山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 
AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


上町台地から天王寺七坂めぐり23

谷町7の交差点で左折(南)。谷町筋を南へ歩くとすぐ左手に「国指定史跡 近松門左衛門墓」と記された立派なプレートと案内板が目に留まる。

国指定史跡 近松門左衛門墓

 近松門左衛門は、享保九年(一七二四)に七二歳で没した。近世で最も著名な劇作家の一人である。近松は竹本義太夫や二代目義太夫のために百作を超える浄瑠璃を著す一方で、坂田藤十郎のために三十数作の歌舞伎狂言を著している。
 「曾根崎心中」「心中天網島」「女殺油地獄」などの世話物に代表される作品に描かれる人間の姿は、今日に通じるところも多く、伝統芸能や演劇・映画などの中で再創造され、たくさんの人々に感動を与え続けている。
 近松門左衛門墓は、当初近くの法妙寺(現在大東市へ移転)境内にあったが、昭和五五年(一九八〇)財団法人住吉名勝保存会はじめ市民の方々の協力を得て、当地に移転し、整備が図られた。

 平成七年十月二十八日
  大阪市教育委員会



人一人がようやく通れる路地のような狭い道を進む。
それより左右に壁があって、今や死語となったが「コンクリートジャングル」の中にお墓があった。



「近松氏 / 施主 / 正七」と彫られているのは墓石の台石(台座)らしい。


「阿耨院穆矣月一具足居士 / 一珠院妙中日事信女」と彫られた墓石。
「阿耨院・・・」は門左衛門、「一珠院・・・」は妻の戒名。
墓石の裏面は確認せず。



谷町筋を南へ歩く。背丈の揃った街路樹が行儀よく並んでいる―笑。


4月6日(水)20:58 | トラックバック(0) | コメント(2) | ウォーキング・散策 | 管理

コメントを書く
題 名
内 容
投稿者
URL
メール
添付画像
オプション
スマイル文字の自動変換
プレビュー

確認コード    
画像と同じ内容を半角英数字で入力してください。
読みにくい場合はページをリロードしてください。
         
コメント

 1: 好奇心+体力+α

近松門左衛門の墓、やっと判りました。
熊野街道を歩いた時、延べ3度も探しましたが、見つかりませんでした。
好奇心、体力だけでは不十分、O氏の情報が必須と納得。
今後ともよろしく


 by Yonchan | 4月9日(土)08:12

 2: 非常にわかりにくい場所です

高層住宅とガソリンスタンドとの僅かな建物の隙間にあります。

元々この場所にあったお寺が移転したのですが、一族の墓や過去帳も一緒に移転され、この墓だけが残されているのです。
後で調べると、移転すると史跡の指定が解除になるからだとか。
何か腑に落ちません。


 by oka-nara | 4月9日(土)16:50


(1/1ページ)