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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2017年2月12日を表示

神戸八社巡り19

「西国街道 兵庫 湊口惣門跡」

 西国往還に設けた兵庫の出入口の惣門である。東より来る西国往還は相生橋より相生町を経て、市電気局前に来り、進んで此の惣門を入り、兵庫津の湊・江川・木戸・木場・小物屋・北仲の諸町、今の所謂兵庫本町を進み、南仲町今の神戸商業銀行の前を右折し、小廣・神明・逆瀬川・東柳原・西柳原の町々を過ぎ、柳原口にあった柳原惣門を出て、斜めに今の長田交叉点に出て、西代を経て須磨に向かった。
 兵庫の惣門は天正年間、池田信輝が織田信長の命によって、花隈城を攻略し、その功によりて兵庫を治し、城を築く。
 其時、湊口・江川口・永澤口・三川口・関屋口・皆関門番所を設け、市中にも宮内・匠・松屋・魚棚・島上の諸町に、中濱門として番所を設けたが、徳川時代に入り、青山氏が此の地を領した時悉く之を破却し、只湊口・柳原区との両門を残した。
 古図によれば惣門内には何れも番所があった。更に此番所の傍に高札があったが、幕末の地図によれば門外左側に高札場が移転している。これは門の修築に当たり番所を廃し、高札場を門外に移したものと思科する。

 昭和四年十二月 岡九殻三郎 福原潜三郎 著
 「神戸古今の姿」抜萃
 昭和六十一年十月吉日

   神戸市
   岡方協議会


説明文によると、湊口惣門は“兵庫津”の東の玄関口にあたる。
一方、西の玄関口は、柳原惣門。


明治34年(1901)若林秀岳作の絵図



湊八幡神社付近の地図。
オレンジ色で記された道が西国街道。
この後、我々は西国街道を歩いて相生町から神戸駅方面へ向かう。



「湊口惣門跡碑」を過ぎると、JR山陽本線の高架が現れる。
東海道本線は神戸駅から西は山陽本線となる。



貨物列車。
奈良県内ではJR貨物列車をまったく見ない。
この貨物車両、かなり長く繋いでいた。



この先、横断歩道を渡って山陽本線の高架下を潜る。
このような新しい建造物によって、西国街道は所々遮断され、歩きにくくなっている。



2月12日(日)20:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

神戸八社巡り18

境内に集められた破損した古い燈篭など。


真新しい石鳥居は川崎重工業が奉納。


七宮神社を後にし、北西方向に歩く。

左に、みなと八幡神社の社標が立っている。



八幡宮と記された扁額。
この日は時間の都合で、湊八幡神社は拝観せず。



新しい道標。
「西國街道 兵庫 湊口惣門跡」と彫られている。



2月12日(日)20:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

神戸八社巡り17

こちらは吽形(うんぎょう)。


奉納されていた白鶴の酒樽。


社殿の前に錨。これも奉納されているのだろうか。
いずれにせよ、錨は港神戸の象徴。
六甲山系の「錨山」(いかりやま)には、イカリの電飾がある。



港神戸守護神、厄除八社の案内。


扁額には「七宮神社 大己貴大神」と記されている。


2月12日(日)20:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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