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近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


No.3長野公園(長野 河合寺 丸山 観心寺 延命寺)

展望台広場の一角に石垣で囲われた史跡のようなものが見られたので立ち寄る。


「黄金塚にまつわる伝承」

黄金塚には楠木正成が黄金を埋蔵したという伝承があります。

「朝日さし夕日かがやくみつばうつぎのその下に小判千両のちの世のため」

という歌も伝えられています。
また、長野公園(長野地区、河合寺地区)は楠木正成が築城した「河合寺城」跡地でもあり、長野地区の展望台付近が、河合寺城本丸跡地であったと云われています。
元弘二年(1332年)、楠木正成の設けた城塞の一つとして、ここ長野公園に河合寺城と言う出城がありました。
鎌倉幕府と後醍醐天皇との戦いで天皇側であった楠木正成は、千早城にて約千人の軍で幕府側数十万人の軍を迎え討ちました。
圧倒的に不利な状況で戦いの天才であった楠木正成は当初は2、3日で負けると言われた戦を約半年にわたって守り抜き、そして最後には退却に追い込みました。
河内の山々に築いた出城を駆使し敵を翻弄したのです。
その激戦の最中、後の世を考えこの黄金塚が築かれたと伝承されています。



長野公園 展望台広場を後にし、河合寺に向かって降りる。

途中、宝篋印塔が放置されたようにポツンと置かれていたが、河合寺に関係するものかもしれない。



やがて河内長野荘(宿泊施設)前に出て車道を右(南東)へ歩く。


車道脇に北辰妙見大菩薩の幟が立つ。

つづく。



4月7日(火)05:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

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