山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


ウォーキング・散策

ご近所散策(鷹塚山地蔵尊ほか)

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

平成30年(2018年)の元旦は穏やかな日和となった。
お屠蘇とおせちを頂いて午後から自宅近辺を散策。

最寄の菖蒲池神社へ初詣に出かけたが、蛙股池に架かる「あやめ新橋」南詰まで初詣客の長蛇の列。
笹酒が振舞われていたらしく、皆さん、それが目当てだったのかも。
並んで待つのも面倒なので、菖蒲池神社の初詣は諦め、西大寺高塚町の「鷹塚山地蔵尊」に向かった。

この地蔵菩薩は推定年代室町後期とされている。
意外にも地元の人とみられる女性が、正月用のお飾りを飾っていた。

その後、「正直不動尊」が祀られた小路を下って、菅原町の住宅建設現場(ソレイユグラン菅原町)へ立ち寄り帰宅した。
現在、菖蒲池駅の南側で二ヶ所、山を切り開いて住宅建設が行われている。
どちらも同じ建設会社。

画像は鷹塚山から北東方向の眺め。



同じく東方向の眺め。
画像中央左寄りのハゲに見える山が奈良公園の若草山。



鷹塚山地蔵尊。
お地蔵さんの大きさからすると覆屋は小さいように見える。



線香が焚かれ、お鏡餅が飾られているが、今しがたの女性がお供えされたもの。


光背は二段に重なった蓮弁が刻まれているが、お顔がのっぺらぼうなのが残念。
風化したのではなく元からお顔が刻まれていなかったケースもあると聞く。



3月28日(水)19:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

大和川流域の道2(巻向_結崎)

2018年3月24日(土)は、N氏主宰による土曜会に参加した。
大和川の流域を歩くシリーズの第2回目で、大和川沿いに桜井線巻向駅から近鉄橿原線結崎駅まで歩いた。
昨年に予定していたが、雨でこの日に順延となった。

JR桜井線巻向駅からスタート。
まずは駅の東側に出て上ツ道(別名:上街道 別名:伊勢街道)を北へ歩く。
桜井線を西へ横断し、纒向古墳群を順次観て回った。
遺跡居館域の調査現場では、この日、実際に工事が行われていた。

桜井市江包(えっつみ)の素盞鳴神社で、国指定無形民俗文化財「江包・大西の御綱まつり」に使用され境内に残されていた綱を見た。
桜井市から田原本町入りし、中ツ道に出合ってこれを北へ歩く。
村屋坐弥冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)に立ち寄った後、大和川(初瀬川)河川敷の「しきのみち はせがわ展望公園9号」で昼食。

食後は大和川(初瀬川)に沿って北へ歩く。
大和川に架かる法貴寺大橋を渡って、法貴寺と天満宮「池坐 朝霧黄幡比賣神社(いけにいますあさぎりきはたひめじんじゃ)」に立ち寄る。
案内板によると、法貴寺は推古天皇の御代、聖徳太子により創立されたという。
かつては七堂伽藍をめぐらし盛大を極めたが、今は千万院を残すのみとなっている。
ここに祀られている不動明王立像は平安時代のもので、国指定重要文化財。
尚、拝観は事前に自治会長宅まで連絡が必要。

法貴寺を後にして西へ向い、国史跡、唐古・鍵遺跡を訪れたが整備中だった。
また、R24を挟んで道の駅を新設する工事も行われていた。(4月20日(金)オープン)

下ツ道(中街道)に出合い、風情のある旧道を道標や石仏を見ながら北へ歩く。
天理市庵治(おうじ)町の集落に入る手前、地蔵堂のある木蔭で小休止。
京奈和自動車道の巨大な高架下を潜り、14時40分結崎駅にゴールした。

参加人員総勢9名。反省会は3人で西大寺駅構内 二条庵(うどん)。

10:04JR桜井線巻向駅10:13_上ツ道(上街道)出合_石鳥居(穴師大明神)_纒向村道路元標_JR桜井線の辻踏切を横断_纒向(まきむく)遺跡居館域の調査説明板・現場_県営纒向団地_説明板(国史跡 纒向石塚古墳(墳丘墓))_纒向小学校前_説明板(勝山古墳(墳丘墓))_説明板(矢塚古墳(墳丘墓))_説明板(東田(ひがいだ)大塚古墳)_大念寺前_井戸_遣迎寺分岐を右に見送る_天國教会 白竹神社分岐を左に見送る_石仏群_春日神社・江包(えっつみ)地区構造改善センター前_素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)・説明板(江包・大西の御綱 国無形民俗文化財)・2月11日開催 お綱まつりの跡_大和川に架かる綱掛橋を渡る_桜井市江包と田原本町蔵堂の市町村境_中ツ道出合_道標(<西> 天保九戊戌年 西國同行中 家内安全 <南>南無佛 三界萬× <北> 右 かうや道 左 三わはせ <東> いせ)_道標(右 ならみち 左 保う里うし / 梵字 西國遍路供養)_村屋坐弥冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)・説明板(村屋座 彌冨都比賣神社)_常夜灯二基(大神宮 金刀比羅大権現)_11:46しきのみち はせがわ展望公園9号・昼食12:31_<水の辺>_覆屋(蔵堂の不動明王)_祠(お地蔵さん)_説明板(大字 蔵堂(くらんど))_しきのみち はせがわ展望公園 森と泉の広場_仏光寺_大和川に架かる大木橋を渡る_祠(お地蔵さん)_グランドゴルフ場前_大和川に架かる法貴寺大橋を渡る_説明板(池坐 朝霧黄幡比賣神社(いけにいますあさぎりきはたひめじんじゃ))・説明板(田原御佛三十三ヶ所巡礼 法貴寺・千万院 不動明王立像)・説明板(大字 法貴寺)・案内板(千万院と不動明王)_常夜灯(太神宮 / 川西講中 / 寛政八丙辰歳×)_祠(石仏)_道標(すぐ 三ハ はせ / すぐ たつた かうり山)_祠(石仏群)_萩原農場前_お地蔵さん(鍵池南西角)_町立北小学校前_唐古鍵遺跡・公園整備中_祠(石仏群 唐古池北西角)_UCC唐古庭園前_R24を横断_道の駅レスティ唐古・鍵(※4月20日(金)9時オープン)_下ツ道(中街道)出合_祠(石仏)_道標(すぐ よし乃 かうや道 × / 奉納 × / 左 なら こうり山 道 / 文化×)_道標(大峯 山上 七十ニ度 / すく 京 奈× / すく よし× 高野?)_地蔵堂・忠魂碑・日露戦役記念碑_常夜灯(大神宮)_庵治町公民館前_京奈和道の高架下を潜る_お地蔵さん・祠(石仏群)_出屋敷公民館前_14:40近鉄橿原線結崎駅 ★反省会 西大寺駅構内 二条庵(うどん)

実歩行距離約17.2km。(自宅~最寄り駅往復約2.7km等を含む)
歩数2万5千歩

画像はこの日歩いた巻向駅から結崎駅までのGPSログを表示している。



国指定無形民俗文化財、「江包・大西の御綱」。
素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)境内にて。
江包・大西のお綱祭り



道標。
「<北> 右 かうや道 左 三わはせ <東> いせ) <西> 天保九戊戌年 西國同行中 家内安全 <南>南無佛 三界萬× 」。
村屋坐弥冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)参道入口手前の辻にて。



開花したソメイヨシノ。
「しきのみち はせがわ(初瀬川)展望公園」にて。



不動明王。
田原本町蔵堂(くらんど)にて。



3月26日(月)20:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

吹田の街をぶらり

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年12月21日(木)は、ササユリの会に参加した。
題して「吹田の街をぶらり~旧西尾家住宅(旧仙洞御料庄屋屋敷)と浜屋敷を訪ねて~」。
参加者は主宰のT氏を含めて11人。

吹田の街は知っているようで実は何も知らない。
一度も歩いたことがなかった。
吹田で思い浮かべること、まずは万博記念公園の太陽の塔、吹田ジャンクション、あと大学くらい。

今回訪問したのは、泉殿宮(いづどのぐう)、旧西尾家住宅(旧仙洞御料庄屋屋敷)、浜屋敷、吹田の渡し跡、そして高浜神社。
ゴールの吹田駅に到着間際、Mさんの提案により、急遽アサヒビール吹田工場を見学することになった。
意外にも全員がこれに参加。平日ということもあり、事前に予約せずに見学できたのはラッキー。

コース
09:50JR東海道本線吹田駅10:10_東海道本線の高架下を潜る_駒札(是より泉殿宮参道)・石柱(泉殿宮)_<泉殿宮(いづどのぐう)・駒札(川西町地車)・遺跡 泉殿霊泉・駒札(立柱祭 元柱)・鎮守社・石仏群>_東海道本線の高架下を潜る_常光円満寺(じょうこうえんまんじ)_<吹田市立 旧西尾家住宅(旧仙洞御料庄屋屋敷)・案内板(国指定 重要文化財 旧西尾家住宅)・吹田文化創造交流館>_光明寺_泉殿神社川面御旅所・説明板(大の木と吹田殿址)・大乃木大明神_<12:14吹田歴史文化まちづくりセンター 浜屋敷・昼食・喫茶・案内板(吹田のだんじり)神境町地車13:34>_説明板(吹田の渡)_道標(左 中山 池田 伊丹 岡 / 右 京 茨木 惣持寺 富田 高槻 勝尾寺 茶川 / すく大坂)_道標(左 帝釋天王 片山村 帝釋寺 / 右 勝尾寺 惣持寺 × / 右 大坂道 / 左 茨木 富田 京 福井 山田)_高浜神社_東海道本線の高架下を潜る_寺標(帝釋天 玉林寺)_アサヒビール吹田工場・工場見学_16:45吹田駅

旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)
旧西尾家住宅は、仙洞御料庄屋を勤めた伝統と茶の湯の精神を感じさせる屋敷です。
数寄屋風を意識した主屋、茶道藪内家の指導になる茶室、牧野富太郎の関与が伝えられる温室、著名建築家武田五一が和洋折衷の意匠を試みた離れなど多彩な建物からなり、文化性に富む優れた建築が伝えられています。
当住宅は平成21年(2009年)12月8日、重要文化財に指定されました。入館無料。

浜屋敷(吹田歴史文化まちづくりセンター)
江戸時代吹田村の旧庄屋屋敷。吹田市が寄贈を受け、歴史と文化のまちづくりに関わる文化活動や交流の場として活用するため、改修再整備して平成15年(2003年)6月、吹田歴史文化まちづくりセンターとして生まれ変わりました。
平成16年(2004年)公募で選ばれた愛称「浜屋敷」は、神崎河畔という立地と、高浜町、南高浜町の「浜」に「お屋敷」を重ねたもので、やさしい響きで親しまれています。

吹田の渡し跡
元神崎川の船渡し場があり亀岡街道の渡し。明治8年に高浜橋ができ渡しは廃止となった。

画像は吹田駅を起点に、この日歩いたコースのGPSログを表示している。



ガラス張りで明るい日差しを浴び、暖かくて気持ちが良かった。(訪問した日は12月21日)
このガラス、子供の頃木造の古い建物で見たガラスと同じでゆらいで見える。
昔はガラスの製造技術が足らなかったので、歪みや泡などの不純物が入っていた。
レトロ感があって懐かしい。

旧西尾家住宅(旧仙洞御料庄屋屋敷)、母屋棟にて。



神境町地車(しんけいちょうだんじり)
棟札には、天保十三年(1842)大工 田原喜右衛門他の銘。
浜屋敷にて。
浜屋敷だんじり庫



道標。
「左 帝釋天王 片山村 帝釋寺 / 右 勝尾寺 惣持寺 × / 右 大坂道 / 左 茨木 富田 京 福井 山田」。
吹田市のサイトによると、元は江戸時代の建立らしいが、明治十一年に補刻(北面、西面)され、利用されたとある。
3.吹田市南高浜町3六地蔵道標



アサヒビール吹田工場見学で試飲したビール3種類。
右上から時計回りと逆に、「スーパードライ」、「ドライプレミアム豊醸」、「ドライブラック」。
どれも美味しかったが、最初に飲んだ「ドライプレミアム豊醸」が印象に残った。
工場見学に1時間半程度要したので、吹田駅に向かう頃はとっぷりと日が暮れかけていた。(右下)



3月25日(日)20:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

大和川流域の道4(三郷_安堂)

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年12月16日(土)は、N氏主宰によるウォーキング「土曜会」に参加した。
大和川流域の道シリーズの第4回で、JR関西本線三郷駅から近鉄大阪線安堂駅まで、竜田越(亀瀬越)奈良街道と呼ばれた旧道を歩いた。
歩行距離約10km。参加者は主宰のN氏を含めて総勢8名。
反省会は忘年会を兼ねて布施駅前「お好み焼き よしひろ」。

【大和川流域の道】
推古天皇十六年(西暦608)、遣隋使小野妹子と隋の使者裴世清(はいせいせい)が、難波から大和川を舟で遡り海柘榴市に着いた。
彼らが辿った大和川流域の道を、桜井市金屋(かなや)の海柘榴市(宮都飛鳥の外港)から大阪城付近まで全6回シリーズで歩く。
尚、当時の大和川は柏原市安堂町付近から北西に流れ、淀川下流に合流していた。

コース
9:22JR三郷駅9:25_<奈良街道>_磐瀬の杜前_大和川に架かる大正橋北詰・道標(是より二丁西 龍田川 三室岸 ?之道 信貴山 / 龍田本宮 是より 五丁東 東 法隆寺 南都海道)_大正橋北詰を北へ_瓦善前_道標(←峠八幡神社 600m →JR三郷 800m <竜田道> 大阪と奈良の県境)_峠八幡神社・説明板(石造 地蔵菩薩坐像)・道標(松谷御堂是ヨリ 六丁 / 畑地蔵尊 願主×)・道標(←JR三郷 1.5km →亀の瀬 500m)_道標(←峠八幡神社 400m)_案内板(地すべり防止区域)_亀瀬排水隧道第一号_亀の瀬地すべり資料室前_亀瀬岩付近_道標(JR河内堅上駅 900m)_コンクリート祠(石仏)_JR関西本線の高架下を潜る_JR関西本線の青谷踏切を横断_石の祠(石仏)_河内堅上駅前_分岐を左へ_道標(←JR河内堅上 100m→柏原市青少年広場 850m)_コンクリート舗装された畦道を歩く_関西本線に架かる跨線橋を渡る_跨線橋を右に見送る_関西本線に架かる跨線橋を渡る_アクアピアアイスアリーナ前_青谷ゴルフガーデン分岐_大和川に架かる芝山橋を渡る_柏羽藤環境事業組合 芝山衛生センター前_関西本線の高架下を潜る_洗心地蔵尊_11:32国分神社・大阪府国分原標・昼食12:15_松岳山(まつおかやま)古墳・説明板(国指定史跡 松岳山古墳)_宮本地蔵_説明板(奈良街道の道標)_地蔵尊_西町地蔵尊・説明板(奈良街道(国分村))_大和川に架かる国豊橋(くにとよばし)を渡る_柏原市役所前_築留(つきどめ)土地改良区(大和川付け替え)・記念碑(大和川付替三百年記念碑)・説明板(大和川付けかえと中甚兵衛)・絵図(西暦1703年代大和川流域の図)_説明板(築留二番樋)_13:35近鉄安堂駅 ★反省会(忘年会) 布施駅前 お好み焼き よしひろ (近鉄ロンモール布施飲食街)

画像はこの日歩いた三郷駅から安堂駅までのGPSログを表示。



辻堂(地蔵堂)
峠八幡神社石段下にて。



辻堂(地蔵堂)に安置されている地蔵菩薩坐像。
格子戸の影がご愛嬌―笑。

この場所は、江戸時代の亀瀬越奈良街道と雁多尾畑(かりんどおばた)の光徳寺に通じる道が分岐する所です。
道標には「松谷御堂 是ヨリ 六丁」と刻まれ、石榴樹の下に建つ辻堂には石造の地蔵菩薩像が安置されています。
この像は花崗岩を浮き彫りにしたもので、よくみられる立像の声聞(しょうもん)形像と異なり、坐像になっています。
地蔵菩薩は反花(かえりばな)を伴う蓮台の上に半跏趺坐(はんかふざ)し、左手の掌(たなこころ)に如意宝珠を載せ、持物のない右手は膝に垂下(すいか)し、頭部は長楕円形で、眉は鋭く、目・鼻・口の表現は整っています。
製作の年代は刻まれていませんが、こうした半跏趺坐像は鎌倉時代以降に広まるといわれ、技術的にも秀でていることから、鎌倉時代末~室町時代初期の造像と考えられています。
また延命地蔵として今でも広く信仰されています。
  二00八年三月       柏原市教育委員会



西暦1703年代大和川流域の図
元禄十六年(1703)大和川河内国志紀郡字築留ヨリ未流泉州堺浦江川遷図
宝永二年(1705)古大和川之諸川及池沼開墾ス

築留(つきどめ)土地改良区にて。



築留二番樋 文化庁登録有形文化財
この樋は明治四十年頃に築造されイギリス積みと呼ばれるレンガ積みで笠石部が花崗岩の樋である。
逆アーチ型の側壁は美しいカーブを付けて仕上げられており、平成十三年十二月に文化庁の有形文化財に登録されました。
      平成十四年 築留土地改良区


築留土地改良区にて。



3月21日(水)20:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

酒蔵みてある記_河合酒造

2018年3月17日(土)は、近鉄の酒蔵みてある記 河合酒造「出世男」に単独で参加した。

今回の酒蔵の所在地は橿原市今井町。私には比較的近場となる。
また今井町は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、何回か訪れたことがあるお馴染みの場所だ。

ところが、この日歩くコース中に含まれる社寺仏閣のうち、人麿神社以外はいずれも初めて訪れるところばかりで新鮮味が感じられたので参加した。
・入鹿神社…全国で唯一蘇我入鹿公を御神体とする神社という。
・正蓮寺大日堂…国の重要文化財(正蓮寺大日堂・大日如来坐像)を地元自治会が管理している。明治時代の廃仏毀釈の時、地元自治会が13円50銭で落札し今日に至る。
その他、宗我坐宗我都比古神社、天高市神社も今回が初めて訪問。
尚、人麿神社は10年程前に、すみつけ祭(野神祭)を見物したことがある。

受付で並んでいる時、M氏と出会った。
歩いている途中に、再び出会うと思っていたが、そうにはならず、意外にもS氏と出会い昼食場所の今井町、今井児童公園まで一緒に歩いた。
(彼は昼食を持参しておらず外食だったので昼食場所で分かれた)

コース
9:25近鉄大和八木駅9:50_だんご庄前_近鉄橿原線の踏切を横断_飛鳥川に架かる高橋を渡る(※正規のルートはだんご庄の手前で右折し春日橋を渡る)_石柱(聖徳太子御自作 大日如来 佛起山 普賢寺 / 文化三丙寅季九月建立 施主× / 蘇我入鹿公御舊跡)_<入鹿神社・庚申・説明板(橿原市指定文化財 入鹿神社本殿一棟)・金毘羅大権現・石仏群・明治天皇遥拝所・説明板(大日堂)・正蓮寺大日堂・説明板(小綱町(しょうこちょう)のだんじり)>_<人麿神社_説明板(重要文化財 人麿神社本殿一棟)・歌碑(秋山の黄葉を茂み迷ひぬる 妹を求めむ山道知らずも 柿本人麻呂)>_玉津嶋神社_祠_屋就川(やつぎがわ)に架かる橋を渡る_春日神社前_近鉄大阪線の踏切を横断_近鉄真菅駅前_近鉄大阪線の踏切を横断_<宗我坐宗我都比古神社(そがのそがつひこじんじゃ)・八大夫稲荷神社>_曽我川緑地_曽我川に架かる曲川大橋を渡る_曽我川に架かる省堂橋を渡る_R24高架下を潜る_<天高市神社(あめのたけちじんじゃ)・_説明板(天高市神社)_JR桜井線の高架下(1.6m)を潜る_春日神社前_<今井町重要伝統的建造物群保存地区・11:36今井児童公園・昼食11:54・説明板(今西家内部)・駒札(重要文化財 今西家住宅)・旧西町生活広場_駒札(重要文化財 豊田家住宅)・説明板(称念寺)・夢ら咲長屋(案内所兼休憩所)・駒札(重要文化財 河合家住宅)・河合酒造(試飲3種類・甘酒の振る舞い)>_<今井蘇武橋公園・説明板(蘇武井 そぶのい)・説明板(蘇武橋のエノキ)>_飛鳥川に架かる蘇武橋を渡る_12:29八木西口駅

参加者、約1千1百人。コース歩行距離約9km。

実歩行距離約12.3km。(自宅~最寄り駅等を含む)
歩数1万8千歩

画像はこの日歩いた近鉄大和八木駅から八木西口駅までのGPSログを表示。



大和八木駅南口に設置されていたウォーキングマップ案内図。
この地図の赤線でマークされたコースとほぼ同じコースを歩いた。



なんと「“聖徳太子御自作”大日如来 佛起山 普賢寺」と刻まれている。
側面右は「文化三丙寅季九月建立 施主×」、左は「蘇我入鹿公御舊跡」。
入鹿神社、参道入口付近にて。
公式サイト



右手に錫杖、左手に蓮華のようなものをお持ちなので、長谷型観音だろうか。
今となっては、涎掛けを取り外さなかったことが悔やまれる。
入鹿神社境内にて。



人麿神社、すみつけ祭(野神祭)。
2009年5月4日撮影。



3月19日(月)19:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

酒蔵みてある記_稲田酒造

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年12月9日(土)は近鉄の「酒蔵みてある記」に単独で参加した。
酒蔵はお馴染み天理市(天理本通)の稲田酒造。
橿原市在住のY氏が参加されていた。

歩行距離約10km。参加者900名強。

コース
9:40天理駅9:47_蒸気機関車展示(D51 691・客車オハ61930)_地蔵前(交差点)・首切地蔵_とんよし本店(とんかつ)前_ひろっちゃん(お好み焼)前_田井庄町(たいのしょうちょう)の交差点を左折(東)_JR桜井線の高架下を潜る_勘定橋北詰の交差点を右折(南)_布留川南流(ふるがわなんりゅう)に架かる勘定橋を渡って左折(東)_布留川南流左岸を歩く_上ツ道(別名:上街道・伊勢街道・丹波市街道)出合を右折(南)_落合呉服店前_旧丹波庄市場跡_陽屋根(アーケード)_市座神社(いちざじんじゃ)・妙見社・説明板(青石橋の由来)・丹波市町道路元標・常夜灯(文化二乙丑秊(年)四月 / 文化四丁卯十二月吉日 / 文化五戊辰九月吉日)_日野マルヒ呉服店前_一灯点滅信号の交差点を横断_ヘアースタジオアンジュ前_祠(石仏群)_R25勾田町(まがたちょう)交差点を横断_杣之内町(そまのうちちょう)交差点を右折(南)_西乗鞍古墳_親里ホッケー場前_赤鳥居_夜都伎(やつぎ)神社前_石仏_園原町公民館前_天理観光農園前・トイレ_石柱(園原中央標)_11:22内山永久寺跡展望台・昼食11:53_内山永久寺跡本堂池・芭蕉句碑_R25高架下を潜る_白山神社下_石上神宮外苑公園_石上神宮_杣之内町交差点を南_説明板(峯塚古墳)_西山古墳前_天理高等学校前_天理参考館前_天理教教会本部前_天理本通_稲田酒造・試飲(しぼりたて原酒・にごり酒原酒)・甘酒振る舞い_天理本通_13:05天理駅13:15

画像は天理駅から時計回りと逆に周回したコースのGPSログを表示。



石仏群。

天理市田町、上ツ道にて。



美味しそうな柿。
もしかすると渋柿かも。

山辺の道にて。



カンザクラの仲間。
ほぼ満開。

天理観光農園付近にて。



土産に買った「きざみ漬け(大)」。
私の口に一番合う奈良漬。
奈良市内で奈良漬と云えば、森奈良漬店、山崎屋がよく知られているが、
私の好みは、稲田酒造>山崎屋>森奈良漬店。
どちらかと云えば甘党。

稲田酒造にて。



3月17日(土)19:35 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

(続き)中高野街道1(布施_河内松原)

鉄灯篭。

全興寺境内にて。



町屋カフェおもろ庵。

大阪市平野区平野本町4丁目付近。

平野三十歩町




道標地蔵。
「すぐ 大念佛寺十八丁 四天王寺一里半 / すミよし さかい」。

大阪市平野区喜連4丁目付近。



大日如来坐像。
総高 116cm。像高 98cm。
大阪府指定有形文化財。
平安時代後期。(推定)

敬正寺(きょうしょうじ)にて。
敬正寺



地蔵菩薩立象。

屯倉神社境内にて。
87.三宅村の大火と地蔵



3月16日(金)20:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

中高野街道1(布施_河内松原)

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年12月3日(日)は、おおばこの会、こばこの部に参加した。

題して「中高野街道パート1(布施から河内松原へ)」で、近鉄大阪線布施駅から近鉄南大阪線河内松原駅まで歩いた。
参加者20名。歩行距離約13km。

コース
9:20近鉄大阪線布施駅9:45_石柱(布施戎神社 南二00米右入ル)_旧蹟足代(あじろ)安産地蔵尊石仏_布施戎神社・説明板(布施戎神社の歴史)・都留彌(つるみ)神社御旅所_子安地蔵尊_清美原神社・清美原神社御由緒記_道標(左 信貴山 / 右 大阪 / 宿坊光?院)_加美巽川に架かる下足代(しもあじろ)橋を渡る_石仏群_史蹟 旧巽村役場跡_念仏堂_巽神社歯固め石納所_乾のお地蔵さん_おじいさんの木 第17号(エノキ)_平野川に架かる積善橋を右に見送る_JR関西本線の踏切を横断_平野川に架かる橋を渡る_平野郷環濠跡_杭全神社_・大阪市指定保存樹いちょう・ご神木「クスノキ」_11:49杭全公園(昼食)12:23_説明板(杭全神社)_道標(當社 熊野権現 祇園宮 / すぐ 天王寺 大さか / 右 大坂 / 右 ふちゐ寺 大峯山上 かうや山)_老舗塩伊(和菓子)前_<旧市門筋>_亀乃饅頭_小林新聞舗本店_全興寺・説明板(薬師堂 全興寺)・ほとけのくに・地獄の釜の音・鉄灯篭・町屋カフェおもろ庵_・流口地蔵_説明板(平野郷十三口 流地蔵)・北向地蔵尊_南港通を横断_如願寺・説明板(霊峰山 如願寺縁起)_楯原神社・説明板(式内 楯原神社)・神寶十種之宮_専念寺前_喜連小学校前_掲示板(喜連環濠散策マップ・喜連東遺跡・喜連の村づくりと地場産業や文化の発展Ⅱ・喜連の指定有形文化財・喜連の古墳と古代の土木工事・縄文時代から奈良時代の喜連・喜連小学校の歴史・喜連村の歴史)_馬倉(ばくら)地蔵尊_道標地蔵(すぐ 大念佛寺十八丁 四天王寺一里半 / すミよし さかい)_長居公園通を横断_瓜破霊園前バス停前_平野瓜破郵便局前_瓜破天神社・説明板(瓜破天神社)_敬正寺(きょうしょうじ)・説明板(石造 大日如来坐像 阿弥陀如来坐像)・説明板(敬正寺)_瓜破本郷地蔵尊_祠(石仏)_説明板(高野大橋)_大和川に架かる高野大橋を渡る_光南地蔵尊_阪神高速6号大和川線の高架下を潜る_祠(石仏)_都寿し前_屯倉(みやけ)神社_説明板(屯倉神社)・行者堂・地蔵堂_三宅小学校前_中高野街道一里塚跡_阿保(あお)神社分岐_延命子安地蔵尊・道標(左 平野 大阪 / 右 八尾 信貴山)_餃子の王将河内松原店前_15:17近鉄南大阪線河内松原駅

画像はこの日歩いた布施駅から河内松原駅までのGPSログを表示している。



「おじいさんの木 第17号 乾のエノキ」。
推定樹齢約150年。

この地域は江戸時代河内国渋川郡乾村で、平野郷から放出村を結ぶ放出街道の道しるべとなっていた。
平成17年11月17日、NPOおおさか緑と樹木の診断協会が登録し、案内板が立つ。

エノキの木が立つところだけ、道路が狭くなっている。
後の時代になって、道路を拡張した時、伐採されずに残った。

大阪市平野区加美北6丁目付近。



黄葉が美しいイチョウ。
大阪市指定保存樹。
高さ 18.1m。 幹回り 4.8m。

杭全神社境内にて。



ご神木のクスノキ。
大阪府指定天然記念物。
高さ 19.5m。 幹回り 7.85m。

杭全神社境内にて。



地獄の釜の音を聞く人

全興寺境内にて。



3月16日(金)19:54 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

中山道6(加納_鵜沼)

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年12月2日(土)は、中山道を歩くシリーズの第6回目として、加納(かのう)宿から鵜沼(うぬま)宿までをN氏と二人で歩いた。
加納宿から鵜沼宿までの距離は四里十町(約17km)。
但し、この距離は本陣から本陣までと思われるので、実際に歩くには駅からの距離が加算される。

中山道 - Wikipedia によると
中山道(なかせんどう)は、江戸時代の五街道の一つで、江戸の日本橋と京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道である。
「中仙道」、「仲仙道」とも表記する。
南回り・太平洋沿岸経由の東海道に対し、北回り・内陸経由で江戸と京都を結ぶ。
草津追分以西は東海道と道を共にする。
江戸から草津までは129里(約507.7km)あり、67箇所の宿場が置かれた。
また、江戸から京都までは135里(526.3km)である。
現在の都府県では、東京都・埼玉県・群馬県・長野県・岐阜県・滋賀県・京都府にあたる。

この内、岐阜県の美濃地方を東西に126.5km横断しており17宿あった。
美濃地方(現・岐阜県)
【江戸方向から】落合 - 中津川 - 大井 - 大湫 - 細久手 - 御嵩 - 伏見 - 太田 - 鵜沼 - 加納 - 河渡 - 美江寺 - 赤坂 - 垂井 - 関ヶ原 - 今須 -

加納宿
慶長6年(1601)、徳川家康の命によって岐阜城が廃城になり、代わりに加納城が築城されました。
城下町となった加納宿は、中山道69宿の中で5番目に大きい宿として栄えました。
本陣、脇本陣、旅籠35軒、人口2.728人という加納藩の記録が残っています。
本陣には和宮が降嫁の折に詠んだ歌碑があります。

中山道 岐阜県十七宿 散策ガイド 加納宿

鵜沼宿
江戸から数えて52番目の宿場となる鵜沼は、当時は「宇留間」あるいは「売間」と書かれていたようです。
江戸時代には他の宿と同様に中央に用水が流れていたのですが、今はなく、代わりに家の軒下に用水が涼しげに流れています。
近年、脇本陣を復元するなど家並が整備され、昔の街道の趣を醸し出しています。

中山道 岐阜県十七宿 散策ガイド 鵜沼宿

間の宿 新加納宿
加納宿と鵜沼宿の間は四里十町(約17km)と距離が長いため、立場(たてば 建場茶屋)と呼ばれる小休所が、新加納に設けられました。
正規の宿場ではないとは言え、長すぎる加納宿と鵜沼宿の、ちょうど中間に位置することや、小規模ながらも旗本・坪内氏の城下町的な意義を持つことなどからも、中山道の「間の宿」として栄えました。

中山道 岐阜県十七宿 散策ガイド 間の宿 新加納宿

画像はこの日歩いたJR東海道本線岐阜駅からJR高山本線鵜沼駅までの内、昼食場所の伝丸(ラーメン)までのGPSログを表示。



コース
JR東海道本線岐阜駅9:40_加納天満宮前_加納宿脇本陣跡_加納宿西問屋跡_加納宿本陣跡・皇女和宮御仮泊所跡・皇女和宮の歌碑「遠ざかる 都としれば旅衣 一夜の宿も 立うかりけり」_加納宿当分本陣跡_二文字屋(創業元和六年1620)_旧加納町役場跡_石碑(加納城大手門跡)_高札場跡_清水川に架かる橋を渡る_秋葉神社前_専福寺前_加納宿東番所跡_秋葉神社前_道標(右 岐阜 谷汲 / 左 西京 / 明治十八年八月 上加納 後藤×)_新荒田川に架かる荒田橋を渡る_名鉄名古屋本線茶所駅(ちゃじょえき)前_名鉄名古屋本線の踏切を横断_岐阜バス茶所バス停前_JR東海道本線の高架下を潜る_秋葉神社前_領下往還南(交差点)_八幡神社_延命地蔵堂_道標(伊勢 名古屋 ちかみち 笠松兀一里 / 西京道 加納宿兀八丁 / 木曽路 せき 上有知 郡上 道 / 明治九年一月建之 遠藤平左ヱ門)_細畑(ほそばた)の一里塚_R156を横断(長森細畑交差点)_岐阜バス細畑バス停前_誓賢寺前_ゑ比寿神社_伊豆神社_馬頭観世音菩薩_岐阜信用金庫前_中山道休憩所・説明板(切通の由来)_浄慶寺前_道標(左 木曽路)_石柱(手力雄神社)・石鳥居_岐阜南長森局前_御旅所_手力雄神社_鏡川に架かる高田橋を渡る_東海北陸自動車道の高架下を潜る_道標(中山道 間の宿 新加納)_善休寺前_説明版(中山道新加納立場(たてば))_今尾医院前・道標(左 木曽路 / 右 京道)_新加納一里塚跡_法光寺分岐_日吉神社参道入口・石鳥居_ぎふ初寿司前_各務原郵便局前_栄町秋葉神社前_各務原市民公園_各務原市役所前_伝丸ラーメン・昼食_各務原市役所前_各務原市消防本部前_神明神社_祠(地蔵菩薩)_六軒公民館前_六軒一里塚跡_R21合流_側道を歩きR21高架道路の下を潜る_跨線橋の階段を上って下る_名鉄各務原線三柿野駅前_各務原川崎郵便局前_祠(石仏二体)_三ツ池町(交差点)_長楽寺・地蔵菩薩立像・青面金剛_県道17地下道を歩く_神明神社_R21三ツ池町(交差点)_R21おがせ町(交差点)_R21鵜沼羽場町(交差点)で_R21を右に見送り直進_東消防署前_羽場公園_津島神社_空安寺前_衣装塚古墳バス停前_説明板(木曽川泥流堆積物)_石柱(中山道 鵜沼宿)_鵜沼西町交流館前_鵜沼宿駐車場前_駒札(安田家住宅・若竹屋)_常夜灯_駒札(梅田昭二家住宅)_駒札(梅田吉道家住宅・茗荷屋)_駒札(坂井家住宅・丸一屋)_二ノ宮神社前_鵜沼宿脇本陣_本陣跡_駒札(菊川酒造)_駒札(安積門 旧大垣城鉄門)_一服茶屋花の木前_大安寺川に架かる大安寺大橋を渡る_道標(太田町へ二里八丁)_R21鵜沼中山道(交差点)_駒札(鵜沼宿問屋場跡)_傍示石(是より西尾州(尾張)領)_傍示石(是より東尾州(尾張)領)_村國眞墨田神社前_15:40JR高山本線鵜沼駅15:41

画像は残りのJR高山本線鵜沼駅までのGPSログを表示。



伊吹山地の主峰伊吹山1,377m。
タイミングよく東海道新幹線の列車が通過した。
東海道本線の車中から撮影。



岐阜市領下(りょうげ)、延命地蔵堂の横に立つ道標。
「伊勢 名古屋 ちかみち 笠松兀一里 / 西京道 加納宿兀八丁 / 木曽路 せき 上有知 郡上 道 / 明治九年一月建之 遠藤平左ヱ門」。



細畑の一里塚は中山道の両脇にそれぞれ残っている。
岐阜市長森細畑。

【細畑の一里塚:加納宿|散策ガイド】岐阜県十七宿美濃中山道散策ガイド



3月15日(木)18:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

紅葉の里 水間観音から釘無堂

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年11月30日(木)はササユリの会に参加した。
題して「水間観音 紅葉の里 ~水間観音から釘無堂まで~」。

参加者、総勢8人。

コース
9:24南海本線貝塚駅9:50_<水間鉄道>_10:04水間観音駅10:11_近木川(こぎがわ)に架かる厄除橋を渡る_水間観音(龍谷山 水間寺)_水間公園_秬谷川(きびたにがわ)に架かる遍照寺橋を渡る_遍照寺_<秬谷川に沿って歩く>_阪和道の高架下を潜る_12:02農業庭園「たわわ」・昼食12:48_しいたけ園_遊女之墓へ向かったが踏み跡が薄く断念してUターン_大福寺_近木川に架かる葛城橋を渡る_釘無堂(国宝 考恩寺観音堂)_葛城小学校前_道標(右 道陸(どうろく)神社 二十丁 / 左 こつみ村 楠大明神 五丁/ 寛政八年丙辰九月 / 大坂 ×田屋)・祠(石仏数体)_道標(道陸神社 是ヨリ二十五丁 / 大正六年三月建立)_15:09水間観音駅

画像はこの日、水間観音駅を起点に周回したGPSログを表示している。



聖観世音出現の瀧。
水間寺境内にて。

由来 この聖観世音出現瀧の渓流は由緒深く今から凡そ千三百年以前、行基菩薩が龍神より聖観音像を授与された浄域であります。
この渓流には観音像が降臨されたという座光石の側面に伝教大師が不動尊を刻まれ、弘法大師の名号石もあります。
この浄域を知らずに穢して災を蒙る人屡々(しばしば)ありました。
       龍谷山 水間寺


水間寺 - Wikipedia



水間公園の紅葉。
息をのむ美しさ。

水間公園



季節外れのサクラ。
広く「フユザクラ」と呼ばれているようだ。
遍照寺境内にて。

遍照寺



水間街道、木積(こつみ)に立つ道標。
「右 道陸(どうろく)神社 二十丁 / 左 こつみ村 楠大明神 五丁/ 寛政八年丙辰九月 / 大坂 ×田屋」。

水間街道



3月14日(水)18:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

酒蔵みてある記_大倉本家

2018年3月11日(日)は、近鉄の酒蔵みてある記 大倉本家「大倉」に単独で参加した。

近鉄大阪線、大和高田駅からスタート。
有井環濠集落を訪れ、武烈天皇御陵(ぶれつてんのうごりょう) 磐園陵(いわぞのりょう)参考地へ。
出屋敷公園で昼食後、香芝市へ入り、大倉本家醸造場にゴール。
帰路は五位堂駅まで歩き近鉄電車に乗って帰宅した。

コース
10:30近鉄大阪線大和高田駅(2F改札口)10:33_JR和歌山線の高架下を潜る_祠(石仏三体)_高砂湯前_祠(石仏)_内本町(交差点)を右折(西)_高田川に架かる高田橋を渡る_大和高田市役所前_ハローワーク前_正行寺前_JR和歌山線の高架下を潜る_有井環濠集落_築山共同墓地前_祠(石仏)_武烈天皇御陵(ぶれつてんのうごりょう)磐園陵(いわぞのりょう)墓参考地_祠(石仏群)_築山児童公園・展望地_石碑(高田荘園)_祠(石仏)_瀬川靴下前_八幡宮_JR和歌山線の大谷踏切を横断_祠(石仏)・常夜灯(太神宮)_弁天宮_11:37出屋敷公園・昼食11:53_大和高田市陵西配水場前_長池_12:01大倉本家醸造場(酒蔵見学・試飲5種類・粕汁のふるまい)12:35_香芝市コミュニティバス鎌田バス停前_新池親水公園_香芝市コミュニティバス五位堂バス停前_JR和歌山線の踏切を横断_五位堂小学校前_熊谷川に架かる橋を渡る_祠(地蔵菩薩立像)_12:55近鉄大阪線五位堂駅13:00

コース歩行距離約8km。

実歩行距離約11.5km。(自宅~最寄り駅等を含む)
歩数1万6千歩

参加者1,067名。

画像は近鉄大阪線大和高田駅から五位堂駅まで、この日歩いた行程のGPSログを表示。



香芝市との市境、大和高田市野口、出屋敷池西付近から二上山(古称:ふたかみやま)をズーム撮影。


羊が雑草を食べているところ。
香芝市鎌田、長池にて。



う、うまい!!
これが試飲した中で一番美味しかった。
メロンの様な爽やかな香り。
「彩葉」純米吟醸 五百万石 無濾過生。
720ml 1,800円。ちとお高い。



民家の庭先で見たこの花、何だろう。
大雑把な括りでアザレアの園芸品種。



3月13日(火)18:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

大和川流域の道3(結崎_王寺)

【2017_10_25~2018_02_14の記録】

2017年11月26日(土)は、N氏主宰による土曜会に参加した。
大和川の流域を歩くシリーズの3回目で結崎駅から王寺駅まで歩いた。

この日は秋晴れで、絶好のハイキング日和となった。
コース歩行距離:約10km。参加者総勢10人。

尚、前回、10月28日(土)に予定していた大和川流域の道2(巻向_結崎)は、雨の為、2018年3月に順延。

コース
9:33近鉄橿原線結崎(ゆうざき)駅9:34_近鉄橿原線の踏切を横断_スーパーおくやま前_南都銀行結崎支店前_ゆうゆう会館(割烹 魚武ほか)前_称名寺前_近鉄橿原線の高架下を潜る_常夜灯(太神宮(だいじんぐう) / 出垣内 西城 中)_大和川(初瀬川)に架かる橋を渡る_説明板(下永の野神祭り「キョウ」(西城))_案内図(大和中央自転車道)_大和川(初瀬川)に架かるかわくぼ橋を渡る_上吐田(うえはんだ)地蔵尊・上吐田公園_大和中央道出合_大和川に架かる板屋ケ瀬橋(いたやがせばし)を渡る_国指定 重要文化財 中家住宅前_常夜灯二基(牛頭天王 / 太神宮 安政七年庚申正月吉日)_石柱(郡山城主筒井順慶 多聞城門 石田氏)_上窪田公民館前_案山子風オブジェ(月光仮面ほか)_11:00安堵中央公園・昼食11:44_岡崎川に架かる大和橋を右に見送る_岡崎川に架かる窪田橋を渡る_西名阪自動車道の高架下を潜る_大和川に架かる御幸橋を渡る_説明板(御幸瀬ノ渡(ごこがせのわたし)・川合浜(かわいはま) 跡)_不毛田川(ふけたかわ)に架かる不毛田橋を左に見送る_説明板(不毛田浄化施設)_泉台野鳥観察場所・休憩_泉台西口停留所前_河川管理境界(←大和川・国土交通省 →佐味田川・奈良県)_佐味田川(さみたがわ)に架かる城泉(じょうせん)橋を渡る_大城橋(通称:沈み橋)対岸をピストン_西之岡停留所前_関西本線の踏切を横断_田楽の店 皿山(さいやま)前_R25高架下を潜る_13:52王寺駅前 反省会 13:53鶴橋風月 リーベル王寺店15:22 / 15:30銭湯:さくら湯

画像はこの日歩いた近鉄橿原線結崎駅からJR関西本線王寺駅までのGPSログを表示している。



佐保川(左)と大和川(初瀬川)の合流地点。
大和川に架かる板屋ケ瀬橋(いたやがせばし)上から撮影。
佐保川が支流で、大和川(初瀬川)が本流だが、流量・川幅ともに圧倒的に佐保川の方が大きい。
画像中央、樋門からの水流は奈良県浄化センターからの処理水。



国指定 重要文化財 中家住宅。
中家住宅



月光仮面。案山子風のオブジェ。
安堵中央公園付近にて。



大城橋(通称:沈み橋)。
斑鳩町側から撮影。
大和川に遺る沈下橋(沈み橋)『大城橋』@河合町・斑鳩町



3月12日(月)18:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

酒蔵みてある記_城陽酒造

2018年3月7日(水)は、近鉄の「酒蔵みてある記」に単独で参加した。
スタートは近鉄京都線新田辺駅。駅から南に向い、R307に出合ってこれを東に向かって歩く。

防賀川(ぼうががわ)公園前を通り、木津川に架かる山城大橋を渡って京田辺市から城陽市内へ入る。
引き続き青谷川に沿って東へ歩き、青谷橋交差点で左折(北)。

昔ながらの集落に入り、市辺(いちのべ)天満神社、中天満神社を経て、青谷梅林「梅まつり会場」で昼食。

食後は「梅まつり会場」を一周して、JR奈良線の踏切を横断。
城陽市奈島久保野の三叉路で古い道標を見て左折(東)、すぐに城陽酒造に到着した。

酒蔵訪問、試飲、甘酒が振舞われた。
酒蔵のすぐ近くに位置するJR奈良線山城青谷駅から帰路についた。

参加者694名。
コース歩行距離約8km。

実歩行距離約13.6km。(自宅~最寄り駅等を含む)
歩数1万9千歩

コース
10:16近鉄京都線新田辺駅10:30_一休さんの像_馬坂川(天井川)の馬坂橋を潜る_近鉄京都線を左にJR奈良線を右に沿って歩く_R307に出合いこれを東へ_防賀川(ぼうががわ)公園前_防賀川に架かる出合い橋を渡る_京阪バス東田辺バス停前・東屋_木津川に架かる山城大橋を渡る(大阪湾から49.2km)_山城大橋東詰交差点でR24を横断_JR奈良線に架かる跨線橋を渡る_青谷橋交差点を左折(北)_市辺(いちのべ)天満神社_想い月夢工房前_向河原遊園前(中財産管理組合)_龍福寺前_中天満神社_山の神を祀る三の口_11:42青谷梅林 梅まつり会場・昼食11:57_青谷梅工房 梅林店前_ふれあいのうえん前_碧翠園(へきすいえん)_道標(延元役 梨間の宿跡 / 是南 玉水三十丁 / 是北 長池十五丁)_城陽酒造・試飲_12:48JR奈良線山城青谷駅13:07

画像はこの日歩いた近鉄京都線新田辺駅からJR奈良線山城青谷駅までのGPSログを表示。



山の神のご神木と神事の祭壇。
山の神を祀る三の口にて。

「山の神」を祀る三の口

樫の木などの茂るこの林は、中自治会の人々が毎年新春の初寅(最初の寅)の日に「山の神まつり」を行う、「聖なる林」です。
山の神は山の支配者・守護神であり、また里に豊作をもたらす田の守護神でもありました。
この地域の山は土砂の多い地質で、大雨などの時しばしば土砂流が村里を襲いましたが、かつての人々はそれを山の神の怒りとして受け止めたことでしょう。
中地区の人々は昔から、山と里との境界三カ所にある一の口・二の口・三の口で山の神を祀り、山の安全と豊な暮らしを祈り続けてきました。
一の口はここより六百m程南の場所に今もありますが、五百m程北にあった二の口は、高度経済成長期の山砂利採取によって消滅しています。
まつりでは、一の口と三の口の神木の前に竹を編んだ簡素な祭壇などが設けられ、その前で龍福寺の住職が神木に向かって読経します。
自然を神としてあがめるこの素朴な里山のまつりは、先人達の自然への想いを今に受け継ぐ貴重な伝統行事として、平成十年(一九九八)年四月、城陽市指定無形民俗文化財となりました。
神を祀る空間としての雰囲気を保つこの三の口は、自然と人間の共生について私達に改めて考えさせてくれる大切な場所です。
  平成十二(二000)年   城陽市教育委員会



紅梅。
青谷梅林 梅まつり会場にて。



すべて100円。梅干、らっきょう、野菜など。
地元のおばさんが販売。
梅干を買ったが、子供の頃に食べた懐かしい味がした。
塩分の摂り過ぎに注意。



試飲した「純米吟醸 55 無濾過生原酒」。美味しかった。720ml 2,000円。
城陽酒造にて。



3月8日(木)18:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

大和川流域の道6(久宝寺_大阪城)

2018年2月24日(土)は、土曜会に参加した。
大和川の流域を歩くシリーズの第6回目(最終)で、旧大和川(現:長瀬川及び第二寝屋川)沿いに、近鉄久宝寺口駅からJR大阪城公園駅まで歩いた。
参加人員6名。

コース歩行距離約10km。

実歩行距離約19.0km。(自宅~最寄り駅等を含む)
歩数2万7千歩

コース
近鉄久宝寺口駅_久宝寺口商店街_<長瀬川沿いに歩く>_旭橋_大阪中央環状線の高架下を潜る_藤美橋_樋の間橋_サンコー(スーパーマーケット 昼食弁当購入)_金引地蔵尊_金岡橋_金大橋_金岡中学前_金岡公園_長瀬神社_吉松新橋_近鉄長瀬駅前_長瀬橋_柳橋_説明板(帝国キネマ長瀬撮影所跡)_説明板(樟徳館)_菱屋橋_延命寺(延命地蔵尊)_大阪樟蔭女子大学_近鉄奈良線の高架下を潜る_説明板(新喜多新田と暗越奈良街道)_新喜多中学前_阪神高速13号東大阪線の高架下を潜る_川俣スカイランド(川俣水みらいセンター)・昼食_JRおおさか東線の高架下を潜る_放出南商店会_八幡神社_第二寝屋川に架かる放出駅東橋を渡る_長瀬川と第二寝屋川の合流付近_JR放出駅前_第二寝屋川にかかる阪東小橋を渡る_大阪内環状線の高架下を潜る_諏訪小学校前_大阪市放出下水処理場前_平野川分水路に架かる天王田大橋を渡る_天王田公園_大阪市建設局 中浜下水処理場_第二寝屋川に架かる上城見橋を渡る_道迷い_クレオ大阪東前_大阪環状線の高架下を潜る_PRONTO(ツイン21(CAFFE & BAR)_第二寝屋川に架かる大阪城新橋を渡る_水上バスのりば(大阪城港)前_JR大阪環状線大阪城公園駅

画像はこの日歩いた近鉄久宝寺口駅から大阪城公園駅までのGPSログを表示している。



長瀬川沿いに桜の木が植えられており、花が開花する頃は見事だろう。


長瀬川が第二寝屋川に合流する付近。


この日の歩く行程を終え、ツイン21の1階 PRONTO(CAFFE & BAR)で、ティータイム。


花魁風髪型で大阪城公園を闊歩する台湾の方とみられる女性達。


2月25日(日)17:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

水の街おおさか 水辺を歩く

2018年2月22日(木)は、ササユリの会に参加した。
題して「まち歩き 水の街おおさかを訪ねて~水辺を歩く~」。
スタートは地下鉄千日前線西長堀駅。
ゴールは淀屋橋駅だったが、歩き足りなかった人?は難波駅まで歩いた。

コース
地下鉄千日前線西長堀駅_大阪市立中央図書館前_木村蒹葭堂(けんかどう)邸跡・石柱_和光寺・阿弥陀池_土佐稲荷神社_木津川に架かる伯楽橋(はくらくばし)を渡る_大正時代の松島橋親柱・説明板・絵図_木津川に架かる松島橋を渡る_トコトコダンダン(水辺エリア)_木津川に架かる大渉橋(おおわたりばし)を渡る_阪神高速16号大阪港線の高架下を潜る_川口居留地跡_日本聖公会川口基督教会前_木津川に架かる木津川橋を渡る_舊大阪府庁跡地・石柱・案内板_大阪府立江之子島文化芸術創造センター_大阪府西大阪治水事務所_地下鉄阿波座駅地下入口8_靭公園(西園)・昼食_靭海産物市場跡(石柱)_ITCうつぼテニスセンター前_楠永大神・楠玉大神_靭公園(東園)_オブジェ_西船場小学校前_日本高等学校野球連名前_日本キリスト教団大阪教会前_土佐堀川に架かる筑前橋を渡る_大阪市立科学館前_国立国際美術館前_錦橋北詰_中之島緑道_土佐堀川に架かる淀屋橋を渡る_京阪本線淀屋橋駅地下入口7_<御堂筋を歩く>_近鉄大阪難波駅
参加人員12名。

画像はこの日歩いた地下鉄千日前線西長堀駅から近鉄大阪難波駅までのGPSログを表示している。



大正時代の松島橋の親柱(左)と、説明板、絵図に見入る参加者の人たち。


トコトコダンダン(水辺エリア)。

かつての立売堀川の入掘りを埋め立てて水辺エリアとして整備。

この後、偶然にもトコトコダンダンを設計した女性と大阪府西大阪治水事務所の人に出会い、お話を聞くことが出来た。

~DESIGNで人・まち・水辺をつなぐ~



靭公園(東園)のオブジェ。
皆さん、本物だと思って近づいた。私もその中の一人。



錦橋北詰に掲示された古い絵図を眺める参加者の人たち。


2月23日(金)17:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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