山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 
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2026年2月を表示

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺30

辻に駒札と石碑が立つ。


角屋 (すみや)

角屋は江戸時代に繫栄した旧花街・島原を代表する揚屋(あげや : 現在の料亭)で、明治時代にお茶屋業に編入された後も、昭和六〇年(一九八五)まで営業が続けられた。
島原は、我国最初の官許の花街(かがい)で、当初は二条柳馬場に開かれ、その後六条三筋町に移転し、さらに寛永一八年(一六四一)にこの地に移された。
正式な地名は西新屋敷というが、急な移転騒動が、当時の九州で起こった島原の乱に似ていたことから、島原と呼ばれるようになった。
島原には、揚屋と置屋(おきや)があり、揚屋は太夫芸妓などを一切かかえず、置屋から太夫等を呼んで宴会を催す場であった。
角屋の建物は、揚屋建築唯一の遺構として昭和二七年(一九五二)に重要文化財に指定された。
また、円山応挙・与謝蕪村など、当時の一流画人の作品を多く蔵し、蕪村の大作「紅白梅図」は重要文化財に指定されている。
江戸中期には、俳壇が形成されるなど文化サロンとしの役割も担い、また、幕末には西郷隆盛・久坂玄瑞などの勤皇の志士たちが、軍用金調達のために時の豪商を招いて会議を行い、彼等を探し求めた新撰組が乱舞した場所でもあった。
こうした江戸時代の社交遊宴文化の余香を今に伝える角屋は、現在「角屋もてなし文化芸術館」として一般に公開されている。
 京都市



更に坊城通(ぼうじょうどおり)に出て、輪違屋へ向かう。


「輪違屋」の紋が入った大きな灯籠が目印。


輪違屋

輪違屋は、大夫や芸妓をかかえていた由緒ある置屋で、元禄年間(一六八八~一七〇四)の創業と伝える。
現在の建物は、安政四年(一八五七)に再建されたといわれるが、その後増改築がなされて、明治四年(一八七一)にはほぼ現在の姿になっていた。
平面構成は複雑だが、大きく分ければ、一階南半分の居室部分と、一階北半分及び二階を占める客室部分からなる。
客室は全部で十数室あり、なかでも二階の傘の間と紅葉の間が主要な座敷で、その襖や壁の斬新な意匠には目を見張るものがある。
輪違屋は、建築的に質が高く、また古い置屋の遺構として貴重であり、昭和五十九年六月一日 京都市指定有形文化財に指定された。
 京都市

つづく。



2月17日(火)05:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺29

島原西門跡の北隣に位置する島原住吉神社の説明板。

【AI による概要】
島原住吉神社(しまばらすみよしじんじゃ)は、京都市下京区の旧島原遊郭の鎮守として享保年間(18世紀前半)に創建された神社です。
かつては良縁の神として賑わい、島原太夫や芸妓の練り物でも知られました。
廃仏毀釈で一旦廃社後、1903年に再興され、現在は縁結びや良縁を願うスポットとなっています。

概要と特徴
・場所: 京都府京都市下京区西新屋敷下之町。
・沿革: 住吉屋太兵衛の自宅で祀られていた住吉大明神が始まり。1732年に現在地に移転・建立された。
・鎮守としての役割: 旧島原の氏神であり、太夫や芸妓たちが例祭で参詣・練り歩いた。
・再興: 明治の廃仏毀釈で廃社となったが、1903年に稲荷社の株を譲り受けて再興、2001年に島原住吉神社として復称した。
・御祭神: 宇迦之魂命(うかのみたまのみこと)、表筒男命、中筒男命、底筒男命、息長足姫命(神功皇后)。
・見どころ: 境内には江戸時代に遷座された「幸天満宮(菅原道真公)」や、大銀杏がある。



島原住吉神社境内の手水鉢。


島原住吉神社を後にして南へ歩く。
この先、道は左方向へ曲がっている。(花屋町通)



正面突き当り右に立つ「東鴻臚館址」の石碑。

【AI による概要】
東鴻臚館址(ひがしこうろかんあと)は、平安京(現在の京都市下京区)に存在した外国使節の宿泊・接待施設。羅城門の東側に位置し、9世紀頃に渤海国などの使節を迎えた。
現在は京都市下京区西新屋敷下之町周辺に石碑が立ち、JR丹波口駅から徒歩約5分でアクセスできる史跡。

・概要: 飛鳥・奈良・平安時代に外国使節や外交使節(遣唐使など)を迎えた客館(鴻臚館)の東側エリア。
・場所と歴史: 平安京の朱雀大路を挟んで、西鴻臚館と並んで東側に設置。810-824年頃に東寺建立等に伴い移転したとされる。
・現状: 京都の島原大門付近、角屋の北側に石碑があり、周辺は住宅街や商業施設。
・関連施設: 奈良時代の施設は難波館(大阪)、筑紫館(福岡)が存在し、福岡の「鴻臚館跡」は国指定史跡となっている。

左の石碑には「此附近 東鴻臚館址」と刻まれているようだ。



引き続き花屋町通を東へ歩く。

つづく。



2月17日(火)05:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺28

京都青果センタービルの3階にあって、場所が分かりにくい。
道路沿いに看板が設けられておらず、ビルの前まで来て分かった次第。



現在地に赤矢印を付け加えた。
丹波口駅のほぼ西側に位置している。

お土産を売っていたが、京都以外(海外含む)の物品もあって、一寸、イメージが違う感じ。
レストランがメインなのかもしれない。




五条通に出て、東へ向かう。
前方に見える高架は山陰本線。
この後、右折して山陰本線に沿って右(南)へ歩く。(旧千本通)



暫く歩くと左手に「島原西門跡」の略図が掲げられている。
尚、西門は現存していない。



その横に「島原西門碑」。
【AI による概要】
島原西門碑は、江戸時代の公許花街・京都「島原」の西側の入り口(西門)があった跡地を示す石碑です。
享保年間に設けられた門は1970年代の事故で倒壊したため、現在は島原地区自治協議会が1998年に建立した石碑が住吉神社前(下京区)に残され、かつての街の風情を伝えています。

主な特徴と歴史は以下の通りです。
・概要: かつて島原遊郭の西側にあった西門の跡地に立つ記念碑。
・場所: 京都市下京区西新屋敷下之町、島原住吉神社前。
・西門の歴史: 享保17年(1732年)に設置。当初は簡略な門柱だったが、天保13年(1842年)に高麗門型へ整備された。
・現状: 門自体は昭和・平成の事故(1977年、1998年)で失われ、現在は石碑と、門跡を示す案内図が設置されている。

島原の東側に残る「島原大門」に対し、西側の境界を示す重要な場所です。

つづく。



2月17日(火)05:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

ベートーヴェン 交響曲第9番 ヴァシリー・ペトレンコ&EUユース管弦楽団

ベートーヴェン 交響曲第9番 ヴァシリー・ペトレンコ&EUユース管弦楽団を視聴してみよう。
交響曲第9番 (ベートーヴェン)
ヴァシリー・ペトレンコ
EUユース管弦楽団

Beethoven: Symphony No. 9 | Vasily Petrenko & the European Union Youth Orchestra (complete symphony)
【Google翻訳】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125を、ヴァシリー・ペトレンコ指揮欧州連合ユースオーケストラ(EUYO)が演奏する。2019年8月4日、ベルリン・コンツェルトハウスで開催されたヤング・ユーロ・クラシック・フェスティバルのこのコンサート録音では、このヨーロッパのユースオーケストラの傑出した技量が改めて明らかになっている。若い音楽家たちは、ベートーヴェンの交響曲第9番のような難曲でさえ、素晴らしいダイナミズムと演奏する喜びをもって熟練度を披露している。

出演者:
欧州連合ユースオーケストラ(EUYO)
ヴァシリー・ペトレンコ(指揮)
エルンスト・ゼンフ合唱団
シュテフェン・シューベルト(指揮)
ミア・パーソン(ソプラノ)
テリーザ・クロンターラー(メゾ・ソプラノ)
ノルベルト・エルンスト(テノール)
レオン・コシャヴィッチ(ベース)

(0:00:00) I. Allegro ma non troppo、un poco majeso
(0:16:50) Ⅱ.モルト・ヴィヴァーチェ
(0:28:02) Ⅲ.アダージョ・モルト・エ・カンタービレ
(0:42:59) Ⅳ.フィナーレ
(1:07:18) 一緒に歌えるヨーロッパの国歌「歓喜の歌」



2月16日(月)21:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺27

「水産棟見学エリア」の入口から入る。(入場無料)
(開所時間 5:00~17:00)



エントランスホール。
ホテルのロビーのような華やかな雰囲気。



建物の壁側に沿って2Fから下を見て市場の様子を眺める。
しかし「セリ」を見るなら早朝の訪問が適しており、午後からは閑散としていた。
そのことは承知だったので、この日は作業場を見ただけ。



市場の場内を北方向へ歩く。


暫く歩き「京の食文化ミュージアム 食あじわい館」に入ってみる。
(入場無料)

つづく。



2月16日(月)06:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺26

目が覚める程、光り輝くように美しい紅葉。

丁度、ベンチが置かれていたので、この付近で紅葉を見ながら、昼食タイムとなった。



梅小路公園を後にして、来た道を北方向へ戻る。


周辺の地図があったので現在地を確認しょうとしたが、この地図は上が南を表示していた。
手持ちの地図とマッチしないので、地図を見るのを諦めた。



「是より洛中荷馬口付近のもの乗へからす」と刻まれた石柱。
【AI による概要】
この石碑は「是より洛中碑」と呼ばれるもので、江戸時代に京都の入口に立てられた道標です。
石碑には「是より洛中荷馬口付のもの乗へからす(乗るべからず)」と刻まれています。

・目的: 江戸時代、京都の中心部(洛中)での乗馬を禁止し、荷馬を引いて歩くことを徹底させるために設置されました。
・意味: 「これより洛中では、荷物を載せた馬に口取り(馬子)が乗ってはいけない」という意味です。
・場所: 当時は京都への主要な入口である「京の七口」など約30ヶ所に設置されていました。
・現状: 現在、京都市内には10本余りが確認されていますが、多くは本来の場所から移設されています。

尚、この石柱は平成二十年五月に、復元建立されたもの。
この場所は「京の七口」のひとつ丹波口。



梅小路京都西駅の高架下を潜り、更に北方向へ歩くと、京都市中央市場の場内に入る。

つづく。



2月16日(月)06:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺25

シラカシ。
“カシ”と名が付く木は、ブナ科の常緑高木の一群の総称。



入口付近へ戻ってきた。
この橋は「いのちの森」の入口にあって「楓林橋(ふうりんばし)」と呼ばれている。
ここまで歩いて来たのは「いのちの森」と呼ばれている。



楓林橋を渡って、「いのちの森」を後にする。


地面に降りてみる。
この場所は光が当たっていないので、残念ながら映えない。



「朱雀の庭」の見どころの一つである「野筋」(のすじ)に沿って歩く。

つづく。



2月16日(月)06:13 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺24

空中散歩みたいな快適な空間を体験


エノキ。
アサ科となっている。



ヤマボウシ。
幹を見ている限りでは判別出来ない。



クスノキ。
クスノキは巨樹が多く見られる。
間違っても、自宅の庭に植えたら、大きく成長して大変なことになる。



ケヤキ。
どうも幹を眺めている限りでは、実際のところ、まったく分からない。

つづく。



2月15日(日)05:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺23

水辺に浮かぶ落葉。


小さな木橋を渡る。


そしてデッキ(樹冠回廊)に取付く。


結構、登り下りがあるので、どちらかと云えば健常者向き。


幹に木の名前が書かれた札が掛かっている。

つづく。



2月15日(日)05:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺22

やや色あせているが、画一的ではなく、いろんな色合いがあっていい。


同じ一本の木で、光の当たり具合などにより、色が変化するのが興味深い。


京都市によると、この公園は、「建設資金の一部を郵便局の簡易生命保険積立金から還元融資を受けて行ったもの」と記されている。


この橋のことを「樹冠回廊」と呼んでいるようだ。
高さ、最大3.6メートル。



ここは、ビオトープの森となっている。
【AI による概要】
ビオトープ(Biotope)とは、ドイツ語の「生物(Bio)」と「場所(Top)」を組み合わせた言葉で、野生の生き物たちが安定して暮らすことのできる空間、つまり「生きものの生息空間」を指します。
森や川などの自然の環境だけでなく、学校のビオトープやベランダのスイレン鉢など、人工的に作られた空間も含まれる。

橋(樹冠回廊)を歩くことにより、生き物を守ることに繋がっている。
説明書きによると、ここに自然の生態系を復元し、「いつのまにか姿を消してしまった生きものたちが再びわたしたちのまわりに戻ってきてくれることを願って創られた」と記されていた。

つづく。



2月15日(日)05:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺21

朱雀の庭の見どころのひとつである池「水鏡」(みずかがみ)。
説明によると、
「インド産の黒御影石の上に1cmだけの水を張り、池全体を水鏡にするという斬新な手法が取り入れられている。
昼は周囲の景色を、夜は月やライトアップされた木々を水面に美しく映す。」



更にこれも朱雀の庭の見どころである「野筋」(のすじ)。
説明によると、
「滝の上部から始まった小さな流れが、芝生でつくった起伏の間を緩やかな曲線を描きながら幾筋も流れてゆく。
流れのほとりには、ナデシコやサワギキョウなどの季節を彩る草花が咲き誇る。」

これも斬新と云うか、他では見られないと思う。



とても印象に残る光景。


木製のデッキの上を歩いて周囲の景色を眺める。
この時期、紅葉が見頃。
地面に立った高さだと、低いので近くで紅葉の様子が見えにくい。



ところが、デッキの上からだと、近づいて見ることが出来る。

つづく。



2月15日(日)05:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番 ダニール・トリフォノフ

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番 ダニール・トリフォノフを視聴してみよう。
ピアノ協奏曲第9番 (モーツァルト)
ダニール・トリフォノフ

Mozart, Piano Concerto No. 9 "Jeunehomme"
【Google翻訳】
ダニール・トリフォノフ / ピアノ -
サンタ・チェチーリア国立アカデミア管弦楽団 / アントニオ・パッパーノ -
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 K.271 (1777)

00:00 I. アレグロ
11:17 Ⅱ.アンダンティーノ
22:58 Ⅲ.ロンド
34:04 カーテンコール

サラ・サンタ・チェシリア、オーディトリアム・パルコ・デッラ・ムジカ、ローマ、イタリア / 2021年11月25日~27日



2月14日(土)19:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺20

正面の建物が緑の館。


伝統的な日本庭園らしさと、新しさも感じられる。


池の底に黒御影石が使われ「水鏡」と呼ばれている。
このような池を他には知らない。
【AI による概要】
黒御影石は、主にインドや中国で産出される斑レイ岩(硬質で耐久性が高い)を指す、深みのある黒色が特徴の高級石材です。
墓石、建築外装、オーディオボードとして人気があり、特にインド産や「山西黒(中国)」などが有名です。
熱を吸収しやすく、年月が経つと経年劣化が目立つ場合もありますが、その重厚な美しさは高く評価されています。



「キタタニギク」と記されていた。


絶滅危惧種となっている。
キタタニギク(別名:アワコガネギク)という和名は京都・東山の野菊の名所「菊渓」に由来するが、東山では生息環境の変化により絶滅したようだ。
この個体は園芸品種と記されていた。

つづく。



2月14日(土)06:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺19

渡ってきた橋を振り返って撮影。


池泉回遊式の庭園で、水辺に設けられた飛び石を歩いて散策出来る。(赤矢印)


案内によると、「朱雀の庭」は平成7年 (1995年) 4月から開園され、 松林、紅葉谷、野筋(のすじ)と遣水(やりみず)、水鏡(みずかがみ)、緑の館などが見所となっている。


季節柄、サザンカだろう。(山茶花)
蕾が沢山付いている。



池の深さは驚くほど浅い。
しかし、光の当たり具合で、撮影した画像では、そのように見えない。

つづく。



2月14日(土)06:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

東寺_唐橋西寺公園_梅小路公園_島原_西本願寺18

丘陵地の尾根に沿って歩く。
朱雀の庭は、丘陵地に造られているが、元々、この地が自然の丘陵地だったのか、よく分からない。
京都駅の近く、京都盆地のど真ん中に、丘陵地がポツンと位置しているのが不自然に思える。
或いは、JRのトンネル掘削によって出た土砂を使って丘陵地に築いたのかもしれない。
(これは私の勝手な推定)



この先、丘陵地の尾根のコブを繋ぐ橋が見える。(赤四角印)


いかにも庭園といった趣。


木橋を渡る。


橋を渡ったところにある東屋風の休憩ポイント。

つづく。



2月14日(土)06:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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