山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2013年6月を表示

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)6

マタタビの花だ。あまり見ることがないので私にとっては貴重な画像となった。この先でも何枚か撮影できた。


やがて鳥見山の山頂に到着。穏やかな登山道が続いていて、突然、山頂が現れるというカンジで、山頂というイメージはまったくない。表示がなければ、そのまま気付かずに通過してしまいそうだ。眺めもないので、休憩せずに歩く。


道標がある。ここからは植林された山中を歩くことになる。一旦、下ってから登り返すが、踏み跡はしっかりしており、迷うことはない。


貝ヶ平山への登りが続く。フィクスロープが設置されており、前日までの雨で滑りやすいので慎重に登る。


振り返ると、今しがた歩いてきた鳥見山が望めた。右に見えるコブが鳥見山だと思う。尚、鳥見山は双耳峰で、鳥見山公園方向から登ると、雌岳を経て雄岳(山頂)となるが、今日の山行では雌岳のピークに気付かなかった。


6月25日(火)22:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)5

こちらは大和富士(額井岳)。漢字の“山”の形に似た山容で知られる。


見晴台の下は、東海自然歩道となっていて、ここから東へ歩くと、室生方面・山部赤人の墓(十八神社・大和富士(額井岳)で、西に向かうと、初瀬ダム・桜井方面(長谷寺・まほろば湖)へ至る。尚、画像の道標の“展望台”は誤りで、正しくは見晴台 50m である。展望台は別にある。


そして、すぐ近くに貝ヶ平山 2km・野外活動センターへの分岐があって、今日はここを歩いて、鳥見山・貝ヶ平山へと向う。暫く歩くと、先行されていたM氏が待っておられ三人で歩く。何年か前にここを歩いた時は、植林が伐採され植樹された直後で、かなり展望が良かったが、今は木々がすっかり生長し、展望はほとんど望めなくなっていた。前日まで、雨が降っていたので、下草は露を浴びていて、その為に、腰から下のあたりはズブ濡れとなる。私はレインウェアーのズボンを履いてきたので肌身は濡れなかった。


画像は登山道脇に咲いてたガクアジサイのように見える。尚、ガクアジサイは山に自生しているのかどうか詳しくは知らない。人が植えたのではないかと思う。


こちらはニワトコだろう。夏に入る前から、赤みを帯びた実が生っている。


6月24日(月)22:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)4

画像は鳥見山公園内、鳥見社前の鳥居。新緑が美しい。この奥に社殿があった。


こちらはサツキだ。ほぼ満開。平地とは半月程度遅れて開花しているようだ。


管理事務所に管理人がおられたので、M氏が鳥見山までの所要時間を尋ねたら、30~40分とのことだった。ここでトイレをお借りし、その横の階段を登って見晴台へと向かう。


最初に登った展望台より、こちらの見晴台の方が、標高が高く眺めも良い。尚、M氏は眺めにはあまり興味がない様子で、見晴台には登らず、鳥見山へと先を急がれた。画像は見晴台。


こちらが見晴台からの眺め。相変わらず今日は視界が悪い。


6月24日(月)21:53 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)3

榛原駅から歩き出して、ほぼ1時間で、鳥見山公園(展望台)に到着した。T氏によると、鳥見山公園は何回か訪れているということで、お馴染みの場所だという。私にとっても、この公園はお気に入りで、特に春のサクラ、ツツジ、秋の紅葉の時季が素晴らしい。また、展望が良いことでも知られている。画像はT氏と展望台。


こちらは展望台からの眺め。この日、視界は良くなかった。眼下に井足岳(いだにだけ)から伊那佐山へと続く稜線が見える。画像には写っていないが左には福地岳、美榛苑などが見えた。


暫く鳥見山公園を散策する。画像は麦わら帽子がお似合いのお二方。


鳥見山公園には売店などはないが、その為、俗っぽさがなく、大人が楽しめる公園になっている。勾玉池では、水草の花が咲いていたが、近くに寄って撮影するのは難しく、遠望での撮影となるが、私が持っている安物のデジカメでは、上手く撮影出来ない。画像は勾玉池。


この池の鯉に、餌を与える人がいるのだろう。自然と寄ってくる。


6月24日(月)21:19 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)2

登山道脇に咲いていたウツボグサだろう。ホタルブクロやマムシソウ、ナンテンも花が咲いていた。


春日宮天皇妃陵分岐を左に見送って直進する。湿度が多く汗が出てくるが、気温が低いので、比較的歩きやすい。道標は宇陀市になる前の榛原町となっている。


登山道に重機が入った形跡がある。画像右側。左が登山道。


やがて、見覚えのある三叉路に出る。クルマだと、一旦、ここを左へ向い、その先の広い場所でユーターンして、右上の鳥見山公園へと向かうが、今日は歩きなので、くの字の分岐を右上へ登る。尚、このあたりではガスが出ており、撮影した画像は曇って見える。


すぐに左上へと登山道が続いているのでこれに取り付く。


6月24日(月)20:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

鳥見山公園_貝ヶ平山周辺(ウォームス下見)1

2013年6月22日(土)は、Webサイト「石仏の辻」のウォーキングイベントの一つ、「ウォーキング娘」http://sekibutuwalk.blog99.fc2.com/ の下見として、榛原駅を起点に鳥見山(とりみやま)公園を経て鳥見山(とみやま)に登り、貝ヶ平山の山名の由来となった貝の化石出土地を見て、貝ヶ平山頂で昼食、真平山との鞍部の林道に下り、吐山(はやま)スズラン群落を見てバスで榛原駅へ向かった。この時季、スズランは花が終わっていることは承知していたが、ササユリが思いのほか沢山見ることが出来た。これほど多くのササユリを一日の山行で見たことはない。参加したのはM氏とT氏、私の3人。尚、当初の予定では、貝ヶ平山頂から香酔山(こうすいさん)に登り香酔山と646.3m峰との鞍部から林道へ出て吐山スズラン群落へ向うつもりであったが、香酔山周辺は踏み跡が薄く、藪コギとなる為、ウォームスでの山行には適さないとして、予定を変更して林道に下ることになった。今回の山行で、ササユリやスズランを外して考えると、鳥見山公園を除く鳥見山、貝ヶ平山ともに、山頂からの展望はまったくなく、その後の林道歩きも、展望のない植林された道で面白くない。これらの山々は、香酔山を含め、どちらかといえば、ピークハンターが登る対象となる山ではないか。また、貝の化石出土地は、まったく案内がなく、登山道では明らかに滑落の危険がある場所にもフィックスロープが設置されていないところをみると、地元ではここを訪れることを積極的にアピールするどころか、その逆だと思う。このこともウォームスではここを行程の一部として取り上げにくい。つまり、今回歩いた行程では、鳥見山公園以外は、ウォームスのコース対象になりにくいということだ。

コースタイム

9:05近鉄榛原駅・T9:12_9:28鳥見山公園入口_9:38登山口_9:45春日宮天皇妃陵分岐_10:00長谷寺分岐(三叉路)_10:09展望台(鳥見山公園内)_10:21勾玉池_10:30管理事務所前・T_10:42見晴台_10:51室生方面分岐(鳥見山公園内)_11:17鳥見山頂_11:42青龍寺方面分岐_11:53貝の化石出土地探索_12:04貝の化石出土地_12:18青龍寺方面分岐_12:21金平山寺跡・山神龍王・貝ヶ平口バス停方面分岐_12:31香酔山分岐_12:36貝ヶ平山頂・昼食13:15_13:29林道出合い_13:33山神龍王_13:38金平山寺跡(石碑)_13:42林道出合い_13:50貝ヶ平バス停分岐(城福寺林道)_14:08道迷い_14:39吐山スズラン群落_15:00吐山南口バス停15:24_(13分・350円)_15:37近鉄榛原駅・T_八木駅 【飲み会】16:00白木屋八木北口店17:53

6月22日(土)は、台風崩れの低気圧が過ぎ去った梅雨の谷間の日で、終日、曇っていたが、幸いにも雨は降らなかった。菖蒲池駅発8:15の電車に乗れば、榛原駅着が9:05でこの電車が一番連絡が良かったが、西大寺駅中で弁当を購入する為、一本早い8:04発の電車に乗った。画像はムクゲで、バックは蛙股池と菖蒲池神社。ムクゲが咲き出すといよいよ初夏だ。ムクゲ(ムグンファ)は大韓民国の国花らしい。



八木駅でM氏と一緒になり、榛原駅でT氏と待ち合わせた。榛原駅北口から住宅地の中を歩いて、鳥見山公園へと向かう。画像は榛原駅北口。


榛原駅は標高が310m程度あるので、これから登る山々の標高は、この標高を差し引いて考える必要がある。ご覧のように鳥見山公園へは標識が設置されている。


途中、大和富士(額井岳)を東に望む場所があったが、山頂付近は雲に覆われていた。こちらの花は中央がムラサキツユクサで、右の黄色い花はイワベンケイだと思う。


ここから車道と分かれ、正面に見える細い山道を歩く。


6月24日(月)19:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

生駒駅から帰宅3

この花後の植物、名前を知らない。開花していたらわかるかも。


この木は、最近、家内が見つけたものだ。クワの仲間でハマグワだと思う。黒っぽく熟した実が甘くて美味しいが、人家の庭に植えられているので、採って食べることは出来ない。それにしても鈴なりだ。熟した実は地面に落ちていて、家の人が採取して食べられている様子はない。これだけあれば、ジャムが出来るだろう。木はそれほど大きくない。それにしても、野鳥はこの実を食べないようだ。不思議だ。私が知らないだけで実際は野鳥が食べに来ているのかもしれない。いつか、ここに住まわれている方と出会ったら、この木を植えられたいきさつをお聞きして、小枝を少し分けてもらえないか、話してみようと思う。挿し木をするのだ。クワは丈夫な木なので、挿し木はたやすいだろう。


こちらも見たことがないものだ。実だろうが。
※この植物の名前は、コボウズオトギリ(小坊主弟切)と呼ぶそうな。



アジサイが見頃だが、カラツユで日焼けしそう。北側に植えられていて正解。ということで無事自宅に到着した。


6月17日(月)19:52 | トラックバック(0) | コメント(6) | ウォーキング・散策 | 管理

生駒駅から帰宅2

坂道のピークからは、東方向の眺めが良い。そしてこの先、下り道となるが、ここから新しい道路を建設中なのだ。


暫く直進して左折すれば自宅だが、住宅地の中をくねくねと歩くことにした。なので、最初の分岐を左折する。住宅地の中を歩く方が、クルマに注意する必要がないし、庭に植えられている花などを見ながら歩ける。この住宅地は私たちが住んでいる自治会とは別だ。こちらの方が新しい。


トサミズキの新緑。葉っぱに特徴がある。少しワッフルに似ている。


左はアガパンサス。自宅にもあるが、まだ開花していない。これとまったく同じ状態だ。


6月17日(月)19:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

生駒駅から帰宅1

2013年6月16日(日)は、午前中、生駒市図書館で開催された生駒民俗会の例会に飛び入りで参加した。画像は生駒市図書館。


午前の部が終わって、午後からは場所を変えて、フリートークならぬ、フリードリンクとなった。開催場所は生駒駅近くのお馴染みの店。参加したのは、S氏とN氏夫妻、当日、受付を担当されていたお二人の女性、そしてT氏と私の7人だった。尚、受付を担当されていたお二人の女性の内、お一人は、途中で帰宅された。何でもこの後、奈良市に出向く用件がおありとのことだった。フリートークでは、丹生、水銀、水分、空海、風葬など、いろいろと興味深いお話をS氏からお聞きした。画像は午後からの開催場所。


フリートークは延々3時間近くに及んだ。3時前に生駒駅で皆さんとお別れし、菖蒲池駅で下車。駅からのんびりと歩く。この時乗った近鉄電車は冷房がよく利いていたが、電車から出ると、真夏日でカンカン照りだった。菖蒲池駅南口に新しくオープンしたコンビニに入ってみる。家族へのお土産に、何か目ざとい商品があるかも、と思ったが、ありきたりの商品ばかりでイマイチ。結局、何も買わずに店を出る。三叉路の角にあるスーパーマーケットに入るつもりだったが、その手前にある小さなケーキのお店が、前から気になっていたので入ってみた。ショーケースには数多くのケーキが並んでいたが、その中から3つ選んだ。帰宅してから、食べたが、リーズナブルな価格で、甘さは抑え気味、買って正解だったと思う。家族にも不満はなかった様子。画像はケーキの店。


蛙股池まで下ってきた。菖蒲池駅からだと、ここまでは全体としては緩やかな下り道となる。やがて、急な登りとなるが、長くは続かない。画像は逆光となった。


6月17日(月)19:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

富雄駅までウォーキング2

学園前駅北口から富雄駅まで、どの道を歩くか少し迷ったが、携帯で地図を見ると、近鉄線に沿って、北側の車道を歩くのが、最短距離だろうし、迷うこともないので、ここを歩くことにした。今日は歩かないが、この踏み切りを渡ると、学園中1丁目へと抜ける。クルマは通行出来ない。学園中1丁目は、旧名称では柚木谷で、学園前が現在のように発展する前は、この近辺には、柚木谷の集落しかなかった。(古地図による)


Salon de Peau 百楽園、これは、エステサロンみたい。


踏み切りの向こう側は、RCBA、ロシアクラシックバレエアカデミーとなっている。


やがて、センターラインのない車道歩きとなった。右側は百楽荘。近鉄直営の料亭だ。昔の呼び名は百楽園だったように思う。前方に富雄駅のプラットホームが見える。富雄駅到着は9時20分で、自宅から約45分かかった。


富雄駅から電車に乗る。このまま歩けば、到底、10時には生駒図書館には到着出来ない。線路沿いを歩いたのは、このことも考慮に入れていた。また、富雄駅から東生駒駅へ歩くルートが分かりにくい。この間、電車ではトンネルがある。電車に乗ったのは正解で、9時45分頃に、生駒市図書館に到着した。画像の茶色建物がそれ。尚、この日、道路沿いの花壇で、市民の方たちが、手入れをされていた。おしまい。


6月16日(日)23:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

富雄駅までウォーキング1

2013年6月16日(日)は、生駒民俗会の第333回例会(講演会)に参加することにした。講演時間は10時から約2時間、場所は生駒市図書館で最寄り駅は近鉄奈良線東生駒駅から徒歩約10分。尚、生駒民俗会の例会に参加するのはこれで2回目。今日のテーマは「中世末の生駒の供養塔-その建立事情を探る-」という内容、講師はS先生。デジメのみ紹介すると、
1.奈良県、生駒地方は石造遺品の宝庫 2.生駒の史的背景 3.中世後期に供養碑が集中 4.建立時代の世情 5.欠損、磨崖石仏はなぜ 6.供養塔には村落民の深い思いが凝結
講演は、私にとって興味のあるテーマで、参加して良かったと思っている。
尚、このブログでは、この講演に参加する為、自宅から近鉄奈良線富雄駅まで歩いたウォーキングの記録をアップすることにした。

8時35分頃に自宅を出発。画像は自宅付近、新しい道路の建設現場だ。この道路は菖蒲池駅方面から、第二阪奈道路方向へと抜ける車道だ。



これが奈良市のマンホールの蓋(汚水)。真ん中に奈良市の市章、鹿とサクラをデザインしている。


民家の玄関先に鉢植えされていたアジサイ。尚、この日、矢田寺へ紫陽花を見に行かれたN氏によると、満開とのことで、ここ数年、開花時季は遅かったが、今年はそうでもないようだ。


近鉄奈良線の陸橋を渡る。画像は陸橋から西方向を撮影。線路沿い左に見える建物は、長方形が奈良市西部会館、その左、円形の建物から左へと続く建物は帝塚山学園。これらの建物があるところの右が学園前駅だ。ちなみに、この陸橋から東を見ると、菖蒲池駅のプラットホームが見える。


陸橋を渡って、すぐに歩道を下る。その後は近鉄奈良線に沿って北側の車道を歩く。車道と云っても、住宅地なのでクルマはほとんど通らない。この日は一台も通らなかった。やがて学園前駅北口の改札前を通る。


6月16日(日)22:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

七曲峠から国見山15

今日の山行、石仏巡りもいよいよ終盤となった。護国神社へと向かうが、道路は直進出来ない。左かな右かなと思っていると、いい案配に、住宅地図表示があったので眺める。この先の三叉路を右折して左折だ。尚、小学校の先生の自宅に隣接する池は新池となっていた。


こちらは、旧家の石垣。


奈良佐保短期大学の前を通過する。いつの間にか、“女子短期大学”から、“女子”が消えていた。このレストラン、奈良では人気だと云う、夜景が綺麗だとか、まだ、入ったことがない。


護国神社の境内に入る。T氏によると、トイレを確認しておきたいとのこと。裏道から境内に入ると、立派なトイレが完備されていた。画像は境内にあったビルマの塔。なぜ、ビルマの塔なのか、小説と関係あるのかも知れないと思ったが、小説は、「ビルマの竪琴」だった。説明板によると、「太平洋戦争での、ビルマ戦場で、祖国の為に、お亡くなりになられた兵士の、魂を神格化する」という意味で建立された。まぁ、護国神社にはふさわしいものだと思う。


薄暗くなった護国神社バス停で19:01発のバスを待つ。当初、N氏はこの後の飲み会に参加する予定であったが、いろいろと道草を食ったので、今日はご帰宅頂くことになった。飲み会となると、最低でもあと90分はかかる。それから、香芝へは・・・私だったら遠慮する。と言うことで、N氏とは近鉄奈良駅でお別れした。尚、この後、JR奈良駅までT氏とご一緒し、かねてよりの宿題だった、「旬感居酒屋む~ちゃん」http://ameblo.jp/haru-mu/ に出向いたが、あいにくお休みだった。そこで、やむなく、「奈良の本格和食処 春日」http://nara-kasuga.com/ にお連れしたが、なんと、ここも今日はお休みだった。尚、こうしたケースは観光奈良では、珍しくもない。その後、クーポン券を有意義に消化すべく、魚民へと向かった。おしまい。


6月14日(金)23:02 | トラックバック(0) | コメント(16) | 石仏 | 管理

七曲峠から国見山14

小屋の周辺をウロウロしていると、電灯線が引いてあるのを見つけ、電灯を灯すことが出来た。こちらがその画像。大きくて立派なものだ。しばし魅入る。なるほど存在感がある。尚、ウロウロしたついでに書き加えておくが、隣に石灯籠が一基あって、子安地蔵大菩薩と彫られていた。また、その横に井戸が見えた。井戸の水は濁っていたが、おそらく溜まっている水を外に汲み出せば、水は澄んでくるだろう。


東金坊地蔵尊を後にする。ここからは、やや単調な舗装道路を歩くことになった。この道はクルマでは何回か走ったことがあるが、歩くのは小学校の時以来だ。この道、意外にもクルマが多い。やがて、右側にお地蔵さんを見る。磨崖仏だ。N氏によると、お水取りの松明調達の道は石仏が多く見られるという。そして、この石仏が二月堂に向かう最後の石仏だとか。


暫く歩くと人家があった。いかにも旧道の峠道といった趣だ。分岐があって、五聖地めぐりの道標があった。奈良市が立てたものだ。道標によると、鹿野園 2.5km 茗荷(みょうが) 3.6km 正歴寺(しょうりゃくじ) 1.1km だった。鹿野園まで まだ2.5km もある。T氏が道路にマムシの子供の死骸を発見。最初、動いていたので、警戒したが、運び屋の仕業だった。


ヤマボウシが綺麗に咲いている。自宅近辺のヤマボウシは、花がすっかり落ちているが、ここは今が見頃だ。鹿野園の集落まで下ってきた。この近くに池があって、池のすぐ隣に、池縁という名の人家がある。何を隠そう、私が小学校の時の担任の先生の自宅だ。どういう理由で、担任の自宅を知っているのかは忘れた。だが、その家には表札はあったが、誰も住まれている様子ではなかった。50年近い歳月が流れているので当然と言えば当然だが、少し寂しい気にはなった。


やがて、旧道と出合う。北、白毫寺(びゃくごうじ)、滝坂道と、南、円照寺、弘仁寺(こうにんじ)方向だが直進する。するとすぐ先に、石の道標を見つけた。指のかたちで、方向を示している。N氏によると、四国ではこうした指のかたちを模った道標が多いと言う。昔は字が読めない人もおられたのだろう。尚、N氏はお遍路さんを経験されたと聞いた。道標は田原東西陵と彫られていた。尚、反対側は八嶋陵だった。崇道天皇八嶋陵を指す。


6月14日(金)22:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 石仏 | 管理

七曲峠から国見山13

こちらの放置された茶畑には、キイチゴが生っていた。このイチゴはよく知っている。というか、まず、見つけたら十中八九食べている。なので、この時も食べてみたが、期待を裏切らない味で、甘酸っぱく美味しい。T氏も先程のクサイチゴより、こちらの方が、口に合うと話していた。


暫く歩くと分岐地点に石仏が何体かあったが、どうも、この石仏は上部が、後から付け加えられたようだ。セメントのように見える。全体に比べ顔の大きさが小さい。


この男性は茶畑で奥さんと一緒に化学肥料を撒いておられた。


やがて、県道186号(福住矢田原線)に出合う。歩いてきた方向から、そのまま直進(北東)しょうとして、慌ててT氏が気付き、県道186号を北に向かって歩く。立派な歩道がついているが、葛が歩道に蔓延って歩きにくい。県道186号は、この先、県道80号(奈良名張線)に突き当たる。三叉路になっていて、県道80号を西に向かって歩く。右手に春日宮天皇陵を見遣り、田原御陵前のバス停を過ぎる。この時間、バスはない。更に右に奈良県茶業振興センターを見て、奈良県ヘリポートを左に見る。そしてこの先、分岐となっていて、左折して鉢伏峠に向かう。画像は分岐に立つ「東大寺二月堂お水取りの松明調達の道」を表す道標。


左折してすぐ、東金坊地蔵尊の小屋があった。私がカメラ撮影しょうとしたら、薄暗くて上手く撮影出来ない。N氏が機転を利かしてローソクに火を灯してくれたがダメだった。画像はフラッシュ撮影した。


6月14日(金)20:19 | トラックバック(0) | コメント(0) | 石仏 | 管理

七曲峠から国見山12

子供みたいに、クサイチゴを食べながら、放置された茶畑の横を歩く。8年前にここを訪れた時は、まだ栽培されていた。やがて、西方向の展望が得られる茶畑に出てきた。今日一番の展望地だ。と、後方から軽トラがやってくる。


この茶畑の持ち主の方だった。このおじさんの登場で、この日の山歩きは、思い出深いものとなった。最初は運転席から顔を出して話されていたが、クルマから出てこられ、四方山話に花が咲いた。画像はまさにドアを開けクルマから出られる瞬間。


私が特に印象に残っていることは、ここから、芳山、春日山、高円山を特定できたこと。また、稀に四国の剣山が見えると話された。それは、左下に見える城山(奈良市北椿尾町にある標高529mの山)の延長線上に見えるピークということで、帰宅してから地図を見たが、やはり剣山だろう。


おじさんの話では、近くに樹齢180年くらいのサクラの木が2本あるということで、その場所へ案内していただいた。勿論、ソメイヨシノではなく、ヤマザクラだ。大の大人が両手を広げて、二抱えするほどの胴回りだった。(彼がやって見せてくれた) 画像がその内の一本。


名残惜しかったが、又、秋にアケビを採りにおいでと言われ、おじさんと別れた。すると、前方の茶畑に、450万円の機械があった。自動で茶摘をする機械で、先程、おじさんに教えてもらった機械だ。


6月13日(木)22:31 | トラックバック(0) | コメント(2) | 石仏 | 管理


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