山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2019年2月を表示

長尾街道4(當麻寺_忍海)19

太神宮と彫られた常夜燈。
“太神宮”の文字は、最近着色されたようだ。



紅梅が開花し始めている。


大峯山の常夜燈も。


新しい車道に出合い、これを右折。(西)


県道30号線、中戸鈴原交差点を左折。(南)


2月11日(月)18:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)18

「老人ホーム当麻園」西の道を南へ歩く。


いかにも旧道らしい辻に出合う。
正面、蔵のある家の前に墓石のような道標らしき石造物が見える。



道標。
「左 かうや よしの つ本゙坂 道 / 文化十癸酉年 十一月下旬 世話人 × / 爲太田村南久蔵」。



引き続き長尾街道を南へ歩くと、南阪奈道路(R166)の高架が現れる。
高架の下、太田東の交差点を横断。



太田川に架かる“くぼばし”を渡る。


2月11日(月)18:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)17

長尾街道を南へ歩くと突き当たって三叉路となる。
三叉路の北西角に道標と太神宮の常夜燈が置かれていた。

道標には「右 大坂 さかい 道 世話人 ×土撰 / 文政六未八月年立之」と彫られている。



端整な常夜燈。
「太神宮 / 金毘羅大権現 / 春日社 / 文化六己巳年×」と彫られていた。
左後方にも一基の常夜燈が見られる。



二基の常夜燈は良く似ていたので同時に建てられたものかもしれない。


「文化六己巳年×」の記銘がある。


三叉路の南側正面に建つ茅葺屋根の民家。
撮影した画像は逆光となっている。



2月10日(日)18:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)16

松と柿を接木した部分。


現徳寺境内から金剛山地を望む。


このお寺もロウバイが咲き始めている。


現徳寺を後にして長尾街道を引き続き南へ歩く。
画像は旧當麻町時代のマンホール。
二上山と當麻寺の東塔と西塔に旧當麻町の花のボタンが描かれている。
「たいま」「げすい」の表示。



綺麗に敷かれた砂石の中に石柱か見えたので立ち寄る。
「遥拝所」と彫られており、側面には「大正四年御即位式記念」。
大正天皇即位の礼を記念したものだ。(大正4年11月10日に京都御所紫宸殿で行われた)



2月10日(日)18:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)15

自然石の道標の右上に指のような絵図が彫られている。
右方向を示している。



離れた位置から道標を撮影。
水路の中に置かれている。



現徳寺の山門。
右に「蓮如上人御遺跡」と彫られた石柱が見える。
蓮如上人(れんにょしょうにん)の遺跡があることから浄土真宗。



現徳寺 本堂。


松柿の案内板。

「保護樹木・松柿」
蓮如上人がお立ち寄りになった時、松の木を台木に柿の小枝をお接ぎになったものといわれ、松の木膚の柿の木という珍しい木。
奈良県保護樹木(松柿)



2月9日(土)18:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)14

西方向の眺望。
周りに高層建築物がないので見通しが良い。
後方、V字形の谷は岩橋峠、その右のピークが岩橋山658.8m。



北西方向の眺望。
二上山の雌岳(左)と馬ノ背を挟んで雄岳。
雌岳の手前の山塊は原岳375m。



伊邪那岐(いざなぎ)神社、石鳥居の横に置かれていた五重塔。
凝灰岩と見られる。風化が著しい。



現徳寺

南側の現徳寺には昔、蓮如上人がこの寺に立ち寄られ、境内地にあった松の木を台木に柿の小枝を接木され「今、汝にすすめる阿弥陀の本願が虚妄(きょもう)ならば、この接木も空しくなる。実なれば栄え繁盛する。」といわれました。
この松に柿を接木した霊木は今も実を結んでいます。
また、この柿の実を食べると腹痛が治ると伝えられています。



来た道を長尾街道へ戻り現徳寺へ向かうが、自然石の道標が見られた。
「本朝二十四孝伊麻石碑 是より十間西にあ里 / 安井清三郎石工寄附」。



2月9日(土)18:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)13

石鳥居と常夜燈があるが付近に神社はない。
これはここから西へ500m程度先にある伊邪那岐(いざなぎ)神社の鳥居。
この日は伊邪那岐神社にはお参りせず。
石鳥居と常夜燈には後で立ち寄った。



玉垣で囲われた石碑と立派な説明板が見える。


石碑には「孝女碑」と刻まれている。


説明板。
「本朝二十四孝 伊麻女の史跡 並びに 孝女於伊麻畧傳」

葛城市のサイト によると、『今市物語』の主人公、孝女伊麻の誕生の地とされており、天保11年(1830)2月に、伊麻女の孝養を顕彰し、この碑が建立された。
題して『孝子の碑』といい、伊麻女の事蹟がくわしく刻まれている。
孝女伊麻は父の長右衛門に孝行の限りを尽くした人で、この物語は『今市物語』として書き記されている。
竹内を訪れた松尾芭蕉も伊麻の話を聞き當麻寺に詣で、孝女への感心の思いを友人への手紙に書きつづっている。
地元では財団法人伊麻旧跡保存会を設立し、碑の保存と顕彰に努めている。



ここには葛城市コミュニティバスの「伊麻公園前」停留所がある。
一日に四本バスが運行されている。(8:36/9:40/14:23/17:03)

どこのコミュニティバスでも同じだが、地域住民の利便性向上等のために運行されている。
観光客が利用するには無理があるが、いずれにせよ、私達は自分の足で歩くのでめったなことでは利用しない。



2月8日(金)18:23 | トラックバック(0) | コメント(5) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)12

地蔵菩薩像。
地蔵堂に安置されているお地蔵さんではなく、お堂の左前、祠の中に祀られていた。



道標を兼ねたお地蔵さんで、台座に「法界菩薩 地蔵尊 つ本゙坂へ三里」と刻まれている。


今市地蔵堂を後にし、引き続き長尾街道を南へ歩く。


オウバイ。
ウメの花が咲く頃、同じように開花するのと、黄色い花の形がウメに似ているから“黄梅”という名前になった。
ウメの木の仲間ではなく、ジャスミンの仲間。中国原産。



何回か訪れている見通しのよいところへ出た。
ここだけ道路がとても広い。
カラー舗装されており、ウォーキングコースになっている。歩行者専用道ではない。



2月8日(金)18:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

シン・シサモット

シン・シサモットを視聴してみよう。

星影のワルツ (Japan) Vs. បងនៅតែស្នេហ៍ (Cambodia)




小指の想い出 (Japan) vs. យល់ចិត្តរៀមផង (Cambodia)




花はおそかった (Miki Katsuhiko) vs ប្រវត្តិស្នេហ៍មិនស្មោះ (Sinn Sisamouth)




Japan - 恋をするなら by 橋 幸夫 vs Cambodia - ចំរៀងសំរាប់អូន by ស៊ិន ស៊ីសាមុត




思案橋ブルース by Funaki Kazuo- Japan vs. លិញជូរមាសបង‌ by Sinn Sisamouth - Cambodia




Greatest Hit - 潮来笠 (Japan) vs. គូរព្រេងអ្នកណា (Cambodia)




涙のかわくまで- Japan Vs. ស្រណោះរដូវរងា - Cambodia




達者でな (Japan) vs. សង្សារសំលាញ់ចិត្ត (Cambodia)




女のためいき (Onna No Tameiki) by Mori Shinichi vs. ចិត្តជិតក្បត់ ‌(Chet Jeth Kbot) by S. Sisamouth




お座敷小唄 (Japan) vs. ចិត្តឥតល្អៀង (Cambodia)




あなたがいなくても‌ (Japan) vs ស្រលាញ់អូន៣៦៥ឆ្នាំ (Cambodia) - Great Hit




2月7日(木)21:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)11

葛下川に架かる虎橋を渡る。
暗渠になっていた。



今市地蔵堂に立ち寄る。


「大磯虎女旧跡地」と彫られた石柱。


「大磯虎女の旧跡」

「和州葛下郡今市地蔵尊略縁起」によると、この地蔵院は富士野の仇討で有名な曽我十郎祐成(すけなり)に愛された大磯の虎女に始まります。
建久四年(一一九三)、弟の五郎時致(ときむね)とともに曽我兄弟は、苦節十八年の末、父の仇を討ったものの討死(うちじに)し、空しく草葉の露と消えました。
これを悲しんだ虎女は、出家の後、この草庵にわび住まいし、十郎祐成の供養をしました。
当大字南今市には、虎女が架けた「虎がはし」という橋が残されています。
また、この地蔵院には虎石というのがあり、虎女の墓印であるといい伝えられています。



右は庚申塔。
左が虎石だろうか。案内板はなし。



2月6日(水)18:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)10

菜の花が見られた。
当麻寺駅前、中将堂本舗の店先で見た菜の花と同じ。
ここで摘んだものとは思えない。距離が離れ過ぎ。

後方は大和葛城山とその左奥に金剛山。



葛城市立磐城小学校前を通過。
平日(木曜日)なので授業が行われている。



「JAならけん 当麻支店」前を通り過ぎると、前方に案内板らしきが立っている。


葛城市南今市地区の案内板。

現在地は葛下川の北。
この先、虎橋を渡り、今市地蔵に立ち寄る。
更に孝女伊麻史跡広場でトイレ休憩。
現徳寺を経て太神宮に立ち寄る。



虎橋はこの辺りのはずだが橋が見えない。


2月6日(水)18:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)9

境内を覗いてみたが、ここも墓石が立っている。
一瞬、先程訪れた光照寺の境内かと思ったが、よく見るとまったく別。



葛城禅寺を後にして、来た道を竹内街道との出合いまで戻る。
ここから長尾街道を南方向へ歩く。



長尾街道と竹内街道との出合いに立つ道標。
道標は二基ある。
左の自然石の道標は「左 者せ いせ 道」。
右の道標は「右 よしの つ本゙坂 可うや / 左 者せ いセ 世話人 勇助」。



街道沿い、民家の庭のブロックに転用された道標。
「右 つ本゙さか よしの 道」。
場所はガレージライド(バイク店)前の辻の東南。



引き続き長尾街道を南へ歩く。


2月5日(火)18:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)8

道端に駐車していた自動車。
付近は道が狭いので小型車が便利



来た道を水路に沿って戻る。
こちらが葛城禅寺の山門。



「聖徳山 葛城禅寺(かつじょうぜんじ)」の表札が掛かっている。
山門前、左に見える石の寺標も同じ。

野遊び&海人 曹洞宗聖徳山葛城禅寺



ロウバイが三分咲き程度。
甘くフルーティな香りが匂う。
いつも思うのだが、微かに石鹸のような清潔感がある香りで、ニホンスイセンの香りに似ている。



宝篋印塔。
大きく立派で欠損はほとんどない。



2月5日(火)17:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)7

白壁の塀の下に水路が見えたので、水路を辿ってみる。


水路の石橋を渡って道なりに右へ。


この道、クルマは通行出来ないようだ。
先ほどのカーブを曲がれない。



右側にお寺があって光照寺の表札が掛かっている。
訪れようとしたお寺は葛城禅寺なので別の寺院ということになる。



山門から境内に足を踏み入れたが、民家のような建物が建っている。
そして、境内が墓地のようになっていた。



2月4日(月)18:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

長尾街道4(當麻寺_忍海)6

磐城駅前交差点を右折。(南)


すぐに竹内街道に出合う。
画像の森は長尾神社、鎮守の森。



現在地を示す地図。
この地図は上が南を表示。

この後、西へ向い長尾街道に出合って交差点で北に続く細い道を歩く。



直進は竹内街道。
左右は長尾街道。
この分岐を右へ歩く。(北)



左に新しい堂宇のお寺が現れる。
一方、塀の白壁はかなり傷んでいる。



2月4日(月)18:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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