鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂8 |
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| 分岐に「→山辺の道 新薬師寺 白毫寺」の道標が立つ。(赤四角)
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| ここにも新薬師寺と刻まれた石道標。 黄色の小さい花はオウバイ。 オウバイ
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| 南方向へ歩くと左手(東)に、寺号標の側面に「奈良 福井の大師」と刻まれた「不空院」が建つ。
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| 真言律宗のお寺で、本尊は不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)、山号は「春日山」。 福井の大師の“福井”は“不空=福”に発する(旧土地名)の別称らしい。
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| 突き当たると三叉路となり、角地にアイスクリームの店「GELATERIA FIORE(ジェラテリア フィオレ)」がある。 店の前から東方向を眺めると高円山の大文字の火床が見えた。(赤丸印)
つづく。
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4月25日(木)06:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂7 |
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| 「頭塔」は現在、修理工事中のため、見学不可となっている。 史跡 頭塔 見学の一時中止について
塀の近くまで寄ってみる。 何と、鹿が紛れ込んでいた。(赤四角)
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| 「↑新薬師寺」方面へ向かう。
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| 町家の民家。 格子戸、虫籠窓、うだつなどが見られた。
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| ここにも紅梅。 先程と同一の品種と思われる。
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| これは別の場所で撮影した。 早咲きのサクラだろう。 少なくとも紅梅ではない。
つづく。
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4月25日(木)06:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂6 |
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| 「飛鳥乃御井」。 井戸を覗くと湧き水が見られた。 右は一言稲荷社。
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| 境内の東側に扉があって、外に出られるが、鍵が掛かっていて立入禁止になっていた。 その昔、この向こう側で奈良奉行が花見をしたと、以前、社務所の人(宮司?)から聞いたことがある。
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| 瑜伽神社を後にし、来た道を戻るが、途中から別の道を歩いた。 来る時は、左の石段を降りて来た。
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| 民家の庭に咲いていた紅梅。 大きくて、花を目一杯咲かせていた。
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| 「頭塔」(ずとう)に立ち寄る。 中には入られない。
つづく。
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4月25日(木)05:54 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂5 |
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| 天神社の鳥居を潜ると梅の花が満開。 青空に映えて素晴らしい。
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| 天神社略縁起 当神社の境内地を含むこの丘陵一帯は、平城京がわが国の首都であった八世紀、平城(なら)の飛鳥(あすか)とよばれた聖地でありました。 ここにまず祀られたのが国つ神の中心の一柱である少彦名命で、手間天神とよばれ医薬や学問の神としてあがめられました。 平安時代になって、奈良の菅原の地を出自とする菅原道真の名声が高まり、道真の霊を祀る天満宮が各地に奉祭されるのにともなって、ここの神域にも相殿が建てられて御霊信仰の主神であり、学問勉学の神でもある菅原道真公の霊(天満天神)が併せ祀られることになりました。 社伝によると平安時代の白河天皇の時であるということです。 その後、元興寺禅定院あるいは興福寺大乗院の鎮守となり、近世には奈良奉行や近郷の信仰を集めて現在に到りました。 天神社社務所
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| 天神社から西へ下ると、右手に急な石段のある瑜伽(ゆうが)神社に至る。
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| 瑜伽神社のこと
【御祭神】 宇迦御魂大神様(うがのみたまのおおかみ) 【御事歴】 別名を豊受大神と申しあげ、伊勢の神宮・外宮に鎮り坐す大神様と御同神であらせられます。 即ち一粒の種から万倍の豊穣をもたらすように、無から有を生み、小を大に導いてくださる広大無辺の御神徳をおもちの大神様であらせられます。 それ故縁結び、子孫繁栄、商売繁昌等福徳を招来して、人間生活の幸福をお守護くださる神と崇め奉っています。 【沿革】 上古、飛鳥神奈備に飛鳥京の鎮守として斎き祀っていた社を平城遷都と共にこの地に遷し奉って現在に至っております。 そのことからこの山を「平城の飛鳥山」とも云い、現在は全域が歴史的風土特別保存地区(春日山特別保存地区)に指定されています。 もとは元興寺禅定院の鬼門鎮守の社で、神社名は飛鳥古京の本宮に対して「今宮」と称していました。 平安期になって藤原氏の権勢盛んになるにつれ、その氏寺である興福寺の大乗院がこの山麓に移されるに及び、さらにその鎮守社として幣物を奉って篤く崇敬され、社の名もその宗論の「瑜伽」となったのであります。
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| 「瑜伽の玉乃井」と刻まれた手水鉢。
つづく。
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4月24日(水)06:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂4 |
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| 柄杓で水をすくって、網のところ(赤四角)に水を落すと、暫くして音色が楽しめた。
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| ふと、横を見たら、ちゃんと説明書きがあった―笑。
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| 鷺池を後にして、南に向かう。 丘陵地となっており、住所は“高畑山ノ上町”。 画像は付近の案内図。 現在地を赤四角でマーキングしたが、地図が古く文字は読みにくい。
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| Tリーダーによると、冒頭で話した作家、川端彰彦氏が、昔このアパートに住んでいた。 現在は廃屋となっている。
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| 「営業時間、お好み焼き、甘党」などと書いてあるので、ここは喫茶食堂の入口だったようだ。
つづく。
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4月24日(水)06:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂3 |
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| 「ケヤキ」と記されていた。
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| こちらの巨樹は「エノキ」。
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| 荒池園地の樹木。
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| 鷺池の浮見堂。 画像の左端に新婚さんの姿。(赤四角)
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| 洞水門(どうすいもん) 洞水門は、地中に伏瓶を埋めるなど空洞を作り、そこにしたたり落ちる水が反響して琴の音色に聞こえるようにした仕組みです。 別名、水琴窟(すいきんくつ)とも呼ばれています。 水が奏でる音色をお楽しみください。 水琴窟
つづく。
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4月24日(水)06:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂2 |
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| 菊水楼旧本館の入口。 菊水楼|創業130年、賓客を迎え続けた奈良の老舗料亭
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| 浅茅ヶ原園地に立つ石碑。 「阿さぢが原」と刻まれているようだ。
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| 料理旅館 江戸三。
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| 荒池園地にて鹿さんとご対面。
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| 私は鹿に食べ物を持っていないポーズをした。
つづく。
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4月24日(水)06:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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鷺池_南都鏡神社_上の禰宜道_二月堂1 |
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| 2024年3月10日(日)は、ササユリの会に参加した。 題して「作家川端彰彦の風景を歩く~奈良公園から高畑東大寺へ~」。
【コース】 近鉄奈良駅_鷺池浮御堂_瑜伽(ゆうが)神社_頭塔(ずとう)_新薬師寺前_南都鏡神社・昼食_白毫寺前_滝坂の道入口_上の禰宜道(ねぎみち)_二月堂_戒壇堂前_漢國(かんごう)神社・林(りん)神社_霊巌院(れいがんいん)_近鉄奈良駅 漢國神社・林神社及び霊巌院はTu氏より誘いがありYo氏と共に訪問した。
標題の作家川端彰彦氏について、ネット検索したがヒットしなかった。 尚、過去にTリーダーは彼と共著で単行本を発刊されている。
画像は当日歩いたGPSログを表示。 近鉄奈良駅から昼食場所の南都鏡神社まで南側のルートを歩き、昼食後、北側のルートを歩いた。
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| 近鉄奈良駅から東向商店街を通り、途中、左折。(東) 画像は「西金堂跡」(興福寺)と刻まれている。
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| 立派な常夜燈と、右奥の建物は南円堂。(なんえんどう)
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| 植櫻楓之碑。
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| 記念碑の右横に立つ説明板。
植桜楓之碑(しょくおうふうのひ) 幕末の弘化三年(1846)から嘉永四年(1851)までの五年間奈良奉行を勤めた川路聖謨(かわじとしあきら)はその識見と善政によって住民から深く敬愛された。 この碑はその一端 彼の呼びかけで桜と楓の苗木数千株を東大・興福両寺を中心に南は白毫寺西は佐保川堤まで植樹した時の記念碑である。 多くの苗木を寄附した奈良の住民たちの自然景観への愛着と配慮、また後世の人に補植を呼びかけたその先見の鋭さは奈良公園愛護の教訓として敬服のほかない。 なお彼は大坂町奉行 外国奉行等幕閣に重きをなし慶応四年三月十五日(1868 明治元年)江戸落城の報に自尽して幕政に殉じた。
つづく。
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4月24日(水)06:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理
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マリア・カラスが歌う ノルマ トスカ バタフライ ロジーナ&ラクメ |
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| マリア・カラスが歌う ノルマ トスカ バタフライ ロジーナ&ラクメを視聴してみよう。 マリア・カラス ノルマ (オペラ) トスカ 蝶々夫人
Maria Callas sings: Norma, Tosca, Butterfly, Rosina & Lakmé (Centenary 2023 // Remastered)
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4月23日(火)21:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)15/15 |
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| やや薄暗い伏見峠登山道。
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| 登りに歩いた寺谷取り付き前を通過。
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| クルマ止めゲートは開いたままの状態が多い。
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| 12時9分、駐車場に帰着。 11時10分に山頂広場を出発したので、所要時間は59分だった。
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| この日の反省会は、筑豊や。 筑豊や 大阪市西成区天下茶屋北2目6-5 12時~19時 日曜日休み。
おしまい。
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4月23日(火)06:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)14 |
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| 細尾谷に降り立つ。 コースは右へ。
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| 細尾谷の左岸を下る。 この先、岩場になっておりロープを伝って降りる。
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| 舗装された伏見峠登山道が見えてくる。
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| 細尾谷の取り付き。 立入禁止の看板が立っている。
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| 伏見峠登山道をのんびりと歩く。
つづく。
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4月23日(火)06:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)13 |
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| この先、簡易ベンチが置かれたコーナーに降りる。 簡易ベンチでは女性の二人組が休憩していた。 挨拶をして通過。
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| 暫く下ると、ここにも休憩コーナーがある。 丸太の切り株を並べてイス代わりにしている。
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| 更に下ると、左方向から東道と出合う。(合流地点) コースは直進。
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| 登山道脇にアオキの実が生っていた。
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| 東道からの合流から先、距離は短いが急坂。
つづく。
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4月23日(火)06:19 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)12 |
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| 下山は馬の背を下る。 馬の背下山口でカップルらしきパーティに追い抜かれた。 30~40代とみられる。
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| 流石に彼らは若々しく軽やかに下って行った。
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| いつも馬の背でチェックしているウリハダカエデ。 ウリハダカエデ
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| 左右の尾根が切れ落ちたところ(=馬の背)を歩く。
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| 分岐。 前回は左の東道を歩いたので、この日は西道を下る。(直進) 距離的には西道の方が少しだけ長い。
つづく。
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4月23日(火)06:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)11 |
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| “雪室”(かまくら)は先週とほとんど変化がない。
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| 10時58分に山頂広場に到着。 9時26分に駐車場を出発したので、所要時間1時間32分。 空はどんよりと曇っている。
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| 崩れた山頂広場の一角は、ブルーシートを被せたまま。 危険なので近づけない。
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| 山頂広場で昼食を済ませ下山開始。 遊歩道を歩く。
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| 雪がすっかり融けているので歩きやすい。
つづく。
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4月23日(火)06:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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金剛山(寺谷源流_馬の背西道)10 |
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| 金剛山遊歩道を歩く。
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| 寺谷通常コース、文殊尾根分岐を見送って、山頂広場方面へ。
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| コースは右。
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| 葛木神社参道に合流し直進。
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| この日の山頂の気温は1℃だった。
つづく。
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4月22日(月)06:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理
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