撮影。
コースは道路に出て左折。(赤矢印)



ところが、駐車場の北東の隅っこに、何やら案内板が見えた。
案内板のところへ向かう。



古宮遺跡 (小墾田宮推定地/おはりだのみや)
古宮遺跡はこれまで推古天皇の小墾田宮と推定されてきた遺跡である。
明治時代には金武銅製四環壷が出土したと伝えられているが、現在は古宮土壇(ふるみやどだん)だけが残されている。
「日本書紀」・「続日本紀」によると小墾田宮は推古天皇にはじまり、離宮や兵庫(武器庫)として奈良時代まで存続していたことがわかっている。
昭和45年(1970)に実施された発掘調査では、土壇の南側で7世紀前半の小池と石敷が見つかっており、推古天皇の時代の庭園跡であることが判明した。
また、現在は駐車場になっている場所でも7世紀前半から後半にかけての建物群が見つかっており、広い範囲に遺跡が広がることも確認されている。
しかし、小墾田宮については、昭和62年(1987)に、飛鳥川を隔てた東側にある雷丘東方遺跡で、奈良時代の井戸から「小治田宮」と墨書された土器が多数出土したことから、少なくとも奈良~平安時代の小治田宮については雷丘東方遺跡であることが判明した。
これらの成果から、推古天皇の小墾田宮も雷丘周辺にあったと考えられるようになった。
よって古宮遺跡は蘇我氏に関わる庭園とする説が有力となっている。
  明日香村



田圃の中に見えるのが「古宮土壇」。(赤四角)

つづく。



4月20日(日)06:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵10/10

時間が12時30分となっていたが、ここまで適当な昼食場所が見つからなかった。
Googleマップで探すと、この近くに児童公園があったので、その場所に行ってみる。
ベンチが設けられていたので、ここで昼食となる。
住所表示板は京都市伏見区桃山町町並となっていた。



著名な観光スポットを訪問するのもよいが、ブラブラと散策するのも楽しいものだ。
何か新しい発見があるかもしれない。



昼食後、東方向に歩くと山科川が流れている。
橋の手前に道標があった。
「左 おぐりす道 岡本尺角 建立」。
“おぐりす”は“小栗栖”を指しているようだ。
伏見区東部の地名だが、醍醐山の西方にあり、明智光秀が土地の者に竹槍で刺殺された所といわれる。



「右(手印) だいご一言寺是より十七丁」。
“だいご一言寺”は伏見区醍醐にある真言宗の寺院、真言宗醍醐派の別格本山“一言寺”を指している。

山科川に架かる橋を渡ると、すぐにゴールのJR奈良線六地蔵駅に到着した。



反省会は、蔵元 豊祝 近鉄大和西大寺店
奈良市西大寺国見町1丁目1−1 Time's Place 西大寺
定休日:なし
14:00~21:30
画像はレシート。


おしまい。



4月18日(金)06:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵9

お寺の門の右に「鎮護道場」と刻まれた碑が立っている。(赤四角)
【参考:Search Labs | AI による概要】
・鎮護道場とは、仏教によって国家を護持・鎮める道場、またはその役割を担う寺院を指します。



「六地蔵堂」へお参りする。


六角宝形造となっている。
【参考】
宝形造



地蔵菩薩像
ここに安置される地蔵菩薩立像(重要文化財)は、平安時代初期(852年)、小野篁が一度息絶えて冥土へ行き、生身の地蔵尊を拝して蘇った後、一本から刻んだ六体の地蔵の一つとされている。



地蔵菩薩立像。
両手で宝珠をお持ち。

つづく。



4月18日(金)06:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵8

車道に沿って歩く。


JR奈良線の高架下を潜る。


祠の中に祀られていた石仏。
お地蔵さんと思われるが、お化粧されていたり、帽子を被っているので特定出来ず。
京都市内のお地蔵さんはこのようにお化粧されているのが一般的のようだ。
【参考:Search Labs | AI による概要】
・地蔵盆が近づくと、お地蔵さんを祠から出して、彩色を施して新しい前掛けを着せます。
・お顔やお身体を描かれ、彩色を施されたお地蔵さまのことを「化粧地蔵」といいます。
・京都周辺と青森に多く存在します。
・京都府・出町柳駅の近くにいらっしゃるお地蔵さまも、毎年お顔が変わります。



やがて「法雲山 大善寺(六地蔵)」に到着。
寺標には「根本 六地蔵尊 大善寺」と刻まれていた。
【参考】
大善寺 (京都市)



前方に見えるのがお寺の門。
門までの距離が意外と長い。
右に見える比較的新しい石の台座に祀られていたのは地蔵尊の小祠。
その後に松が植栽されている。

つづく。



4月17日(木)06:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵7

幅広の参道を歩いて「明治天皇 伏見桃山陵」へ向かう。


程なく到着。
【参考】
伏見桃山陵



更にその東に位置する「昭憲皇太后 伏見桃山東陵」にもお参りした。


ぐるっと周回し、「伏見桃山陵 大階段」の下を通る。


大階段の下から南方向へ歩く。
前方に見える車道に出て左折。(南東)

つづく。



4月17日(木)06:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵6

ところが、フェンスに囲われ伏見桃山城運動公園から出ることが出来ない。
北側に出入口が一つも設けられていないのは不便だと思ったが仕方がない。
フェンスに沿って歩くしかない。
画像のフェンスの内側を歩いて手前方向へ歩き、ようやく出入口を見つけて、フェンスの外側の道を北東へ向かった。
早い話が「伏見北堀公園」と「伏見桃山城運動公園」は歩道で繋がっておらず、隣接しているのに、アクセスが出来なかった。



ここが「伏見北堀公園」の入口。
自転車など軽車両の進入不可となっている。



若者の声で賑わっていた運動公園とは別世界の静寂。


散歩コースにもなっているようだ。
この公園へは、近くの住宅地から道が続いていたが、我々が歩こうとした運動公園の中からは道がなかった。



来た道を戻る。
「桓武天皇御陵参道」を南へ歩き左折。(東)

つづく。



4月17日(木)06:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵5

左が模擬大天守、右が模擬小天守。


ところが、天守閣には近づけず。
「瓦が落下する危険がある」と記入されていた。
耐震強度が基準に満たしていない可能性があるようだ。



遠目から眺めると、とても立派に見えるが、近づくと、結構、傷んでいるのがわかった。


この案内図は、先程見たものと同じだが、こちらの方が、はっきりと見える。
先程の案内図は、ふやけていた。



運動公園は日曜日ということもあって盛況だった。
運動公園を左に見て、フェンスに沿って北東へ歩く。
「伏見北堀公園」へ行こうとした。

つづく。



4月17日(木)06:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵4

伏見桃山城“運動公園”の正門。
重厚な造りだが、ここは元、「伏見桃山城キャッスルランド」と云う近鉄の子会社が運営していた“遊園地”。
歴史上の「伏見城」ではない。
【参考】
伏見城
伏見桃山城キャッスルランド



伏見桃山城運動公園
「伏見桃山城運動公園」は、「伏見桃山城キャッスルランド」(平成十五年一月閉園)の跡地を活用して、市民の皆様がスポーツに気軽に親しめ、また、憩いの場ともなる運動公園として、平成十九年四月に開設されました。
公園内のお城は、伏見桃山キャッスルランドの目玉施設として昭和三十九年に建設されたものです。
遊園地の閉園後は伏見のシンボルとして運動公園に引き継がれ、現在では映画やドラマの撮影等にも活用されています。
  公益財団法人京都市体育協会



伏見桃山城運動公園案内図
案内図によると、野球場や多目的グランドが、大きな面積を占めている。



ここは入園料の支払窓口だったのだろう。
現在は閉鎖されている。



正門から眺める“模擬天守”。

つづく。



4月17日(木)05:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵3

桓武天皇陵を後にする。
桓武天皇陵の入口まで戻る手前で左折。(南)
舗装された道路を歩くと車道に出る。
画像は左折方向。(東)



こちらは車道の右折方向を撮影。(西)


車道に出た辻には「京都一周トレイル 東山F5」の道標が立つ。


コースは車道を左折。
暫く歩くと伏見桃山城運動公園 駐車場の入口に到着。



駐車場入口脇の歩道を歩いて伏見桃山城運動公園に入る。
画像の建造物は、伏見桃山城“運動公園”の正門。

つづく。



4月16日(水)06:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵2

引き続き、丹波橋通を東へ歩くと、車道は三叉路となっていて、正面に「桓武天皇 柏原陵」の入口となる。
信号機のない三叉路の交差点を横断。



正面入口左に立つ案内の四角いポール。
何故か親しみが持てる。
素人が書いたような文字だからだろう。



天皇陵の生垣にしては、刈り込みがなされていないイメージ。
それくらい、天皇陵は整備されているというのが、私のイメージ。
たまたま、訪れたタイミングが悪かったのかもしれない。



桓武天皇陵を参拝。


どこも天皇陵の植え込みは、松など常緑樹で落葉樹は見ない。

つづく。



4月16日(水)06:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

桓武天皇陵_伏見城_明治天皇陵_六地蔵1

<概略>
2024年11月17日(日)は、土曜会に参加。
題して「京都・伏見桃山エリアを歩く」。

<コース>
大和西大寺駅改札口8時40分集合。
近鉄京都線丹波橋駅_桓武(かんむ)天皇陵_伏見城天守閣_北堀公園_明治天皇陵_明治天皇皇后陵_大善寺(だいぜんじ 別名:六地蔵)_JR奈良線六地蔵駅

画像はGPSログ。
(近鉄京都線丹波橋駅→JR奈良線六地蔵駅)



近鉄丹波橋駅は、京阪電車との乗換駅で利用することは多々あるが、下車することはほとんどない。


東出口から出て、線路に沿って北へ歩く。


交差点を右折し、丹波橋通を歩く。
R24丹波橋交差点を横断。(東)



すぐにJR奈良線の踏切を横断。
この区間、奈良線は複線になっている。
かつて、全線単線だった。
現在は単線と複線が混在している。(京都駅~奈良駅間)
近鉄線と競合している関係から、サービスの向上を図っているのだろう。

つづく。



4月16日(水)06:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東岸和田駅_道の池_一里塚_丸山古墳_泉佐野駅20/20

こちらも地元の観光ボランティア協会が作製した案内板。
小栗街道の名前の由来となった、小栗判官伝説について言及している。
【参考】
小栗判官



佐野王子址で休憩を済ませ、ゴールの南海本線泉佐野駅へ向かう。


南海本線の高架下を潜る。


後は高架に沿って歩く。


14時49分、南海泉佐野駅に到着。

おしまい



4月12日(土)05:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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