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長尾街道4(當麻寺_忍海)33

分水石と九平さん

江戸時代後期に忍海と近隣の村との水争いで火柱を抱くものがあればその村の主張を聞くとの話が出ました。
そこで忍海の九平さんが犠牲的精神を持って火柱を抱いた結果、忍海に有利な割合で水を分けることが出来ました。
ここにある分水石は当時の決められた割合通り水が流れるように溝幅が刻まれています。
この石は忍海の西にある戸分ケと言う分水地点にあったもので住宅団地の開発に伴い当地に移転し保存されています。
九平さんはその後、当時としては長生きをして明治八年に亡くなられましたが、村を救った義民として今も親しみをもって九平さんと呼ばれ祭られています。
ここに遺徳を偲び功績を記します。
平成二十年十二月 忍海土地改良区



説明書きにあった溝幅が刻まれた分水石。


池の周りを歩く。


鏡池(かがみのいけ)

忍海角刺神社のあたりは、「倭辺に 見が欲しいものは 忍海のこの高城なる 角刺の宮」(『日本書紀』顕宗即位前記)と歌われた飯豊青皇女の「忍海角刺宮」があったところとの言い伝えがあります。
この池は、彼女が水面を鏡の代わりに利用したところから、「鏡池」と呼ばれています。
また、この池には、中将姫が蓮糸の曼荼羅を織るために捜し求めた蓮が生えていました。
その願いがかなったお礼に植えた松が「袖の松」であるとのことです。
葛城市歴史博物館



葛城市歴史博物館前を通過。


2月21日(木)18:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

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