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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


生駒山(堂尾池_北新町)23

T氏によると、このハイキング道は、かつて八丁門峠越え参道と呼ばれる宝山寺への古道だそうだ。昔は茶屋もあったそうな。画像は苔むした丁石。
【参考】「荒池道(八丁門峠)越え参道 荒池道というのは、現在の大東市中垣内二丁目を起点に、龍間を経て八丁門峠を越え、宝山寺へ至る道である。この道は、古くから河内浪速はもとより、 西国地域から宝山寺に参詣する主要道路であり、古提街道は伊勢参道として利用されていた。片町線に住道駅が設けられて交通が至便となり、このルートの利用者は激増した。」「宝山寺への道 古道に残る信仰の 文字 今井正弘著」 より。



暫く歩くと、左手に分岐がある。この踏み跡は、切池分岐を経て、洗い場池を経由して光陽台へと出られる。この踏み跡も一度だけ歩いたことがある。


やがて、登山道脇に平らになったところに出た。かつて茶屋があったところらしい。すぐ傍には、茶屋で使われた井戸の跡があった。画像がそれ。


右方向に薄い踏み跡がある。T氏によると、この踏み跡を辿れば、水の神「中倉」さんが祀ってあるという。一年に一度、お参りされているそうな。
【参考】ナカクラ参り 生駒誌から 「生駒山北嶺の中腹を腹ばいに通じていた、 昔の宝山寺参道詣道八丁門峠道筋に朝日地蔵がまつられ、この地蔵から百m程上がった谷間に、 山の神「ナカクラ」の杜がある。 宝暦三年の俵口村村艦に記されている宇「中がくら」がこの地であろう。ここは「中がくら沸水」として清水が湧き出、 農耕用水として早くから利用されていた。この農耕に最も大切な水源を山の神の聖地として信仰の対象となったことと思われる。」Webサイト「石仏の辻」より。



暫く歩くと、前方に踏み跡が見えてきた。これは、宝山寺に至るバイパスだという。人はこの道を歩き、荷車などは、これから歩こうとする道を歩いていたらしい。なるほど、こちらの道はなだらかで、ほとんど勾配がない。


9月11日(水)21:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

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