山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 
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八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前29

米川に架かる小さな橋を渡って、次の交差点で南東方向へ続く旧道を歩く。
桜井市生田(おいた)と阿部の辻にも小堂があり、中を覗くとお地蔵さんが安置されていた。



小堂の前には、道標を兼ねた石仏。
「すく たふのむね ?」「左 者(は)せ いせ ?」。
“たふのむね”は“多武峰”、“者せ”は“長谷(初瀬)”、“いせ”は“伊勢”をそれぞれ指している。
尚、この石仏は弘法大師像。

クルマが頻繁に通るのだろう。
排気ガスや埃で黒ずんでおられる。



側面にも刻まれていた。
「右 於(お)か」だろう。
“おか”は“岡寺”を指している。



畑にびっくりするほど大きな白菜が生っていた。


引き続き旧道を南東方向へ歩く。(桜井市高田)

つづく。



1月14日(水)06:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前28

私と同じように参拝せずに、鳥居の下で待つ人たちが結構いた。


北方向へ歩く。
ここでも、稲の干し穂が見られる。



端正な姿のお地蔵さん。(池之内地蔵)
小さめの涎掛けがよく似合う。
寛永四年の銘。



お地蔵さんから東へ5分程歩く。
辻に立派な小堂があり「橋本大師堂」と記されていた。
中を覗くと、中央に弘法大師像。
下には「講中」と刻まれているようだ。
台座を含め一つの花崗岩に彫られている。



左は宝珠を手にされているのでお地蔵さん。

つづく。



1月14日(水)06:01 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前27

休憩後、再び歩きはじめる。


「万葉の森 奈良県」と記された案内板。


東池尻町に入って来た。
「一願成就 みずし観音」(妙法寺)の寺標。



妙法寺には立ち寄らず、集落の中を歩く。


やがて桜井市池之内に入り稚櫻神社へ。
ここでも小休止。
なんだか、休憩ばっかりしている感じ。
しかも、休憩時間が長いので、返って疲れる。
基本、5分程度の立ち休憩でないと、座り込むと長くなる。

稚櫻神社は、以前、他の歩き会で訪問したことがあるので、この日私はお参りせず。

【AI による概要】
神社名「稚櫻」の由緒
稚櫻(わかざくら)神社の由緒は、履中天皇の「磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)」の伝承と深く結びついており、「桜の井戸」から桜の花が舞い落ちてきた故事に由来し、桜井の地名の発祥地ともいわれ、物部氏の祖神や神功皇后も祀る、古代ヤマト王権の歴史と桜にまつわる神話が息づく場所です。

由緒のポイント
・磐余稚桜宮の伝承: 『日本書紀』によれば、履中天皇が皇后と磐余の池で遊んだ際、桜の花が盃に落ちたことを喜び、その桜の木を泉のそばに植え、宮の名前を「稚桜宮」としたとされています。
・桜井の地名の由来: この「稚桜」に由来し、「桜井」という地名が生まれたと伝えられています。
・祭神: 主祭神は出雲色男命(いずもしこおのみこと)、去来穂別命(いざほわけのみこと、履中天皇の御名)、気息長足姫命(きそこなたらしひめのみこと、神功皇后)の三柱です。
・稚櫻部氏の祖: 祭神の一柱である出雲色男命は、物部氏の祖神・饒速日命(ニギハヤヒノミコト)の子孫で、この地で桜を探し求めた物部氏の祖先とも関連しています。
・境内社: 春日造の本殿の左右には高麗神社と天満神社が祀られ、信仰の重なりと歴史の深さを示しています。

つづく。



1月14日(水)05:58 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前26

この自然石は「月の誕生石」の横に祀られていた。
何か文字が刻んであるようだ。
蝋燭立てが見えるので石仏なのだろうか。



「←蛇つなぎ石」方面へ向かう。


一列縦隊になって歩く。
休憩所の東屋が見える。



「万葉の森」のマップ。
現在地を赤四角印で表示した。
コースは万葉歌碑、広場を経て「妙法寺 御厨子観音」方面へ。(赤矢印)



下草が刈り取られた万葉歌碑広場に出る。
ここで小休止。

つづく。



1月14日(水)05:51 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前25

この道を辿る。
歩きやすいように下草が刈り取ってある。



「月の誕生石」に再開した。


足場が悪いので撮影しにくい。
これはフラッシュ撮影。



皆さん、この珍しい「月の誕生石」の周りを歩いてみる。


説明板だが、色あせてよく読めない。
【AI による概要】
「月の誕生石」の民話と名前の由来

天香久山の「月の誕生石」と呼ばれる石(花崗岩)のそばにある案内板には、以下のような民話が記されています。
・昔、人肌のような温もりを持つ綺麗な丸い石がありました。
・その石が次第に大きくなり、まるで赤ちゃんがお腹にいるように膨らんできました。
・ある日、石の赤ちゃんが生まれたかのように、香久山の頂から真ん丸い月が顔を出しました。
・翌日見に行くと、石はしょんぼりと横たわり、胸のあたり(石の黒い斑点模様)には、月が使った「産湯の跡」や「足跡」のような影が残っていました。

この民話に基づき、その石が「月の誕生石」と呼ばれるようになりました。
これは、古代の人々が月を信仰の対象とし、山から月が昇る様子を見て育んだロマンチックな伝承です。

つづく。



1月14日(水)05:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前24

今では見かけることが少なくなってきた稲の干し穂。(白四角印)
天日と風で、じっくりと乾燥させる伝統的な方法で、乾燥させることで米の栄養やうま味が増し、美味しくなる。



ムラサキシキブ(紫式部)を小さくしたようなこの植物はコムラサキだろう。
【AI による概要】
・実の付き方
コムラサキ:枝に実がびっしり密集して付きます(ブドウの房のように)。
ムラサキシキブ:実がまばら、疎らに付きます。
・枝ぶり・樹形
コムラサキ:枝が垂れ下がるようにしだれます(コンパクト)。
ムラサキシキブ:枝が硬く、上や横に伸びていきます(大きくなる)。



「←月の誕生石」の案内板。
この名前は、どういう意味合いで名付けられたのだろう。



道なりに山の方へ向かう。


この柿も渋柿ではないと思うが・・。

つづく。



1月13日(火)05:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前23

地蔵堂を覗いてみる。
可愛い服を召させておられるが、あまり合わないようだ。
画像はフラッシュ撮影したもの。



こちらの画像はスポットライトで撮影した画像。


隣に安置されていたのもお地蔵さん。
先程の地蔵さんより時代が下った印象。



興福寺を後にして、道標が建つところまで戻って右折。
正面の家はカフェらしかった。



東方向へ歩く。

つづく。



1月13日(火)05:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前22

コースはこの辻を右折(赤矢印)するが、興福寺へ立ち寄って、再びここへ戻って来る。
その後、直進する。(青矢印)



「八釣山地蔵尊」と刻まれた大きくて立派な道標。
その右下には「天香山埴安傳稱地道」(あまのかぐやま はにやす でんしょうちみち)。
【AI による概要】
「埴安(はにやす)」は、日本神話に登場する土の神(埴安神・埴山姫命など)を指すことが多く、粘土や農業、陶芸、鎮火、土木など「土」全般に関わる神様で、橿原市香具山付近の古地名や遺跡「埴安の池」も指し、神話の「ハニヤスビコ・ハニヤスヒメ」はイザナミが排泄物から生んだ神々として『古事記』に登場します。



興福寺の境内に入る。
撮影した画像の左に、地蔵堂らしきが見えたので後で立ち寄った。(赤四角印)



「八釣山 地蔵尊 興福寺」と記されている。(赤四角印)


扁額には「八釣山」。

つづく。



1月13日(火)05:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前21

この辻は左折。(東)


お寺の前を通る。


「施福 毘沙門御堂」の表札が掛かっていた。
“施福”とは「福を与える」「幸福をもたらす」という意味だろう。
尚、このお寺は「大明氣功院常樂寺」が正式な名称らしい。
【参考】
大明氣功院常樂寺



道標をチェックして「←興福寺」へ向かう。


稲穂が黄金色になっている。

つづく。



1月13日(火)05:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前20

藤原宮跡には、現在、建物は残っておらず、広大な原野が広がっている。
大極殿(儀式や政治を行った場所)の跡地には基壇が残っており、柱の配置を示す標識が設置されている。(画像)



高殿町(たかどのちょう)の集落の中に入る。


迷路のようになっていて、行き止まりになっている小道もある。


このお寺は「真宗興正派」の表札が掛かっていた。
【AI による概要】
真宗興正派(しんしゅうこうしょうは)は、親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗の一派で、本山は京都市にある「興正寺(こうしょうじ)」です。
歴史は古く、鎌倉時代に親鸞聖人が草創した寺院にルーツを持ち、室町時代に「佛光寺」から改称・再興され、明治9年(1876年)に西本願寺から独立して一派の本山となりました。



前を歩くIn氏はこの場所を訪れたことがあるようで、迷わずに歩いていた。

つづく。



1月13日(火)05:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

ドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲 クリスティーン・バラナス 2023

ドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲 クリスティーン・バラナス 2023を視聴してみよう。
ヴァイオリン協奏曲 (ドヴォルザーク)
Kristine Balanas
Kristine Balanas (クリスティーン・バラナス)

Antonin Dvořák: Violin Concerto in A minor, Kristīne Balanas
【Google翻訳】
クリスティーン・バラナス(ヴァイオリン)
ガンティス・クズマ(指揮)
リエパーヤ交響楽団、
2023年2月25日、リエパーヤ、グレート アンバー ホール
ビデオ - カスパール・カンバース
オーディオ録音 - ヤーニス・ストラウメ
ミキシングとマスタリング - フィリップ・リーフ



1月12日(月)19:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前19

森の中を見渡すと石柱が見えたので立ち寄ってみる。(赤四角印)


「持統天皇文武天皇藤原宮址」と刻まれている。
側面には「大正四年十一月 奈良縣教育會建立」。



藤原宮跡を後にし、南東方向、高殿町の集落に向かって歩く。

ふと、足元を見ると、何か得体のしれない物があった。
キノコらしい。(ホコリタケ属)
【参考】
ホコリタケ属



藤原宮跡には幾つかのコスモス畑のエリアがある。
場所は常に同じではなく変わるようだ。
これは同じ場所に毎年植えると生育が悪くなるからだと聞いた。
【AI による概要】
コスモス(キク科)も連作障害を起こす可能性があり、同じ場所での連続栽培は生育不良(生育の悪化、病害虫増加など)を招くことがあります。
予防策として、1〜3年程度の「輪作(休作)」を設け、堆肥などの有機物を投入して土壌を豊かに保ち、土壌消毒や天地返しも有効です。
特に同じキク科の植物(キンセンカ、マリーゴールド、ヒマワリなど)を続けて植えないように注意し、植える場所を変えるか、土壌改良をしっかり行うことが大切です。

コスモス畑から西方向を眺める。
手前の小山は畝傍山。
後方に見える稜線は左から金剛山、水越峠、大和葛城山と続く金剛山地の山並み。



朝堂院東門
朝堂院東門は、朝堂院と東方官衙(役所)地区を結ぶ門です。
2003年に奈良文化財研究所が初めて発掘調査を行い、雨落溝(屋根から落ちる雨水の排水溝)や9個の礎石据付穴、7個の礎石が出土しました。
東門は、南北21.3m、東西14.5mの基壇の上に、南北約15.3m(3間)、東西約10.2m(2間) の八脚門が建っていたと推定されています。
なお、この復元列柱は、宮跡内園路の通行確保のため、南側の3本を除いて設置しています。

つづく。



1月12日(月)07:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前18

確か前方に見えるこんもりとした小さな森の中に石碑が建っていたと記憶。


小さな森へ行ってみようとするが、発掘現場付近には金網(赤矢印)が張られ、大きく迂回することになる。(青矢印)


概略図。
現在地を赤矢印で表示した。
大極殿の近くにいる。
北側に道路を挟んで、先程まで歩いていた醍醐池が記されている。



説明板は全く読めなかった。
【参考】藤原宮跡とは(橿原市のサイト)
・藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)は、今から約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京(694~710)の中心にあった宮殿・藤原宮のあったところです。
・藤原宮にはかつて、一辺約1キロメートルの中に大極殿や朝堂院といった国をあげての儀式や政治を行う施設や天皇の住まいである内裏などがあり、現在の皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を合わせた性格を持っていました。藤原京が都であった期間は694年~710年の16年間ですが、その大きさは後の平城京や平安京を上回る規模ともいわれており、藤原京の構造はその後の都にも引き継がれていきます。
・藤原宮跡は昭和27年に国の特別史跡に指定されており、また藤原宮跡が構成資産のひとつである「飛鳥・藤原の宮都」は、人類史上でも価値の高い文化遺産として、世界遺産への登録を目指しています。



小さな森の中に到着。
瑞垣の中にご神体が祀られている様子でもない。
常夜燈と、ご神木に注連縄が巻かれている。
四本の瑞垣には文字が刻まれている。(赤矢印)
右から「七大字安全」「鴨公神社」「大禮記念」「大正四年十一月十日」。
【AI による概要】
「大正四年十一月十日 大禮記念」は、1915年(大正4年)11月10日に京都御所で行われた大正天皇の「即位の礼」を記念するものです。
【参考】
鴨公神社跡 (改定) | かむながらのみち ~天地悠久~

つづく。



1月12日(月)07:04 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前17

醍醐池の堤から南東方向を眺める。
音羽三山(音羽山/経ヶ塚/熊ヶ岳)、多武峰(とうのみね)の稜線が見えた。



クビアカツヤカミキリの被害を受けたサクラの木。


小さな祠。


双石仏が安置されていた。
ホゾが見えるので、笠を被っていたと見られる。(赤矢印)
台座とセメントで固定されている。



藤原宮跡に到着。
この時期、発掘調査が行われていた。
尚、当日は日曜日だったので、作業人の姿は見えず。

つづく。



1月12日(月)06:51 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

八木駅_札の辻交流館_おふさ観音_聖林寺前16

養國寺・春日神社を後にし、東方向へ歩く。


正面の辻を右折。(南)


アオイ科フヨウ属のローゼルという名前の植物。
最近、よく見かける。
【参考】
ローゼル



これは渋柿ではないと思うが、確実なことは云えない。


やがて前方左に大きな池が見えてくる。(水色四角印)
この後、この池(醍醐池)の堤を通る。
コースは直進して、下草が生えた畦道を進む。(赤矢印)

つづく。



1月12日(月)06:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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