山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2013年11月22日を表示

上ノ太子_近つ飛鳥博物館12

太井川橋を経て、敏達(びだつ)天皇陵を目指すが、道が複雑でわかりにくいので、後を歩いている人たちを少し待つ。画像のIさん、ザックをラッコ背負いされていたようだ。


再び歩き始める。このあたりは、みかん畑が多い。美味しそうなみかんが鈴なり。


二上山が見えた。この角度から二上山を眺めることは、めったにない。奈良側から眺めるばかりだ。


やがて、画像に見える車道(府道32号)に架かる陸橋を渡る。


そのまま道なりに歩くと、敏達天皇陵が見えてきた。天皇陵の手前、駐車場で昼食にするか、もう少し先の公園で昼食にするか、という話になり、公園では、ベンチもトイレもあるとのことだったので、あと15分ほど歩いて公園で昼食となった。画像は天皇陵の前の駐車場。


11月22日(金)22:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

上ノ太子_近つ飛鳥博物館11

こちらが源義家墓。Wikipediaによると、
源義家(みなもとのよしいえ)は、平安時代後期の武将。伊予守源頼義の長男。八幡太郎(はちまんたろう)の通称でも知られる。後に武家政権鎌倉幕府を開いた源頼朝、室町幕府の足利尊氏などの祖先に当たること等から後世に英雄視され、様々な逸話が生み出される。



更に源頼信墓へ。


来た道を少し戻って、墓地の中を歩く。


車道に出て、三叉路の交差点・通法寺を通過。画像は交差点・通法寺に設置された案内板。案内板にある敏達(びだつ)天皇陵を目指して歩く。


太井川(たいがわ)に沿って歩く。


11月22日(金)22:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理

上ノ太子_近つ飛鳥博物館10

源義家墓と源頼信墓は小高い丘陵地にある。


源氏三代の墓の説明板。


この急斜面を登る。


登り詰めると上部は平坦になっており、源義家墓と歴代通法寺の院主と見られるお墓が並んでいた。


首のない石仏。明治時代の廃仏毀釈の影響か。


11月22日(金)20:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 山歩き | 管理


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