| 狛田駅_煤谷川鉄橋跡_鞍岡神社_武内神社3 |
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| 左折(南)すると、煤谷川に突き当ったところに立つ説明板。 「煤谷川(すすたにがわ)鉄橋跡」 【AI による概要】 煤谷川鉄橋跡は、京都府精華町にあった旧陸軍軍用鉄道「川西側線」が、煤谷川を渡るために架けられていた鉄橋の跡地で、戦時中に陸軍弾薬庫(現・陸上自衛隊祝園分屯地)とJR片町線(現・学研都市線)を結び、弾薬輸送などに使われました。 橋自体は老朽化のため2007年頃に撤去されましたが、現在は鉄橋跡地に説明板が設置され、一部の橋げたが保存されています。
詳細 ・目的: 太平洋戦争中の1941年(昭和16年)に建設され、陸軍祝園部隊(弾薬庫)から片町線(三山木信号場付近から分岐)へ、火薬の搬入や弾薬の搬出のために利用されました。 ・構造: 煤谷川にかかる鉄橋は、コンクリート製の橋台・橋脚と3連の鉄製橋げたで構成され、長さ約17m、幅約1.4mでした。 ・その後: 終戦後もアメリカ軍に接収され、朝鮮戦争時にも利用されましたが、1954年頃に返還され、その後廃線となりました。 ・現状: 線路はほとんど撤去されましたが、煤谷川の護岸工事(2007年頃)に伴い鉄橋も撤去され、現在は説明板と橋げたの一部が残るのみです。
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| 転落胞防止用の柵が設けられている。
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| 煤谷川を挟んで、対岸にも柵が見える。
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| 昭和16年建設当時の橋桁の一部? しかし、それにしては、比較的新しく見える。 2007年の護岸工事時、建設されたものかも。
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| 煤谷川鉄橋跡を後にする。 「←せいか山の辺の道→」の案内板があった。 この日は、この案内板を時々チェックしながらゴールの新祝園駅迄歩くことになった
つづく。
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2月2日(月)06:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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| 狛田駅_煤谷川鉄橋跡_鞍岡神社_武内神社2 |
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| 近鉄線路の隣を歩いている。
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| 前方に西方寺が見えてくる。 西方寺にはお参りせず、手前の辻を左折。(西)
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| この鮮やかな赤色の花を咲かせている植物は、サントリーが開発した、マンデビラ属の園芸品種サンパラソルとみられる。 【参考】 サンパラソル
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| すぐにJR奈良線の踏切(第一菱田踏切)を横断。
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| 更に府道22号八幡木津線を横断。
つづく。
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2月2日(月)06:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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| 狛田駅_煤谷川鉄橋跡_鞍岡神社_武内神社1 |
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| <概要> 2025年11月23日(日)は、ササユリの会に参加した。 題して「せいか山の辺の道~紅葉を愛で歴史を刻む古寺や社を訪ねる~」。
<コース> 近鉄京都線狛田(こまだ)駅_西方寺前_煤谷川(すすたにがわ)鉄橋跡_鞍岡(くらおか)神社_鞍岡古墳_武内(たけうち)神社・昼食_北稲八間(きたいはちけん)メモリアル森林公園_稲八妻医師(いなやづまいし)茶園跡_精華町役場_近鉄京都線新祝園駅
<メモ> ・コース歩行 (狛田駅~新祝園駅までの所要時間と距離) 歩行距離: 約9.0km。 所要時間: 3時間57分。(10:11~14:08) ・参加者: 22名 +1名(リーダー) ・反省会: 蔵元豊祝 西大寺店 (大和西大寺駅構内)
画像は当日歩いた狛田駅~新祝園駅までのGPSログを表示。
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| 近鉄京都線狛田駅に下車するのは、初めてだと思う。 狛田駅は、相対式2面2線のホームを持つ地上駅で、ホーム有効長は4両編成分までとなっている。
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| 駅から線路に沿って北方向へ歩く。
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| 歩き出してすぐ、煤谷川(すすたにがわ)に架かる橋を渡る。 画像は橋から西方向(上流)を撮影。
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| 「煤谷川」の表示板。
つづく。
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2月2日(月)06:35 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)21/21 |
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| この日の反省会は、酒房 ワビスケ ルシアス店 大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目5−1 ルシアスビル B1F 無休 11時~22時
画像は、私が注文した「お造りほっけS」 税込1,419円。
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| メニュー表。 私が注文したのは赤四角印。 尚、これはサービスランチでご飯が付いている。
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| こちらはドリンクメニュー。
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| これはグラス・コースター。 「侘助」は“ワビスケ”と読む。
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| この日のレシート。
おしまい。
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2月2日(月)06:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)20 |
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| 登山道の整備用に作り置きされている。 乾燥してから使われるようだ。
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| 文殊東尾根分岐を左に見送り、直進して文殊尾根を下る。(赤矢印)
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| ババ谷分岐に到着。
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| ババ谷を直進に見送り、左折して「←百ヶ辻バス停」方面へ下る。
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| 途中、ババ谷枝道、文殊西尾根分岐を右方向に見送り、直進して文殊中尾根を下る。 更に伏見峠登山道に降り立ち、駐車場へと帰着した。
つづく。
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2月2日(月)06:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| モーツァルト 交響曲第41番 ハルトムート・ヘンヒェン |
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| モーツァルト 交響曲第41番 ハルトムート・ヘンヒェンを視聴してみよう。 交響曲第41番 (モーツァルト) ハルトムート・ヘンヒェン
Mozart: Symphony No. 41 Jupiter | Hartmut Haenchen & Carl Philipp Emanuel Bach Chamber Orchestra 【Google翻訳】 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲の神聖な交響曲「ジュピター交響曲」(交響曲第41番 ハ長調 K.551)を、ハルトムート・ヘンヒェン指揮カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ室内管弦楽団が演奏する、見事な解釈です。 この交響曲の名曲は、2005年にベルリン・コンツェルトハウスでモーツァルトの夕べの一環として演奏されました。 この演奏の特徴は、アンサンブルの規模を縮小したことです。 その結果、モーツァルトの交響曲の多様な特徴が鮮やかに浮かび上がっています。
(00:00) I. アレグロ・ヴィヴァーチェ (11:15) II. アンダンテ・カンタービレ (19:13) III. メヌエット。アレグレット・トリオ (22:53) IV. フィナーレ。モルト・アレグロ
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2月1日(日)20:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)19 |
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| 11時28分、山頂広場到着。 9時20分に駐車場を出発したので、所要時間、2時間8分。 ちはや園地を散策したので、通常より30分程度時間が掛かった。
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| この日は比較的、視界が良好。
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| 11時44分、山頂広場から下山開始。 画像は文殊尾根下山口に取付いたところ。
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| 「史跡 金剛山」と刻まれた石柱を通過
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| この先、皮を剥いだ木材が並べられている。
つづく。
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2月1日(日)06:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)18 |
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| 遊歩道にも落葉が沢山積もっている。
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| 寺谷源流の下山口。 黄色のテープを張って「きけん 立入禁止」としている。
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| この小さな水の流れが、寺谷の現頭部。
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| 寺谷通常ルートと文殊尾根の下山口を左に見送り、右折して山頂広場へ向かう。
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| この日の気温は1℃。 但し、11時26分現在。
つづく。
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2月1日(日)06:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)17 |
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| 金剛山遊歩道を山頂広場へ向かって歩く。 この辺りの黄葉は植栽されたものだろう。
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| 「←転法輪寺 600m 17分」方面へ向かう。
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| 細尾谷下山口を通過。
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| 丁度、倒木のあるところが、細尾谷への取付き。
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| 以前に比べると、歩き難くなっている。 今、細尾谷は源流を歩く方が歩きやすい。
つづく。
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2月1日(日)06:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)16 |
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| 撮影した画像は、ピントがズレているが、トリカブトの仲間でカワチブシの実。(河内附子)
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| この先、金剛山遊歩道へ向かう。
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| アザミが咲いていた。 アザミは春から秋まで幅広く咲くようだ。 但し、アザミの種類によって咲く時期が異なる。 (ノアザミは5月〜8月、フジアザミは晩夏〜秋、ノハラアザミは8月〜11月頃)
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| 落葉が沢山積もった登山道を、注意しながら下る。
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| 遠目では名前が判別出来ない木が黄葉していた。 手前はカエデの黄葉。
つづく。
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2月1日(日)06:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)15 |
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| 「らくらくの路」を歩く。
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| 橋を渡る。 橋の下の道はダイトレと旧ロープウェイ山上駅舎跡を結ぶ道。
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| 「らくらくの路」の名前がつくくらいなので、傾斜は緩やか。 ほとんど平坦な道が続く。
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| 「らくらくの路」の表示板。
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| ササユリの花後。 実が茶色くなっているようだ。(赤丸印)
つづく。
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2月1日(日)06:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)14 |
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| 「府民の森 ちはや園地 案内マップ」。 この地図は上が南西を指している。 現在地を赤矢印で追記した。
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| 「ちはや星と自然のミュージアム」入口前を通過。
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| これらの地図の内、大きい地図は上が北東、小さい地図が北を示している。 現在地を赤矢印で追記し、この先、山頂広場迄の行程を赤線で追記した。 尚、この地図には、撤去された香楠荘が表示されている。 一方、金剛山ロープウェイ山上駅舎は表示されていない。 (山上駅舎のあった場所の上に、別の情報を貼り付けている)
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| ピクニック広場を右に見て、ダイトレ方面へ向かう。
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| ダイトレに出て少し歩き、すぐに左折。
つづく。
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1月31日(土)07:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)13 |
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| この先に香楠荘の建物があったのだが・・。
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| 建物は見えず。
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| ここも建物は取り壊され、跡地となっていた。
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| 「ちはや星と自然のミュージアム」方面へ向かう。
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| ガマズミの実だろう。(莢蒾) 名前の由来だが、ネット検索すると、「ガマ」は材を鎌の柄にすることに由来し、「ズミ」は実が酸っぱいことに由来するとされている。
つづく。
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1月30日(金)06:13 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)12 |
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| 旧ロープウェイ山上駅舎入口付近から駅舎跡地を撮影。 駅舎跡地へは立入禁止となっていた。
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| 「しゃくなげの路」を歩いて、香楠荘跡地方面へ向かう。
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| 「しゃくなげの路」をショートカットして直登。
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| この先の辻を右折。
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| ウバユリの種が生っていた。(姥百合)
つづく。
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1月30日(金)06:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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| 金剛山(カタクリ尾根谷_文殊中尾根)11 |
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| 金剛山ロープウェイの山上駅舎跡。 現在、建物は取り壊され、更地となっている。
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| 一見すると、カエデ(楓)の紅葉に見えるかもしれない。
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| ところが、接近してよく観察してみると、ドウダンツツジ(灯台躑躅)の紅葉だった。
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| 色とりどりの紅葉と黄葉。
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| ロープウェイの山上駅舎は撤去されたが、引き続き、支柱、ロープなどの撤去が行われているようだ。 予定では完了は令和8年3月末となっている。
つづく。
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1月30日(金)05:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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