山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2016年7月22日を表示

灘の酒蔵巡り21

やがて正面に見慣れた白鶴のロゴマークが現れる。


白鶴酒造資料館の案内板を見て歩く。
付近には白鶴の精米工場や原酒工場などが見られた。



敷地内に足を踏み入れると、画像左、守衛の人が立ち上がって、「いらっしゃいませ、どうぞ中へお入り下さい」と声を掛けてくれた。
ささいなことだが、とても印象が良い。



芝生が綺麗に刈り込みされている。
正面の建物が白鶴酒造資料館。



「本店壱号蔵」の看板が掛かる白鶴酒造資料館に入る。
頭上には杉玉と注連縄。



7月22日(金)20:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

灘の酒蔵巡り20

「宮水 おかげとうふ庵」の暖簾が掛かっている。
お酒造りに使われる水“宮水”で作る豆腐。
きっと美味しいのだろう。

宮水 - Wikipedia によると、宮水(みやみず)とは、今の兵庫県西宮市の西宮神社の南東側一帯から湧出する、日本酒つくりに適していると江戸時代後期から知られている水。灘五郷の酒造に欠かせない名水として知られる。 硬度が高く、リン含有量が多く、鉄分が少ない特徴がある。宮水を守るため、水質保全活動が以前からなされている。
天保8年(1837年)、一説には天保11年(1840年)、桜正宗の六代目蔵元であった山邑太左衛門(やまむらたざえもん)が摂津国西宮(現兵庫県西宮市)で発見したとされる。山邑太左衛門は西宮と魚崎(現神戸市東灘区)で造り酒屋を営んでいたが、双方で造る酒は、他の工程をすべて同じにしても味が異なった。西宮で造る酒の良質な味の原因について、彼は『同地にある梅ノ木蔵の「梅ノ木井戸」の水にある』と結論した。これを以て「宮水の発見」としている。
当初、「西宮の水」と言っていたが、やがて略されて「宮水」と呼ばれるようになった。
以後、灘の酒蔵は競ってこの地の水を使うようになったが、井戸を掘っても同じ水脈に当たらない酒蔵もあった。そのため、造り酒屋でなくても井戸を掘れば同じ味の水が出る地域の農民らが、井戸を掘り、そういう酒蔵に宮水を売るようにもなった。西宮に特有のこの商売をさして「水屋」といった。



左、御影駅方向を見送って、魚崎郷方面へ直進する。
ここは御影郷。



剣菱酒造前を通る。
剣菱酒造は老舗だが、工場見学など、酒蔵巡りのコースには組み込まれていない。

剣菱酒造 - Wikipedia によると、剣菱酒造株式会社(けんびししゅぞう)は、兵庫県神戸市東灘区に本社を置く日本の酒造会社。創業から今日にわたって、主として「剣菱」と「黒松剣菱」を製造し続けている。
灘五郷の一つ、御影郷に本拠を構える老舗蔵元。「ケンビシ」の愛称で親しまれる。正確な創業年は記録が残っていないため不明だが、永正2年(1505年)頃の史料に「剣菱」という名の酒の記録があることから500年以上前から存在する銘柄。日本で最初に商品名が冠された酒でもある。室町時代から大正時代にかけては伊丹市で営業していた。昭和4年(1929年)になって現在の神戸市東灘区に移転し現在に至る。一時期、他社から酒を買い受け自社ブランドで販売するOEM(
桶買い)により評判を大きく落としたが、再び自社で製造販売するようになり評価を取り戻している。
晩秋頃から仕込みを始め、春先から秋まで寝かせる「寒造り」と呼ばれる伝統的な製法を今もなお守り続け、吉野杉で造られた甑と相俟って濃厚な味わいときれのある口当たりに特徴がある。



左右に菊正宗の看板が見られるようになる。


菊正宗酒造記念館への案内図。
まず、白鶴酒造資料館に立ち寄り、その後に菊正宗酒造記念館を訪れる。



7月22日(金)20:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


(1/1ページ)