山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


2021年12月を表示

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番 サラ・チャン

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番 サラ・チャンを視聴してみよう。
ヴァイオリン協奏曲第1番 (パガニーニ)
サラ・チャン
ズービン・メータ

Paganini: Violin Concerto No.1
Violinist: Sarah Chang
Conductor: Zubin Mehta
Berliner Philharmoniker


【参考】
サラ・チャン シベリウス ヴァイオリン協奏曲
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc6403618A253A/1/
サラ・チャン
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc63mG60CD2DD4/1/



12月27日(月)17:27 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

No.13長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

鳥瞰図が置かれていた。

「烏帽子形山城からのながめ」

山城は軍事施設として造られたため、防御に有利で、かつ他の山城や主要な道を見渡せる小高い丘陵に造られました。
この烏帽子形城は、標高181.65mの烏帽子形山山頂に築かれており、かつては龍泉寺城<嶽山城>・金胎寺城(以上、富田林市)・高安山城(八尾市・奈良県平群町)・高屋城(羽曳野市)・飯盛城(大東市・四條畷市)・若江城(東大阪市)などの城や村、道、河川など、河内平野を一望することができました。
現在でも条件が良ければ、あべのハルカスなど大阪市内の高層ビルを望むことができ、眺望の良さを体感できます。
平成29年2月 河内長野市教育委員会



烏帽子形山城からの眺望。(ズーム撮影)
いつも金剛山頂広場から眺める「PLの塔」はお馴染み。



烏帽子形山山頂の様子。
ここで小休止。



休憩後は「←高野街道 / 堀内障壁」方面へ下る。


宝篋印塔だがバランスが崩れており、造立当初の姿ではないようだ。

つづく。



12月27日(月)05:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.12長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

連なる二本の木の根っこが露出している。
チビッコたちに、この上を歩いてみようということらしい。



「曲輪(くるわ)」と記されている。
曲輪とは、城の内外を土塁、石垣、堀などで区画した区域の名称。
曲輪



烏帽子形城の復元予想図と説明板。

この城は残されている記録から一時期使われなかったこともありましたが、室町時代から江戸時代の初め、元和年間(1615年)までは確実に使用されていました。
城は北側に石川本流を、東側に支流の天見川を見下ろす、標高182mの烏帽子形山に築かれています。
城の築城は南北朝時代に楠正成によって築かれたと伝えられています。
応仁の乱以後、河内守護の畠山氏の持ち城であり、安土桃山時代にはキリシタン大名でこの地域の有力な武士であった甲斐庄正治が城主となっています。
そして、最後の城主が徳川の旗本となった正治の子の甲斐庄正房です。
城は主郭と腰郭を中心にコの字状に堀と土塁が巡らされ、北東には曲輪が造られています。
1988年の調査で主郭の西側の縁に沿って、室町時代末期ごろの2棟の細長い礎石建物が見つかり、城の施設の一部と考えられています。



礎石建物跡

現在地は、曲輪という烏帽子形城跡の中心部です。ここでは、発掘調査で見つかった2棟の建物の礎石を地上に再現しています。
礎石は、建物の柱などを支える平らな石のことで、柱の腐食や沈下を抑えるために地面に設置されました。
また、礎石建物跡の近くで多くの瓦が出土していることから、この2棟の建物の屋根には瓦が葺かれていたと考えられます。
烏帽子形城のような中世の山城に瓦葺の礎石建物があることは、大変珍しいと言えます。
瓦葺の礎石建物は、大坂城や姫路城などの近世の城では、天守閣をはじめ多くの建物に見られることから、烏帽子形城は中世の山城と近世の城を結ぶ過渡期の姿をしていたと言えます。
平成29年2月 河内長野市教育委員会



神名碑と見られる。
「美葦芽彦遅神(うまし あしかび ひこじ のかみ) / 天之常立之命(あめの とこたちの みこと)」と彫られている。
ウマシアシカビヒコヂ
活力やエネルギー、生命力を神格化した神。
天之常立神
天の永久性を象徴する神。

つづく。



12月27日(月)05:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.11長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

短い急坂が終って尾根筋に出る。


分岐道標。
「←烏帽子形城跡 / →烏帽子形古墳」。
古墳を見送り、城跡へ左折。



潅木が生い茂っているので尾根筋からの眺望はない。


道標を見て「烏帽子形城跡→」へ向かう。


「根っこの上をあるいてみよう」。
一体何かと思ったが、チビッコ向けのメッセージのようだ。

つづく。



12月27日(月)05:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

ルシアーノ・ペローネとブラジル・リズミクス ファンタスティック・バトゥカーダ

ルシアーノ・ペローネとブラジル・リズミクス ファンタスティック・バトゥカーダを視聴してみよう。
BATUCADA FANTASTICA OS RITMISTAS BRASILEIROS condu-zidos por Luciano Perrone
Luciano Perrone

Batucada Fantástica
1.Samba Quente (ホットサンバ)
2.Baião (バイアン)
3.Atabaques e Surdos (アタバケスとろう者)
4.Candomblé (カンドンブレ)
5.Agogô (アゴゴ)
6.Samba 1º Andamento (サンバNo1アンダメント)
7.Os Ritmistas Brasileiros - Samba No 2 Andamento (ブラジルのリズミクス - サンバNo2アンダメント)
8.Marcha de Carnaval (カーニバルマーチ)
9.Cuíca (クイカ)
10.Réco-Réco Nº 2 (レコレコNo。2)
11.Maxixe (マキシクセ)
12.Frigideira (フライパン)
13.Afoché (アフォシェ)
14.Pandeiro (タンバリン)
15.Samba Drums (サンバドラム)
16.Ensaio Geral (ドレスリハーサル)
17.Marcha de Rancho (ランチョマーチ)
18.Tamborins (タンバリン)
19.Reco-Reco No. 1 (レコレコNo.1)
20.Esquentando os Tamborins e Cuícas (タンバリンとクイーカが過熱)
21.Maracatu (マラカトゥ)
22.Prato e Faca (ディッシュとナイフ)
.........
RIVIERA 521 006
1976.6.1



12月26日(日)18:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

No.10長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

急な石段を登る。


僅かな高度だが、振り返ると、結構、眺めが良い。


「国指定史跡 烏帽子形城跡へようこそ!」と記された案内板。
(丁度、影になっていて、読みにくいので、画像に文字を貼り付けた)
現在地は烏帽子形八幡神社本殿。
この後、古墳広場方面へ向い、順に見学後、地図左下のお弁当広場から道なりに南西方向へ歩く。
高野街道からは離れることになる。



烏帽子形八幡神社本殿にお参りする。


古墳広場方面へ向かう。

つづく。



12月26日(日)05:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.9長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

緩やかな坂道の別久坂(ひっくざか)を登り詰めると、右手に石垣が続き常夜燈が見える。


常夜燈の横に「烏帽子形神社」と記された社標。
更にその右には「↑烏帽子形八幡神社本殿 高野街道」と「↑烏帽子形城跡」の道標が立ち並んでいる。



歴史街道「烏帽子形城跡」の説明板。

高野街道は、現在の河内長野駅から南へ向かって、通称「別久坂」または「ビック坂」と呼ばれる旧坂を上り、途中国道371号線を横断して坂を上りきり、烏帽子形山の東側山麓を進んでいます。
この山の山頂にあった「烏帽子形城」は、築城された年代は不明であすが、伝説では楠木正成が築いた城の一つといわれています。
もっとも、文献に現れるのは室町時代から安土桃山時代です。
中世の城は、防衛や見張りのため、ほとんどが急峻な山の上に造られました。
この烏帽子形城も山の上に築かれており、防衛戦略上や経済的な理由から、高野街道を山裾に取り込んだものと考えられます。
頻繁に往来する旅人には、高野聖などの僧や参詣人だけでなく、数多くの商人や運送業者がいました。
当時、旅をする一般庶民は、気軽に街道を通るのではなく、通行税を払ったり、尋問を受けたりしなければなりませんでした。
これらの人から通行税をとれば、重要な収入になります。
情報網が少なかった当時、通行人を把握することで、いろいろな情報を知ることができました。
また、この烏帽子形城跡の東山腹には、烏帽子形八幡神社があり、高野街道を見下ろすように鎮座している本殿は重要文化財に指定されています。
発見された棟札によると、文明12年(1480)に石川八郎が建立したことがわかっています。
河内長野市



手摺が完備された参道。


スロープが終わると石段を登る。
石段の耳石に“氏子中”と彫られていた。

つづく。



12月26日(日)05:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.8長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

自然石に刻まれた道標。
「右 かうや道」と彫られているようだ。



多くの菊の花を栽培されていた。
小菊は色々とバリエーションがあって目移りする。
小菊 種類



里芋を売っていた。
“赤目”とあるが、ネット検索すると里芋の品種で芽が赤いのが特徴。



これは一体何?


赤目の親芋。(通称あたま)
親芋も食べられるが、市場にはあまり出回ってない。

つづく。



12月26日(日)05:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

モーツァルト 弦楽三重奏のためのディヴェルティメント K. 563 ヴェロニ

モーツァルト 弦楽三重奏のためのディヴェルティメント K. 563 ヴェロニカ・エーベルレ他を視聴してみよう。
ディヴェルティメント K.563
ヴェロニカ・エーベルレ
Amihai Grosz
Sol Gabetta

W.A. Mozart: «Divertimento» KV 563 / Veronika Eberle / Amihai Grosz / Sol Gabetta
1.Allegro (0:03)
2.Adagio (09:10)
3.Menuetto: Allegretto – Trio (20:46)
4.Andante (26:39)
5.Menuetto: Allegretto – Trio I – Trio II (34:18)
6.Allegro (40:17)
................
Veronika Eberle, Violin
Amihai Grosz, Viola
Sol Gabetta, Cello
Filmed at Solsberg Festival 2016



12月25日(土)17:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

No.7長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

石川に架かる橋の名前は「舊西條橋」。
“舊”は“旧”の旧字体。



この先、R371を横断。
正面に続く旧道を歩く。



後続の人達を待つ為、ここで少し待機。
本現寺の看板が見えるが、この寺には立ち寄らず。



ビワの木。
ビワは冬の間に新しい枝先に花と蕾が群がって咲く。
この個体は開花が近いようだ。



高野街道の道標。
「別久坂(ひっくざか)→」と記されている。

つづく。



12月25日(土)06:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.6長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

「西條合資会社旧店舗主屋・土蔵」の説明板。

京の都と仏教の聖地高野山を結ぶ高野街道は、平安時代の皇族、公家や中世から盛んになる武士、庶民の高野山参詣に利用されました。
市内で唯一の造り酒屋、ここ西條合資会社には、高野街道を挟んで北側に現在の酒蔵と事務所があり、南側には国の登録文化財となっている旧店舗主屋と土蔵があります。
この建物は、「サカミセ」とよばれる旧店舗と、それに付属する桟瓦葺き(さんがわらぶき)の土蔵からなっています。
「サカミセ」は、2階建桟瓦葺きの建物で、間口が11間と大きな建物で、入口をはさんで東側は荒格子、西側は一部ショーウィンドウに改装されています。
もとは五間分が出格子であったそうです。
入口をはいった土間には、一時銀行に使用されていた頃のカウンターが残り、また、土間の南側は吹き抜けとなって、炊事場あるいは作業場として使われています。
その他の部分は、1・2階とも座敷で、2階には虫籠窓(むしこまど)が設けられています。
建物の建築年代は、明治14年の古図や虫籠窓の形、2階の天井の高さなどから、幕末から明治初期と考えられており、高野街道と一体となって歴史景観の形成に寄与する重要な建物で、国の登録文化財となっています。
河内長野市



「高野街道 酒蔵通り」を後にする。


ここは季節料理の三佳屋。
「カレーうどん」の幟が立ち庶民的な雰囲気。



歴史街道の道標。
「←こうや / ↓きょう おおさか / 高野街道」。



この先、石川に架かる橋を渡る。

つづく。



12月25日(土)06:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.5長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

この酒蔵は元旦のみ休業となっている。
酒蔵にしては珍しいと思う。
主要駅に近く観光のメインストリートに位置しているから、店を開いてもお客さんが入るのだろう。



豊臣秀吉が愛した銘酒、僧房酒(そうぼうしゅ)。
下記サイトによると、僧房酒は商品名ではなく、平安時代から江戸時代に至るまで、大寺院で醸造された日本酒の総称。
高品質の酒として高い評価を受けていた。
「数ある僧坊酒の中で、奈良の寺院が造った「南都諸白(なんともろはく)」は室町時代に至るまで長いこと高い名声を保った。
それ以外の土地にある寺院では、河内の「観心寺酒」・「天野酒(金剛寺 (河内長野市))」、越前(豊原寺)の「豊原(ほうげん)酒」、近江の「百済寺樽」などが名高かった。」。
僧坊酒
豊臣秀吉愛飲之復古酒 僧房酒



酒蔵の店先でよく見かける杉玉。
発祥は奈良県にあるお酒の神様を祀る大神神社の文化だったといわれる。
杉玉



店の中に入ってみた。
歩き出したばかりで、お荷物になるのでお酒の購入は控えた。



この建物は国登録文化財になっている。

つづく。



12月25日(土)06:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

エンヤ クリスマス・シークレッツ

エンヤ クリスマス・シークレッツを視聴してみよう。
エンヤ
Enya / エンヤ「Christmas Secrets / クリスマス・シークレッツ」

Enya - Christmas Secrets (Full Album)
1. Oíche Chiúin (Silent Night) 00:00
2. We Wish You A Merry Christmas 03:44
3. White Is in the Winter Night 07:24
4. Adeste, Fideles 10:21
5. Christmas Secret 14:24
6. Journey of the Angels 18:10
7. O Come, O Come, Emmanuel 22:55
8. Amid The Falling Snow 26:36
9. The Magic Of The Night 30:16
10. The Spirit of Christmas Past 33:49
11. Dreams Are More Precious 38:06
12. Oíche Chiúin (Chorale) 42:32


【参考】
エンヤ (Official 4k Music Video)
http://okanara6310843.btblog.jp/cm/kulSc62kP5FDF04C7/1/



12月24日(金)15:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音楽 | 管理

No.4長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

高野街道を道なりに南西へ歩く。
街道はカラー舗装されており分かりやすい。
正面に見える森がこの後に歩く烏帽子形公園。



街道沿いには行灯が置かれている。


河内長野市のマンホールの蓋。
日本マンホール蓋学会 河内長野市のマンホールによると、
中央に河内長野市市章。
大阪府を外郭に表し、なかに市の頭文字《長》を配す。
その周りに市の木「くすのき」と市の花「きく」をデザイン。
市の木「くすのき」は楠木氏ゆかりの地にふさわしく、歴史ゆかしい常緑樹。
「きく」も楠木氏の旗印“菊水”に通じ、市民の清楚でゆかしい心を象徴する花。
汚水管マンホール蓋。 



驚くほど大きい酒樽が置かれている。


ここは天野酒醸造元 西條合資会社。
大阪奥河内の地酒|天野酒|西條合資会社

つづく。



12月24日(金)06:01 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理

No.3長野神社_烏帽子形山城跡_高向神社_金剛寺

立ち並ぶクスノキやイチョウの巨樹に街道の歴史の長さを感じる。


長野神社
旧長野・古野の一部を氏地とするこの神社は、素盞嗚大神を祀っている。
また長野恵比須としてもよく知られている。
江戸時代中期の頃までは、木屋堂宮・牛頭天王宮とも言われ、明治元年に長野神社と改称された。
本殿は重要文化財に指定され一間社流造・正面に千鳥破風と軒唐破風をつけた檜皮葺で室町時代末期の建築と考えられている。
秋祭りの10月11日には古くから伝わる松明神事がとり行われる。
これは神社境内に用意された直径1m50cm・高さ約5mの大松明に点火する荘厳な祭りである。
なお境内の一角にあるカヤの木は大阪府の天然記念物である。
昭和60年3月  河内長野市



本殿。
説明板によると室町時代末期の建築と考えられている。



本殿右隣の五柱神社。
全国的に有名な祭神が五柱祀られていた。



急な石段を降りて左折し高野街道を歩く。

つづく。



12月24日(金)05:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | ウォーキング・散策 | 管理


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