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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2016年6月25日を表示

生駒山麓公園_室池園地_四條畷5

「不許酒肉五辛入界内」。(ふきょしゅにくごしんにゅうかいない)
“境内に(修行の妨げとなる)酒や肉、五辛(ニラ・ネギ・ニンニク・ショウガ・ラッキヨ)物を持ち込んではいけません”という意味。
五辛は情欲、憤怒を増進させるとしている。



石段を登り境内に入る。正面に本堂。


清滝山 大乗滝寺(だいじょうたきでら)の案内板。

正しくは、清瀧山 大乗瀧寺。(せいりょうさん だいじょうりゅうじ)
通称:滝寺。(たきでら)


  真言律宗。奈良時代の僧行基の開創と伝えられる。本尊木造十一面観音菩薩立像。江戸時代宝山寺を開いた僧湛海(たんかい)が本寺を整備した。明治初期には元柳生藩の陽明学者岡村達(とおる)が招かれ、「広教学舎」を開設し、青少年教育の普及に努めた。
  ふるさとの文化財を大切に 
   生駒市教育委員会


案内板に記載の通り、本尊は湛海律師の作、十一面観世音菩薩。

滝寺のほとけさま | 十一面観世音菩薩



「岡村閑翁(かんおう)先生講学處」と彫られた石碑。
石碑の上部が割れ落ちたように見える。

コトバンクによると 岡村閑翁 おかむら-かんおう 1827-1919 幕末-明治時代の儒者、教育者。文政10年9月18日生まれ。藤川冬斎の次男。森田節斎にまなび、大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩の藩校教授となる。吉田松陰、伴林光平(ともばやし-みつひら)ら尊攘派とまじわり、文久2年柳生(やぎゅう)藩につかえる。維新後は小学校、中学校の教員をつとめた。大正8年12月14日死去。93歳。大和出身。名は達。字(あざな)は仲章。



宝篋印塔。


6月25日(土)20:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

生駒山麓公園_室池園地_四條畷4

滝の上部から滝壺を眺める。
滝修行する人は左の小屋の中を通って滝の下に来るのだろう。
小屋の向こう側には扉があると思う。
無断で入らないように扉には鍵が掛けてあるかもしれない。



「高野山真言宗 清滝南陽院」の寺標。


ギボウシの仲間。
オオバギボウシのようだ。



南陽院を後にする。
石の階段を登って行くと左に滝寺公園プールが見えてくる。
手持ちの地図を見ると、このあたり一帯を「滝寺公園」と呼ぶ。



滝寺公園プールを過ぎてから右折して再び石の階段を登ると、正面に大乗瀧寺(だいじょうりゅうじ)への石段が現れる。
コースはここを右折するが、石段の下へ立ち寄ってみた。
それにしても、この森もシイの立ち枯れが目立つ。



6月25日(土)20:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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