山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 
AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


ウォーキング・散策

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前24

今では見かけることが少なくなってきた稲の干し穂。(白四角印)
天日と風で、じっくりと乾燥させる伝統的な方法で、乾燥させることで米の栄養やうま味が増し、美味しくなる。



ムラサキシキブ(紫式部)を小さくしたようなこの植物はコムラサキだろう。
【AI による概要】
・実の付き方
コムラサキ:枝に実がびっしり密集して付きます(ブドウの房のように)。
ムラサキシキブ:実がまばら、疎らに付きます。
・枝ぶり・樹形
コムラサキ:枝が垂れ下がるようにしだれます(コンパクト)。
ムラサキシキブ:枝が硬く、上や横に伸びていきます(大きくなる)。



「←月の誕生石」の案内板。
この名前は、どういう意味合いで名付けられたのだろう。



道なりに山の方へ向かう。


この柿も渋柿ではないと思うが・・。

つづく。



1月13日(火)05:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前23

地蔵堂を覗いてみる。
可愛い服を召させておられるが、あまり合わないようだ。
画像はフラッシュ撮影したもの。



こちらの画像はスポットライトで撮影した画像。


隣に安置されていたのもお地蔵さん。
先程の地蔵さんより時代が下った印象。



興福寺を後にして、道標が建つところまで戻って右折。
正面の家はカフェらしかった。



東方向へ歩く。

つづく。



1月13日(火)05:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前22

コースはこの辻を右折(赤矢印)するが、興福寺へ立ち寄って、再びここへ戻って来る。
その後、直進する。(青矢印)



「八釣山地蔵尊」と刻まれた大きくて立派な道標。
その右下には「天香山埴安傳稱地道」(あまのかぐやま はにやす でんしょうちみち)。
【AI による概要】
「埴安(はにやす)」は、日本神話に登場する土の神(埴安神・埴山姫命など)を指すことが多く、粘土や農業、陶芸、鎮火、土木など「土」全般に関わる神様で、橿原市香具山付近の古地名や遺跡「埴安の池」も指し、神話の「ハニヤスビコ・ハニヤスヒメ」はイザナミが排泄物から生んだ神々として『古事記』に登場します。



興福寺の境内に入る。
撮影した画像の左に、地蔵堂らしきが見えたので後で立ち寄った。(赤四角印)



「八釣山 地蔵尊 興福寺」と記されている。(赤四角印)


扁額には「八釣山」。

つづく。



1月13日(火)05:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前21

この辻は左折。(東)


お寺の前を通る。


「施福 毘沙門御堂」の表札が掛かっていた。
“施福”とは「福を与える」「幸福をもたらす」という意味だろう。
尚、このお寺は「大明氣功院常樂寺」が正式な名称らしい。
【参考】
大明氣功院常樂寺



道標をチェックして「←興福寺」へ向かう。


稲穂が黄金色になっている。

つづく。



1月13日(火)05:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前20

藤原宮跡には、現在、建物は残っておらず、広大な原野が広がっている。
大極殿(儀式や政治を行った場所)の跡地には基壇が残っており、柱の配置を示す標識が設置されている。(画像)



高殿町(たかどのちょう)の集落の中に入る。


迷路のようになっていて、行き止まりになっている小道もある。


このお寺は「真宗興正派」の表札が掛かっていた。
【AI による概要】
真宗興正派(しんしゅうこうしょうは)は、親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗の一派で、本山は京都市にある「興正寺(こうしょうじ)」です。
歴史は古く、鎌倉時代に親鸞聖人が草創した寺院にルーツを持ち、室町時代に「佛光寺」から改称・再興され、明治9年(1876年)に西本願寺から独立して一派の本山となりました。



前を歩くIn氏はこの場所を訪れたことがあるようで、迷わずに歩いていた。

つづく。



1月13日(火)05:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前19

森の中を見渡すと石柱が見えたので立ち寄ってみる。(赤四角印)


「持統天皇文武天皇藤原宮址」と刻まれている。
側面には「大正四年十一月 奈良縣教育會建立」。



藤原宮跡を後にし、南東方向、高殿町の集落に向かって歩く。

ふと、足元を見ると、何か得体のしれない物があった。
キノコらしい。(ホコリタケ属)
【参考】
ホコリタケ属



藤原宮跡には幾つかのコスモス畑のエリアがある。
場所は常に同じではなく変わるようだ。
これは同じ場所に毎年植えると生育が悪くなるからだと聞いた。
【AI による概要】
コスモス(キク科)も連作障害を起こす可能性があり、同じ場所での連続栽培は生育不良(生育の悪化、病害虫増加など)を招くことがあります。
予防策として、1〜3年程度の「輪作(休作)」を設け、堆肥などの有機物を投入して土壌を豊かに保ち、土壌消毒や天地返しも有効です。
特に同じキク科の植物(キンセンカ、マリーゴールド、ヒマワリなど)を続けて植えないように注意し、植える場所を変えるか、土壌改良をしっかり行うことが大切です。

コスモス畑から西方向を眺める。
手前の小山は畝傍山。
後方に見える稜線は左から金剛山、水越峠、大和葛城山と続く金剛山地の山並み。



朝堂院東門
朝堂院東門は、朝堂院と東方官衙(役所)地区を結ぶ門です。
2003年に奈良文化財研究所が初めて発掘調査を行い、雨落溝(屋根から落ちる雨水の排水溝)や9個の礎石据付穴、7個の礎石が出土しました。
東門は、南北21.3m、東西14.5mの基壇の上に、南北約15.3m(3間)、東西約10.2m(2間) の八脚門が建っていたと推定されています。
なお、この復元列柱は、宮跡内園路の通行確保のため、南側の3本を除いて設置しています。

つづく。



1月12日(月)07:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前18

確か前方に見えるこんもりとした小さな森の中に石碑が建っていたと記憶。


小さな森へ行ってみようとするが、発掘現場付近には金網(赤矢印)が張られ、大きく迂回することになる。(青矢印)


概略図。
現在地を赤矢印で表示した。
大極殿の近くにいる。
北側に道路を挟んで、先程まで歩いていた醍醐池が記されている。



説明板は全く読めなかった。
【参考】藤原宮跡とは(橿原市のサイト)
・藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)は、今から約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京(694~710)の中心にあった宮殿・藤原宮のあったところです。
・藤原宮にはかつて、一辺約1キロメートルの中に大極殿や朝堂院といった国をあげての儀式や政治を行う施設や天皇の住まいである内裏などがあり、現在の皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を合わせた性格を持っていました。藤原京が都であった期間は694年~710年の16年間ですが、その大きさは後の平城京や平安京を上回る規模ともいわれており、藤原京の構造はその後の都にも引き継がれていきます。
・藤原宮跡は昭和27年に国の特別史跡に指定されており、また藤原宮跡が構成資産のひとつである「飛鳥・藤原の宮都」は、人類史上でも価値の高い文化遺産として、世界遺産への登録を目指しています。



小さな森の中に到着。
瑞垣の中にご神体が祀られている様子でもない。
常夜燈と、ご神木に注連縄が巻かれている。
四本の瑞垣には文字が刻まれている。(赤矢印)
右から「七大字安全」「鴨公神社」「大禮記念」「大正四年十一月十日」。
【AI による概要】
「大正四年十一月十日 大禮記念」は、1915年(大正4年)11月10日に京都御所で行われた大正天皇の「即位の礼」を記念するものです。
【参考】
鴨公神社跡 (改定) | かむながらのみち ~天地悠久~

つづく。



1月12日(月)07:04 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前17

醍醐池の堤から南東方向を眺める。
音羽三山(音羽山/経ヶ塚/熊ヶ岳)、多武峰(とうのみね)の稜線が見えた。



クビアカツヤカミキリの被害を受けたサクラの木。


小さな祠。


双石仏が安置されていた。
ホゾが見えるので、笠を被っていたと見られる。(赤矢印)
台座とセメントで固定されている。



藤原宮跡に到着。
この時期、発掘調査が行われていた。
尚、当日は日曜日だったので、作業人の姿は見えず。

つづく。



1月12日(月)06:51 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前16

養國寺・春日神社を後にし、東方向へ歩く。


正面の辻を右折。(南)


アオイ科フヨウ属のローゼルという名前の植物。
最近、よく見かける。
【参考】
ローゼル



これは渋柿ではないと思うが、確実なことは云えない。


やがて前方左に大きな池が見えてくる。(水色四角印)
この後、この池(醍醐池)の堤を通る。
コースは直進して、下草が生えた畦道を進む。(赤矢印)

つづく。



1月12日(月)06:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前15

「安政三丙辰歳 十一月吉日」の銘。


そして、「作師」「照信」( 花 押 )。


「世話人」。
「森村庄三良 / 平井種八 / 音羽久次郎」。



「奉獻」。
この台座も彼の他の台座同様、彫が深い。



吽形をアップで撮影。

つづく。



1月12日(月)06:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前14

小堂の中に安置されている地蔵菩薩立像。
左手に宝珠(ほうじゅ)を載せられ、右手に錫杖(しゃくじょう)をとって構えられている。



こちらは弘法大師像。
右手に五鈷杵(ごこしょ)、左手に念珠をお持ちになって趺坐(ふざ)しておられる。



観音菩薩立像。
左手に蓮華付きの水瓶をお持ち。
右手の持物(じもつ)は撮影した画像ではよくわからない。
裳(衣装)の裾をお持ちなのかも。



撮影した画像は、養國寺と隣接していると云うか、同じ境内に祀られている春日神社。

この特徴ある狛犬は佐吉の作りだろう。
一般的に向かって左側に置かれる狛犬。
吽形(うんぎょう)と呼ばれ、口を閉じた形の像。



こちらは阿形(あぎょう)。
口を大きく開けて「あ」の音(始まり)を表している。
Tリーダーは佐吉の銘が刻まれていないか確認中。

つづく。



1月11日(日)05:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前13

すると、養國寺の山門前に出た。


山門に掲げられている養國寺の寺名板。


境内に入ると、いきなり目に入る藤棚。


無住らしいが、境内は綺麗に手入れがなされている。


野仏などを一箇所にまとめて祀られている。
その左に小堂が見えた。(赤四角印)

つづく。



1月11日(日)05:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前12

この花は新しい品種かと思ったが、検索すると「ジニア」で、別名:百日草というから驚き。(ヒャクニチソウ)
百日草の新しい品種だそうだ。
葉っぱが従来のものと、まったく異なるように見えるのだが。
【参考】
ジニアとは



おふさ観音の山門前の道(安倍文殊院へと続く、通称:長寿道)を、引き続き東方向へ歩き、R165を横断。
更に左折(北)し、集落の中に続く狭い小道を歩く。



目当ては養國寺だが、少し手前で左折してしまったようだ。
もっとも、クルマの通行を避けて歩いていることもある。
東方向へ歩く。(画像)



車道に出て突き当りの三叉路を左折。(北)


すぐに右折。(東)

つづく。



1月11日(日)05:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前11

観音扉を開いて驚き。
ピッカピッカのお地蔵様でした。
「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」。(真言)

【AI による概要】
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」は、お地蔵さま(地蔵菩薩)の最も一般的で親しまれている真言(マントラ)で、「稀有なほど尊いお地蔵さまに帰依し、成就しますように」といった意味合いを持ち、交通安全や厄除けなど、あらゆる願い事の成就のために唱えられますが、言葉の意味よりも唱える行為そのものに功徳があるとされます。



この石柱は、道標と云うより、標石のようなもの?
「久米寺??」は橿原市内のお寺だが、左面の「乳汁野??」は不明。



更に「乳汁野??」の左面も不明。
「??正明寺」。



この面は「音羽山??」、これは桜井市内の山、或いはお寺を指しているようだが。


この敷地内に建つ「大日堂」。
残念ながら、お堂の中を覗くことは出来なかった。

つづく。



1月11日(日)05:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前10

提灯が吊られている。
この時期、おふさ観音では、秋のバラまつりが開催されていた。
バラは5月中旬から6月が本番だろう。
垣根などで使われている昔ながらのバラの品種は年一度咲き。
ところが、最近は一度咲きではなく、年中楽しめる品種がある。
本来、バラは“秋”より“春”だと思う。



気のせいか、人の数も春に比べると少ない気がする。
この日は日曜日。



まだ新しい不動明王像。


トイレを借用して、おふさ観音を後にする。

これはギンモクセイ。(銀木犀)
花の色が白または薄い黄色であることから、そう呼ばれている。(キンモクセイはオレンジ色)
ところが、匂いは金より銀の方が強いと思う。



手前の地蔵堂には「子安地蔵」と記されていた。

つづく。



1月11日(日)05:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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