山歩きの記録+etc
 
近畿の山歩きやウォーキングの記録
 


Show by Aug/2016

灘の酒蔵巡り12

「酒蔵の道」を歩く。
まるで“美観地区”のように整備されている。



分岐には道標が設置され、このあたりは迷わずに歩けた。


目印となる若宮八幡宮前を通過。


神戸市の消化栓の蓋。

日本マンホール蓋学会 神戸市のマンホール の、HPによると、神戸港のポートタワーと神戸海洋博物館、うろこの家、ガス灯、神戸港と神戸大橋、 中央に風見鶏の館、市章と水道局の六剣水マークが配されている。 上部両角にⅠとあるので、最初のデザインの消火栓でしょう。



「西郷酒蔵の道」の道標。ここは西郷。
まだ、御影郷には入っていない。



Jul.17(Sun)20:43 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り11

昌平橋を渡って北へ。
すぐの三叉路を右折すべきところを直進。
新在家西公園に出てしまったので少し引き返す。



このあたり、左右に見られる設備は沢の鶴の本社工場。
画像は貯蔵タンクだろう。



「酒蔵の道」の道標を見て御影郷(みかげごう)へ向かう。


「西郷 酒蔵の道」の道標。


「樽廻船と灘浜燈台」 

灘は日本一の酒どころ。灘酒の発展は樽廻船の活躍によるところが大きいのです。
速い樽廻船で江戸まで4~5日、運ばれた酒樽は年間100万樽前後という膨大な量に達しました。
また、当時樽廻船の航行に不可欠であった灘浜燈台と周辺整備工事で発見された御影石の防波堤は、平成16年、地元の方々のご尽力で灘浜緑地に昔の姿で復元されました。



Jul.17(Sun)20:42 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り10

酒樽に入れられた奈良漬。

酒樽には現在使われている沢の鶴のロゴマークが表示されている。
※印から鶴の羽を模ったものに変更された。



奈良漬の試食も可。美味しい。
5種類の中から選べる。



大吟醸などの高級酒。


店内の様子。


「沢の鶴資料館」を後にし、都賀川に架かる昌平橋を渡る。
このすぐ先が海。(神戸港)
赤い橋は港湾幹線道路。



Jul.16(Sat)20:32 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り9

ミュージアムショップの手前に祀ってあった神社。


ミュージアムショップへ入る。
まずは試飲。2種類用意されていた。
左、本醸造生原酒。流石に辛口。
右は一九九九年古酒仕込みの梅酒。
実は梅酒は自宅でよく飲んでいる。
下記の2種類。

「国産梅で仕込んだ梅酒 2000ml」
「サントリー梅酒にしませんか 2000ml」

これらと比較すると、甘味が少なく、梅の味が濃く感じた。



試飲の本醸造生原酒は、資料館限定販売で、720ml、税込 1,000円。
お買い得だと思ったが、まだ、この先、歩きが長いので買わなかった。



このマークは沢の鶴が昔から使っている商標。
今は新たに別のロゴマークが使われている。



昆布の試食もあった。
日本酒と昆布の関係はよくわからない。
日本酒に合うおつまみということだろうか。



Jul.16(Sat)20:31 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り8

2階へ登る。「ひねり餅の型」。

ひねり餅とは、清酒の醸造過程で原料米の蒸し加減をみるために、その一部をとり、手でひねりつぶし餅状にしたもの。

画像はその型。



樽廻船(たるかいせん)。
江戸時代、灘で造られたお酒を、大坂、西宮あたりから江戸へ輸送するために用いられた廻船(貨物船)。



このようにして樽酒を運んでいた。よく作られた模型。

沢の鶴は、元は両替を主に扱う商人であり、大名の蔵屋敷に出入りし、藩米を取り扱う仕事を主に行っていた。当時の屋号は米屋。その別家の米屋喜兵衛が米屋のほか、副業で酒を造り始めたことがはじまり。酒樽に見られる商標が※印なのはそのため。現在、この商標は使われていない。

沢の鶴 - Wikipedia



昭和初期頃のポスター。


資料館の見学はこれくらいにして、試飲や買い物が出来るミュージアムショップへ行く。


Jul.14(Thu)20:48 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り7

「醪(もろみ)仕込」コーナーに置かれていた大桶(おおおけ)。
灘の三段仕込(初・中・留)の工程で使用されていた大小様々な仕込用桶の一つ。



「上槽(じょうそう)」コーナーに置かれていた懸石(かかるいし)。
上槽(じょうそう)とは、醪(もろみ)を搾ってお酒と酒粕に分離する工程。
揆(はね)つるべと同じく、懸石は石の重みを利用したテコの原理で重しとして使用していた。



酒や水を天秤棒でかついで運ぶ担い桶(にないおけ)。
上に吊るしてあるのは渋袋(しぶくろ)。



いろいろな杓(しゃく)。


草履(ぞうり)さし。頭や杜氏が履く草履は色が付いている。
それにしても役割が細かく分かれている。



Jul.14(Thu)20:47 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り6

資料館の様子。階段が見えるが2Fもある。


左は唐箕(とうみ)と呼ばれる道具。右の米俵で入荷した米を藁クズと玄米に分離する等に使用。


唐臼(からうす)と呼ばれる籾摺り、精米用具。


槽場(ふなば)と呼ばれる遺構。


槽場(ふなば)

この遺構は、沢の鶴資料館再建に先立つ神戸市教育委員会の発掘調査で発見された。江戸時代から昭和初期にかけて使われていたと推定される「槽場(ふなば)」の跡です。槽場とは醪(もろみ)から酒を搾りとる作業場のことです。遺構には渋袋(しぶくろ)に入れた醪を並べる酒槽(さけふな)と搾った酒を受ける垂壷が2セットありました。これらは搾り工程の中の、最初に搾る「揚槽(あげふね)」と圧力をかけて搾る「責槽(せめふね)」にあたるものと思われます。



Jul.13(Wed)20:22 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り5

昔の酒蔵を全国で初めて「沢の鶴資料館」として公開しオープン。(1978年)


杉玉。

酒林(さかばやし)とも呼ばれる。日本酒の造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせる役割を果たす。「搾りを始めました」という意味である。

杉玉 - Wikipedia



中に入って一番先に目についた。
甑(こしき)と呼ばれる酒米を蒸すためのもの。



昔の酒蔵「沢の鶴資料館」は兵庫県指定「重要有形民俗文化財」に指定されている。


団体さんの後について行ったら、そのままビデオを観ることになった。
上映時間は約10分。ビデオタイトルは「酒造りの歳時記」。
座って観たが、涼しくて快適♪



Jul.13(Wed)20:21 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り4

やがて団体さんが現れたので、団体さんの後に続いて入場した。
この団体さんとは、結局、ゴールの魚崎駅まで、抜きつ抜かれつの歩きとなった。



開館時間は10時きっかり。
尚、この日訪れた酒蔵は、すべて入館無料、試飲可。



何か井戸のようなものが見えたので立ち寄る。


揆(はね)つるべ

 動力の無い時代、一般に行われた水を汲み上げる方法。揆棒(はねぼう)の先端に、釣瓶をつけた竹竿を結び、井戸の中を昇り降りさせる。揆棒の後端(こうたん)には適当な重さの石を縛り付け、釣瓶と水の重みを、石の重みを利用したテコの原理で軽くしている。



この井戸、山陰道でもこれと同じようなものを見たことがある。
家型石棺に見えなくもない。

山陰道(丹波口駅_亀岡駅)24



Jul.13(Wed)20:20 | Trackback(0) | Comment(0) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り3

大石南町まちづくり協議会が設置した「旧西国浜街道」の案内板。
   
「旧西国浜街道」

 この東西にのびる道路は、かつて「西国浜街道」と呼ばれ、大名行列などに利用された「西国街道」に対し、芦屋から「西国街道」と別れて生田間を海岸沿いに進む庶民の生活道路として利用されていました。

   「大石村」の由来

    【以下割愛】

         大石南町まちづくり協議会



おっと、大石駅で貰った「灘の酒蔵」マップと同じ地図があった。
ここは右へ折れる。



すぐに目当ての「沢の鶴資料館」が現れるが閉まっている。
一瞬焦ったが、開館は10時からで4分前。



向いの住吉神社で時間調整。
「敏馬(みぬめ)神社御旅所 住吉神社」と彫られた石柱が見える。

神戸市のHPによると、 敏馬神社の御旅所。旧聞によると御神体は天和年間(1681年~)に大石村の海中より出現し、社殿を造営して祀られた。神社のある大石の地は上古、神を祠る氏子が居住する地で『生石』と称えられた。神功を立て米18石を賜り、その光栄を後世に記するため、十と八を合わせて『大』とし、『生石』を『大石』に改称したとのこと。社殿は阪神・淡路大震災で倒壊し、平成14年に再建。

神戸市灘区:神社 仏閣



住吉神社、正面参道より撮影。
石柱には「因生本自遠 胙土基増崇」と彫られているが、残念ながら意味不明。



Jul.12(Tue)20:02 | Trackback(0) | Comment(2) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り2

大石駅で頂いたマップを見ると地下道を潜るとある。
ここが地下道の入口。



灘の酒蔵めぐり「西郷コース昔の酒蔵」の案内板を発見。
昭和54年設置となっている。
阪神淡路大震災(平成7年)より以前に設置されたもので、今は「西郷コース」というコース設定はないようだ。



ふと見ると道路元標らしきものがあったので、立ち止まる。


西郷町道路元標と彫られていた。


都賀川の右岸を歩く。都賀川に架かる西郷橋の西詰に、「旧西国浜街道」と彫られた比較的新しい道標があった。
側面に「西 岩屋 / 東 東明」と彫られている。



Jul.12(Tue)20:01 | Trackback(0) | Comment(2) | ウォーキング・散策 | Admin

灘の酒蔵巡り1

2016年7月10日(日)に、元職場のOB二人と神戸市の灘の酒蔵を巡った。
灘五郷(なだごごう、魚崎郷・御影郷・西郷・今津郷・西宮郷)と呼ばれる日本酒の生産地で、ここを歩くのはこれが初めて。
灘五郷のうち、この日訪れたのは、神戸市の魚崎郷・御影郷・西郷に属する六つの酒蔵と甲南漬(奈良漬)の老舗。
神戸市(Feel KOBE観光推進協議会)が発行している「灘の酒蔵」マップを参考にした。
今津郷と西宮郷の行政区は西宮市で今回は歩いていない。
昼食は御影郷の酒蔵、神戸酒心館(福寿)の料亭「さかばやし」を予約していた。
反省会はJR大阪駅徒歩3分、新梅田食道街2F、「はちきん」にて。

コース・タイム
9:30阪神本線・大石駅9:46_9:49R43西郷西地下道を潜る_9:51西郷町道路元標_9:52旧西国浜街道(道標)_9:52旧西国浜街道(案内板)_9:56住吉神社_10:00沢の鶴資料館・見学・試飲10:33_都賀川に架かる昌平橋を渡る_10:38新在家西公園_10:39西郷 酒蔵の道(道標)_10:43西郷 酒蔵の道(道標)_10:43若宮八幡宮前_10:46西郷 酒蔵の道(道標)_10:54R43に架かる陸橋を渡る_10:59こうべ甲南 武庫の郷11:03_11:08R43に架かる陸橋を渡る_11:14神戸酒心館・試飲・昼食13:06_13:12石屋川に架かる磯之辺橋を渡る_13:17掘出地蔵尊_13:21剣菱酒造前_13:28白鶴酒造資料館・見学・試飲14:01_14:14菊正宗酒造記念館・見学・試飲14:38_14:42住吉川に架かる島崎橋を渡る_14:50浜福鶴吟醸工房・見学・試飲15:15_15:19櫻正宗酒造記念館・見学・試飲15:32_15:36R43の地下道を潜る_15:40阪神本線・魚崎駅15:48_16:12阪神梅田駅 ★反省会 17:16新梅田食道街2F はちきん18:34

画像はこの日歩いたGPSログを表示している。阪神本線・大石駅から、魚崎駅まで。



大石駅で駅員さんから頂いた「灘の酒蔵」マップ。
現地にもこれと同じ地図が幾つか掲示されていた。



朝の蛙股池。どんよりとした天気だが、天気予報では晴れ。実際も晴れた。
菖蒲池神社の鎮守の森では、広葉樹の立ち枯れが目立つ。
付近の森でも散見されるが、カシノナガキクイムシが原因と見られる。



阪神本線・大石駅。集合時間は10時とした。
酒蔵巡りの資料館のオープンが10時なので、集合時間を早くしても意味がない。



大石駅から南へ向いて、都賀川(とががわ)の右岸を歩く。
正面にR43と高架道路阪神高速3号神戸線が現れ、行く手を阻まれる。



Jul.11(Mon)19:47 | Trackback(0) | Comment(2) | ウォーキング・散策 | Admin

生駒山麓公園_室池園地_四條畷46

楠木正行公御墓所参道より、四條畷商店街、四條畷神社方向を眺める。(東)


御墓所を後にし、四條畷商店街を歩く。
目当ては「餃子の王将」。



ところが、お店はまさかの17時からの営業。
(食べログでは、11時から22時迄となっていた)
久しぶりに王将の餃子が食べられると思っていただけに残念



このようなわけで反省会は中止。
四條畷駅に向かうと、タイミングよく瓢箪山駅行きの近鉄バスが発車時間待ちをしていたので、私はこれに飛び乗り、新石切駅で下車。
近鉄けいはんな線で帰宅した。おしまい。



Jul.10(Sun)20:57 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin

生駒山麓公園_室池園地_四條畷45

楠木正行公御墓所、拝所。


  小楠公墓地

この墓地は、南朝忠臣楠木正成の長子正行公が足利尊氏の武将高師直(こうのもろなお)の大軍と戦い、戦死し葬られた所である。正平三年一月、今から六三三年前で、その後、ここに小さな石碑が建てられていた。その後、一〇〇年余りして何人かが碑の近くに二本の楠を植えたが、これがその二本合し石碑をはさみこみ、このような大木(樹齢約五五〇年)となった。今も正行たちの忠誠を永遠に称している。
我が会は、この意義ある楠を保存する。
 昭和四十六年三月三十一日、大阪府天然記念樹に指定されている。
  昭和五十六年十一月
    畷古文化研究保存会



楠の巨樹を見て驚いた。
楠は他の社寺仏閣でも多々見られるので、少々のことでは驚かないが、この楠は想像以上に大きくて存在感がある。
巨龍昇天のうねりに似た神木という表現がピッタリ。



墓の中には入れないが、墓の周りを一周出来そうなので歩いてみたら、度肝を抜かれた。
得体の知れない怪物が今にも動き出しそうで気味が悪い!?



ご神木を別の角度から撮影。


Jul.10(Sun)20:57 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin

生駒山麓公園_室池園地_四條畷44

駅前の四條畷商店街を西へ歩く。
前方に見える鎮守の森らしきが楠木正行の墓所。



やがて楠木正行公御墓所に到着。
ここを訪れるのは初めて。



「四條畷郷土史カルタウォーク」の駒札。

 くすの木の
   こもれ日あびる
    小楠公 

樹齢五八七年。巨龍昇天のうねりに似た神木。幹の廻り十二メートル以上。石碑は七メートル五〇。明治十一年一月五日に建碑式を挙行。楠の木は、府指定天然記念物。墓地は、府指定史跡。



石柱には「忠孝」と彫られている。
商店街通りから少し入っただけだが、それまでの喧騒とは打って変わり静粛としている。



松の木だが、あらぬ方向に伸びている。


Jul.10(Sun)20:56 | Trackback(0) | Comment(0) | 山歩き | Admin


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