山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


生駒山麓公園_室池園地_四條畷6

不動明王。
一見して新しい時代のものに見えた。



案の定、側面には明治時代の銘。
「維明治三十一戊戌天十一月尓八日 施主中笠居村辻カノ女建立焉」と彫られている。
“中笠居村”は香川郡中笠居村(なかかさいむら)を指すようだ。
その後、香川郡香西町に市町村合併後、現在は高松市となっている。



大乗瀧寺の境内は狭い。
このお寺は所謂観光寺ではなく、宝山寺歴代の隠居寺と聞いている。

お寺に隣接しているというか、同じ敷地にあるような「いこま乳児院」の建物の方へ行ってみる。
入口に立ててあった案内板。

ご挨拶と理念 of いこま乳児院 のサイトより。

清瀧山 大乗瀧寺 (通称:滝寺)

 太平洋戦争の終結、日本の敗戦はお寺の宗教的な使命にも大きな影響を与えることになりました。戦争で親を失った子どもたちや行く場を失った子どもたちが巷にあふれ、荒廃した街の姿を見て立ち上がったのが、宝山寺住職駒岡乗圓とその弟子、辻村泰圓等真言律宗一門の徒でありました。  
 終戦の翌年、昭和21年(1946)には、この滝寺の庫裡に宝山寺愛染寮を開設、恵まれない境遇の子どもたちとともに暮らす児童養護施設が設けられました。愛染寮寮長を命じられた滝寺住職辻村泰圓は、その後、社会福祉法人宝山寺福祉事業団を組織設立、滝寺境内にいこま乳児院、いこま乳児保育園、特別養護老人ホーム梅寿荘などを次々と開設。社会福祉法人宝山寺福祉事業団は、今では、生駒市、奈良市などを中心に、赤ちゃんからお年寄りまで多くの福祉施設と福祉事業を展開していますが、ここ滝寺がその宝山寺福祉事業団の中心となっているのです。



隣接する「元興寺文化財研究所 保存科学センター」。
この施設も一連の真言律宗一門に関係している。
元興寺は真言律宗。



もと来た道を戻り、石の階段を降りる。


6月27日(月)20:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

コメントを書く
題 名
内 容
投稿者
URL
メール
添付画像
オプション
スマイル文字の自動変換
プレビュー

確認コード    
画像と同じ内容を半角英数字で入力してください。
読みにくい場合はページをリロードしてください。
         
コメントはありません。


(1/1ページ)